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65話: エリート竜族弟の自覚② sideエリオ

「ぎ、ギリギリセーフ??」

「アウトです。先輩っていつも遅れて来ますよね」

「ごめんね、なんでかエリオ君との待ち合わせの日ってトラブルが多くて……」


 約束当日の待ち合わせは僕の方が早くついていて、先輩は息を切らせながら駆け込んできたけれど数分の遅れだ。まあ先輩が悪いというより、先輩からの連絡にあったバスの遅延が原因だから僕もそんなに責める気は起きなかった。


「あれ?眼鏡、前はかけてなかったよね?オフではかけてる感じ?」

「いえ、初めてです」

「そうなんだ?イメチェン?」


 先輩が僕の顔を見て不思議そうに首を傾げる。そんな些細な仕草にも僕の心はざわざわして落ち着かないのはなんでだろう。


「クラスメイトに先輩と出かけることを伝えたら、……ででっ、デートだとかふざけた事を言ってきたので、見つからない様にしようかと」


 最近、僕は何故かクラスメイトからよく話しかけられる様になった。その会話の中で僕はつい今日の話を彼らに漏らしてしまい、彼らから街に出たら声かけるねなんて言われたので仕方なくこうしている。


「へ、変装のつもりだったんだね……。ていうかエリオ君友達いたんだ!今度紹介してね!」

「はぁ!?今の話聞いてどこにそんな要素があったんですか?先輩ちゃんと聞いてましたか??」


 先輩の反応は全くもって的外れだ。確かにクラスメイトとは最近よく話してはいるけれど、僕は弱すぎる相手を友人だなんて思っていない。ただ、少し一緒にいるだけだ。


「はいはい。あ!そうだ忘れないうちに!この間はありがとう」

「なんですか?これ」


 先輩から渡された袋を開けて僕は目を見開く。中には前に先輩に貸したハンカチと小箱に入ったクッキー。中からふわりと香る甘い匂いはバニラではなくもっと魅力的で――


 (先輩の匂いがする……)


 前に先輩が泣いてしまった時に貸したそれを洗ってくれたのだろう。いつも先輩からする優しい香りが仄かにするハンカチはなんだかいけない物の様な気がして、僕はすぐに鞄にしまうことしかできなかった。


「この間はさ、ルカの話メインでエリオ君とはゆっくり話せなかったし、今日はこのお礼も兼ねていっぱい話そ?」

「……っ!は、はい」


 僕だけを見てくれているような、先輩の言葉に胸がいっぱいになる。

 手を伸ばしてはいけない事はわかっている。だけど今だけは、先輩の事を少しだけ知る事を許して欲しかった。


 ◇


「エリオ君はさ、何食べたい?俺お店案内するよ」

「そうですね、ガレットとかどうでしょう?」

「ガレットいいね!俺も好き!」


 こんなありきたりな返事なのに、先輩が僕と同じ物を好きだというだけでなんだか心がむず痒い。

 先輩からおすすめだと紹介された店はすぐ近くにあって、少し早めの時間なのもありすぐに座れた。

 豊富なメニューからそれぞれ好きな物を頼んで、少し待っていると焼きたてのガレットが運ばれてくる。

 パリパリとした食感に、具材の味付けが良く合い、とても美味しい。目の前の先輩も嬉しそうに食べていて心が温かくなる。


「美味しいです。よく来るんですか?」

「うん!ここは前にクロードと見つけて、それからお気に入りなんだ!」

「……っ、そう、なんですね」


 楽しそうに返事を返す先輩とは対照的に、ほんの少し僕の心の温度は下がる。


 (また、"クロード"の話)


 先輩と話していると頻繁に出てくる名前。前に誰なのか聞いたら、先輩の幼馴染だと言っていた。先輩が彼に対して信頼や親しみを感じている事は言葉選び一つとっても明白で、それだけ多くの思い出がある事も伺える。先輩は別に彼の自慢話を勝手にしたりはしないけれど、端々で当然の様に出てくるこの名前が、僕はほんの少し苦手だった。


「ねぇ、聞いてる?エリオ君」

「へ?あっ、はい」


 そんな事を考えて少し暗くなっていたのに、先輩のちょっと拗ねた様に膨らんだ頬に心が騒いで僕はさっきまでの気持ちが霧散する。そのまま先輩と話しながら食べたガレットは今まで食べたどんな物より美味しい気がしたから、僕も大概現金なものだ。


 ◇


「それでね、俺この間の試験失敗しちゃって補修だったんだよね……」


 昼食を終え、腹ごなしに少し歩いた後、僕達は噴水がトレードマークの公園のベンチに座り話をする。魔法って難しいなぁとこぼす先輩の姿に先日覗き見た授業の光景を思い出して、僕は一呼吸置いてから口を開いた。


「……ほ、炎魔法の応用、教えてあげない事もないですけど」

「えっ!?エリオ君もしかしてこの前の授業見てたの?恥ずかしい……」


 先輩の小ぶりな耳がぱっと色づき、目を伏せる姿に心臓が跳ねる。天真爛漫な様で意外と先輩としての姿にはこだわっているらしく、こういう話をすると恥ずかしそうにするところがとてもいじらしい。


「い、一応お世話になりましたし、仮にもペア監督をされていた先輩が試験に落ちるのは僕も避けたいですし……」

「あっ、でもあれなら大丈夫!この間クロードに見てもらってできる様になったんだ!ほら、見て!」


 逸る気持ちを誤魔化す様に思ってもない言葉を重ねる僕の前で、この間とは違って綺麗な魔法陣と詠唱で魔法を披露する先輩。これなら先輩として恥ずかしくないでしょ?と僕を見つめてにっこり笑う顔は何より目が離せないのに、僕は再び出てきたクロードの名前に心が突き刺される感覚になり目を逸らしてしまう。


「でもありがとう!エリオ君がこういう事言ってくれるなんて意外だった。エリオ君って優しいんだね!」


 キラキラとした笑顔で、僕は先輩から含みのない素直な言葉を向けられる。


 (こんなこと、貴方以外に言うわけない……貴方だから僕は……)


 それが眩しくて、心のざらつきが苦しくて、僕はうまく返事すらできなかった。心の中で呟いた言葉は誰にも届く事なく静かに沈んでいく。

 あの日、もっと早く声をかける勇気があれば違ったのかもしれないと、変えられないことばかりが僕の頭を占めて後の話は聞こえなかった。

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