62話: 初めての誕生日を君に④
「ハンカチ汚しちゃってごめんね。洗って返すから借りてていい?」
「べ、別に汚くなっ……いいですけど……」
咄嗟のことで借りちゃったけど、夢魔の体液は触れると良くない影響が出る事があるから、俺はハンカチをそのまま持ち帰ることにした。普段人と接する時は、食べ物の交換は別のスプーン使ったりとか、それなりにちゃんと注意してるんだけど今回は急だったから。高そうなものだし、丁寧に洗ってから返そうと思う。
そのままカフェを出て少し歩いている途中、本屋さんが目に入った。
(そういえば、前にルカに会った時はここにいたっけ……どんな本が好きなんだろう)
今の俺はルカの好みがわからないから本は選べないけど、今度聞いてみよう。俺はルカのことを全然知らないから、もっとちゃんと知りたい。
そんなことを考えながら歩いていた俺は
「わっ!?」
「痛えなぁ……どこ見て歩いてっ……か、可愛いっ!」
見るからにガラの悪い男の人にぶつかってしまった。慌てて謝ろうとしたら腕を掴まれる。
「ねえ君、ぶつかったところ痛いんだけど、さすってくれたら治るかも。ちょっとあっちで俺と……」
「な……」
今までかけられた中でもぶっちぎりで気持ち悪いその言葉に鳥肌が立つ。あまりのことに俺が絶句していると
「なんですか貴方、言いがかりも甚だしいですよ。先輩もぼーっとしてないで行きますよ」
「あ?なんだガキは引っ込んでろよ」
と、エリオ君が間に入って俺を引っ張ってくれる。だけどナンパ男はそれに怯むどころかむしろ威圧的な態度でエリオ君にがなり立てた。
「はぁ!?今僕に言いましたか?弱いくせに口だけは達者みたいですね」
その言葉を受けて、クールに見えて沸点の低いエリオ君が早速青筋を立てて応戦し始める。
(どうしよう……このままじゃ喧嘩になるかも)
ただでさえ時間がないのにこんな事してる場合じゃないし、エリオ君が暴力沙汰に巻き込まれるのも避けたい。最悪の展開にならないよう、俺が(凄く嫌だけど)軽くさするくらいならと口を開きかけた時
「そいつら、俺の連れなんすけど、なんか用っすか?」
「なんだお前……ひっ、でか!?」
聞き慣れた声が後ろからして、俺の手を掴んでたナンパ男の腕が捻りあげられた。声の主であるカイのワーウルフらしいがっしりとした身体を見た途端、ナンパ男は見るからに焦り始める。
「話あるなら向こうでどうっすか?」
「……いえ、なんでもありません」
カイに見下ろされ、すっかりおとなしくなったナンパ男は、掴まれていた腕を離された途端そのままどこかに逃げ出して行く。それを見送りながらカイが俺の方を向いて話しかけてくる。
「お前またあんなのに絡まれたのかよ。苦労してんな」
「ありがと、助かった。外出してたんだ?」
「おぉ、気分転換にな……ていうか隣の……」
前にこういう話をしたからか、こういう時カイはからかわずに接してくれる。その気遣いに感謝しつつ俺はカイにエリオ君を紹介する。
「ルカの弟でペアのエリオ君。今日はルカの誕生日プレゼントを買いに一緒に出かけてたんだ」
「へぇ、そいつが……なんつーかあんまあいつに似てねぇな」
ちょっと素直すぎるけど、カイの反応はもっともだ。俺もエリオ君を初めて見た時、ルカの弟だとは気が付かなかった。
「貴方今僕の何を見て言いました?僕より弱そうなのに失礼ですね」
「はぁ!?なんだこいつ……おい、よくこんなのと出かけれるなお前」
「あはは……ちょっと口が悪い子なんだよね。えっとエリオ君、この人はカイ。俺の友達」
久々に聞くエリオ君らしい言葉に新鮮な反応をするカイを見てフォローしつつ、俺は紹介を続ける。最近のエリオ君は人に対して弱いとかあんまり言わなくなったと思ってたけど、イライラしてると口に出ちゃうみたいだ。
「はぁ、まあいいわ。この辺たまに変な奴いるから気をつけろよ」
「貴方みたいな人ですか?」
「もう!エリオ君そんなこと言わないの!じゃあまた学校でね!カイ」
エリオ君の態度にヒヤヒヤしたけれど、カイは片眉を上げただけで何も言わずそのまま帰って行った。ジンとの対応でも思ったけどカイって意外と煽り耐性高いのかも。そのおかげで喧嘩にならなくて済んだけど、さっきのエリオ君の態度はいただけないので俺は一応注意する事にした。
「助けてくれた相手にああいう事言っちゃダメだよ?」
「別に僕は1人でもどうにかできました!強さじゃなくて見た目で判断するとか、本当に、弱い人って愚かです。」
どうやら、態度が悪かったのはカイのことが気に入らないからではなく、ナンパ男に舐められた事が発端らしい。そこに加えてカイのルカと似てないっていう言葉に言外の意図を感じて過剰に反応してしまったみたい。
エリオ君にとっては面白くないかもしれないけど、その年相応な反応がなんだか可愛くて俺はそうだねって言いながら彼の頭を撫でる。エリオ君は子供扱いしないでくださいって言いながらも振り解いたりはしなかったので俺はしばらくの間そうして彼の機嫌が戻るのを待った。
◇
ルカの誕生日プレゼントを探して、様々な商品が並ぶ街を歩いているけれど、中々これだって物が見つからず時間だけが過ぎていく。だんだん足も重くなってきた頃
「あ、すいません、ちょっといいですか?」
「え?……なんでしょうか?」
俺は小さな子供を連れたお母さんから声をかけられた。聞くと今日はお子さんの誕生日で、公園の噴水の前で一緒に写真が撮りたいからカメラマンを頼みたいとのこと。俺はそれに二つ返事で了承してカメラを受け取り、2人を撮影する。
「はーい!よく撮れましたよ!確認お願いします」
「ありがとう!毎年ここで撮ってるから助かったわ」
「いえいえ!毎年って凄いですね」
「ふふ、子供って成長が早くて気がつくと大きくなってるのよ。そういう時写真って思い出になるから」
「なるほど……あ!」
お母さんにカメラを渡し、撮った写真を確認してもらう会話の中で俺はある考えを閃く。
「それじゃあありがとうね!」
「いえいえー!」
お子さんと手を繋ぎながらお母さんが公園を後にする。俺はそれに笑顔で手を振りながら、さっき思いついたばかりの考えを整理してエリオ君に話しかける。
「うん、プレゼントこれがいいかも。エリオ君付き合って!」
「えっ、決まったんですか……?」
そのままエリオ君を連れて俺は目当ての店に入る。プレゼントの正解は当日になるまでわからないけど、今の俺がルカに贈れるもので1番いいと思った物を選んで俺は店を後にした。




