61話: 初めての誕生日を君に③
「遅れちゃったお詫びに奢るから、お昼食べよ?」
俺がそう言ってエリオ君を連れて入ったのは、冬月祭の日にルカが教えてくれたカフェ。確かあの日はパンケーキを半分こしたんだっけ。あれはイベント限定メニューだから同じのものは無いかもしれないけど、看板にあるランチメニューもとても美味しそう。
「別に、そこまでしてもらわなくて結構です。お金ならあるので」
「そう?遠慮しなくていいのに」
遅刻しちゃった手前ここでちゃんと先輩らしい事をしたかったんだけど、エリオ君の意志の強さから無理強いはしない事にする。
店員さんから案内された席でメニューを注文し、それぞれ注文したランチが届いたのでそれを頬張りながら会話を続ける。ご飯を食べてる時って普段より色んな話ができる気がして、このタイミングで俺はずっと気になっていた事を口にした。
「また失礼だったら言ってね。あのさ、邪竜って結局どういう存在なの?」
一般的には、大体の物語の悪役で、伝説でも悪い意味で名を残す存在。かつては世界征服をしようとした記録も残っているこの世界に生きる者なら誰もが恐れる、竜族から生まれる異端。寝物語でも邪竜が来るぞってフレーズは割とよく使われるほど身近だけど、実際他の竜族とどう違うのか俺は全然知らない。邪竜という言葉に敏感で魔力暴走しちゃう事もあるルカに聞くことはできないから、去年から俺はずっとその答えを探していた。
「……はぁ、貴方に他意がない事を知っているので、僕はいいですが、他の竜族に聞くのは絶対にやめてください。場合によっては侮辱と捉えられても文句が言えないですから」
俺の問いかけに、たっぷり長いため息をついて、硬い表情のままエリオ君が答える。その様子に俺は改めて邪竜という言葉の重みを感じた。
「邪竜は竜族の血の呪いみたいなものです。数百年に1人の割合で生まれます。発生する原因は不明。原初の邪竜の生まれ変わりとも言われてますがこれも真偽は不明。ただ一つわかっている事として、邪竜は他の竜族とはまるで異質な存在ということです。」
「呪い……異質……」
重々しい単語の羅列に、俺は聞いてはいけないことを聞いているような気持ちになる。エリオ君の口調は至って真面目で、彼が俺を怖がらせようと話を盛っている気配もないのがより一層この話題の重さを物語っている。
「邪竜には特徴があります。白黒の髪、大きな身体、そして一番の特徴は竜族千人でも及ばない莫大な魔力です。一般的に魔力は成長につれて増加するものですが、邪竜は生まれた時から通常の百倍の魔力を持って生まれてきます」
「そうなんだ……」
竜族は強大な魔力が特徴だ。一般的な種族の数十から百倍の魔力を有するとも言われている。そんな竜族が千人いても足りない程の魔力があるなんて、ルカが強いのはわかってたけど信じられなかった。
「竜族は誇り高い種族です。同族以外とはつるまず、同族同士の繋がりが何より強い、つまり僕達は個で強いですが、何より群れを重んじています。ですが、邪竜の存在はそれを乱します。だからこそ僕らはそれを受け入れられない」
「……なんで?何か悪いことをするの?」
これまでの話で、邪竜の特性はその見た目と魔力の高さだけだった。何か毒があるとか、そういう理由でもあるのかと俺は続きを促す。
「弱い……いや、竜族以外の人には理解が難しいかもしれませんが、力に誇りがある僕等の前にその力を簡単にねじ伏せる存在が現れたら、それは十分に存在を揺るがす理由となります。僕等は自らの強さに自信があってそれが種族共通の存在理由につながってるんです」
「……?邪竜が強すぎるから、竜族は気持ち的にどうしても一緒にいられないってこと?」
エリオ君の説明は、強さとは無縁の世界に生きている俺には難しかったので、理解できそうな範囲で質問をしてみる。
「気持ち……確かにそうかもしれません。邪竜を見ると僕等は、自身を否定されたような気持ちになって、どうしても受け入れる事ができない。しかし、自分達より圧倒的に強い相手を排除する事もできない。だから邪竜が幼いうちに集団で結界を張りそこに閉じ込めて隔離し、そこで最低限の教育と身の回りの世話だけを与えます」
「そんな……」
排除、隔離……人に、それも同族にかけるにはあまりにも重い言葉。でもそれが、物語の中なんかじゃなくて、現実で行われている事が淡々としたエリオ君の説明から伝わる。
「兄さんは屋敷の書庫に封じられていました。兄さんが6歳の時に自力で結界を破るまで、僕は自分に兄がいたことすら知りませんでした。」
「……!!」
衝撃の告白に言葉も出ない。邪竜がいくら疎まれているとはいえ、実の弟に存在すら知られない扱いがどれほどのものなのか俺には想像もつかなかった。
「そして、兄さんの姿を初めて目にした時、僕は生まれて初めて本能的な拒絶感情を感じました。理屈じゃないんですこれは、きっと。兄さんは兄さんで、出会ってから一度も僕の方を見る事がなかったので、同じ屋敷にはいても殆ど言葉も交わすことはなく今に至るというわけです……って、え!?先輩…?泣いて……?」
目から溢れる雫が止まらない。エリオ君が話してくれた事、その全てが悲しくて、苦しくて、頭の中がぐらぐらする。話を聞きながら俺は出会った時の全てを拒絶するようなルカを思い出していた。あの頃からなんでそこまで人と関わりたがらないんだろうとは思ってはいたけれど、こんな、全ての人に拒絶されて生きていたなら当然の反応だった。
「だって……こんなの、あんまりに、悲しくてっ」
「ああもう、僕が泣かせたみたいじゃないですか……これ使ってください、ほら」
俺は差し出された綺麗に畳まれた上品なハンカチを受け取り目を拭いたけど、涙は止まらなかった。目の前のエリオ君が見るからにおろおろしてて、困らせたくないし、早く泣き止みたいのに全然止まってくれない。
しばらくそうしていて、落ち着いた頃にはランチはすっかり冷めてしまった。俺が泣き止むまで待っていてくれたエリオ君のご飯もきっと冷めてしまっただろう。
「ごめんね、驚かせちゃって。もう大丈夫」
「いえ……涙にはどきっと……じゃない、びっくりしましたけど、先輩らしい反応だと思いました」
それってどういう意味、とまだ赤い目元をこすりながら俺は笑う。恥ずかしい姿を見せてしまったけど、ここでエリオ君と話せたことは凄く大事なことだと思った。
(絶対、ルカに喜んで欲しい、喜ばせたい)
冷たくなったパスタを口に運びながら俺は心の中で決心する。ルカの生まれて初めての誕生日プレゼント、そしてお祝いを、これまでを取り返すような素敵なものにする事を。泣いてなんていられない。最高のプレゼントを探す元気を出すため俺は残ったランチを口一杯に頬張った。




