56話: 春は出会いと波乱を連れて⑤
『……、弱かったら、言葉なんて意味ないんですよ』
エリオ君の呟いた言葉、耳に残るけど彼が言いたかったことはよくわからなくてずっと俺の頭の中をぐるぐるしている。あれだけ強い彼が、弱い俺に向けてではなく自分に言い聞かせるように言っていた言葉。今まで弱さを嫌う発言をしていた彼の揺らぎを感じるそれを理解したくて
「クロード、いる?」
「どうしたフレン?入っていいぞ」
俺は、就寝時間前にクロードの部屋を訪ねた。
突然の訪問にも関わらず整頓された部屋に足を踏み入れると、来客用の椅子を勧められる。それに腰掛けながら、早速俺は本題に入った。
「クロードってさ、俺より……というか、周りの人より強いよね?」
「まあ、それはそうだが、どうしたんだ急に?」
「クロードにとってさ、自分より弱い、例えば俺の言葉って意味ないって言うか、無駄……的な感じなことある?」
「っ!!そんな事あるわけない!!フレンの言葉が1番っ………いや、違うな、誰かに言われたのか?」
俺の問いかけに思ったより勢いよく答えが返ってくる。クロードは優しいから強めに否定してくれたのだろう。確かに彼ならそう答える。優しい性格の強い人ならきっとそうだ。
「俺にってわけじゃないよ。じゃあさ、もしクロードがルカだったらそう思うかな?俺だとルカと力の差がありすぎてわからなくて」
「……ルカが関係してるのか?そうだな、彼のことは詳しくないが、彼の行動からしてその価値観はあるんじゃないか?」
クロードの言葉で確信する。やっぱりエリオ君がそう思うに至ったきっかけはルカなんだと。前に弟ってどんな人か聞いた時も自分より弱いって言ってたくらいだし、間違いなさそうだ。
「あとさ、クロードが自分より弱い人を相手にする時ってどんな気持ちになる?」
「そうだな、怪我させないように気をつけるだろうな。」
「それって本気を出さないって事?」
「相手を甘く見てるわけではないが、出力は気をつけるかな」
クロードは自分の強さに自負と責任を感じるタイプだから、相手を心配こそすれ見下したりはしない。それは相手の弱さに頓着してないって事だ。元から知ってたけど、やっぱりそうだよね。見下すって事はきっとそれだけ意識してるって事だし、エリオ君の根底には弱さに対する意識があるみたい。
(うまくいくかわからないけど、もしかしたら……)
クロードと話して少しだけ整理できた気がする。まだうまくいくかはわからないけど、少しだけエリオ君の心がわかった気がした。
「ありがとうクロード、遅くにごめんね」
「役に立ったならいいが、大丈夫なのか?」
「うん、多分大丈夫!」
クロードにお礼を告げて俺は部屋を出る。明日のペア授業に向けて俺は今一度エリオ君にかけたい言葉を考えて眠りについた。
◇
ペア授業の内容は奇しくも初日と同じペアでの攻防練習だった。いつも通り俺を抱きしめたまま開始しようとするルカを制して俺はある提案をする。
「いつも俺とルカ対エリオ君でしょ?たまには俺とエリオ君で組んでみるのはどう?」
「……嫌」
「いつも二体一なのってあれだし……」
「貴方と組んだらマイナスですよ。何企んでるんですか?」
ルカのシンプルな拒否とエリオ君の酷い評価に一蹴されるけど、負けてはいられない。俺は一晩考えていた秘策を口に出す。
「ルカがこれできたら俺、一週間一緒にお昼食べる約束しようと思ってたんだけどな?」
「……っ!?本当?フレン」
一瞬でルカの目の色が変わる。予想通りの食いつきに俺は胸を撫で下ろした。ルカはくっつきたがりの甘えん坊なところがあるから、一緒にご飯を食べると俺は彼の膝の上で食事をすることになる。ルカは気にしないけど、俺は(仮にも先輩なのに)その姿は少し恥ずかしいから普段はあまり一緒にご飯を食べないんだけど今回は特別だ。
「……やる」
「はい!決まりね!始めよ?」
「僕は承諾してないんですが!何のつもりですか?」
エリオ君への交渉は思いつかなかったけど、ルカが1人になる事を了承してくれたらあとは何とかなる。エリオ君の方に俺が勝手にくっつけばいいだけだし。
「ルカ!俺に当てないように気をつけてね!お願い!」
いつもはルカが庇ってくれるけど、エリオ君にそれは期待できないので、安全のための念押しも忘れずにして授業が始まる。
ルカは俺の言葉をちゃんと聞いていたのか、エリオ君の隣にいる俺には当たらない調整で魔法を繰り出してくれている。むしろ俺は俺に一切配慮する気のないエリオ君の攻撃に巻き込まれないよう必死に避けつつタイミングを狙う。
「エリオ君、聞こえる?あのね」
「気が散るので話しかけないでください。弱い上に人の足まで引っ張って……っち」
この計画はエリオ君が俺の話を聞くかどうかにかかっているんだけど、そううまくはいかない。エリオ君は弱い人の意見なんて聞きたくないって公言してるし、戦闘中は側から見てもわかるくらい集中をしている。いつも片手間のように魔法を使うルカと違い、極限の集中をして自分の能力を最大効率で振るう姿に彼の努力がうかがえた。そんな集中を乱すのは申し訳ないけど、俺は彼の気を引くためにあることを口にする。
「ルカの、苦手な事知りたくない?」
「……っ!」
弱い人が嫌いで、見下しているなら、強い人に対してはどうだろう?俺の知る限り1番強いであろうルカ、エリオ君がおそらく昔からずっと強いと意識していた彼についての話なら?
「……くだらない話なら後で後悔させますよ。」
攻撃の合間にエリオ君が返事を返す。良かった、これで話は聞いてもらえそうだ。まだこの先うまくいくかはわからないけど、とりあえずスタート地点には立てたみたいでホッとする。
目の前に広がる雨のような魔法の中、おれは次の言葉を用意するため息を吸い込んだ。




