53話: 春は出会いと波乱を連れて②
「っておい!お前どこに……」
カイの話が終わる前に俺は駆け出していた。もう放課後だけどまだホームルームが終わったばかりの時間だから教室に残っている生徒は多いので何事かと目を向けられるけどそんなの気にしてられなかった。
(ルカ……何があったの?どうして?)
走りながら頭の中は疑問でいっぱいだった。ルカと出会ってから1年間、ヒヤッとする場面は何度かあったけど一度だって暴力沙汰になった事はない。
「ルカっ」
「……!フレン」
息を切らせて駆け込んだ2年の教室。ルカは担任の先生とともにそこにいた。こちらを見て嬉しそうに目を細める姿はいつもと変わらない。あまりに普段通りの態度に逆に驚いたけど、もしかしたら噂の方が誇張されてるのかもしれない。きっとそうだよね。そう思いたくて、ルカに話しかけようとした俺の目の端に神秘的な水色が映り込む。
「……誰ですか貴方、ああいや名乗りは結構。僕弱い人に興味ないので」
「……!」
ピシャリとした冷たい言葉に固まり、声の方に目を向けると、ルカの横、ちょうど隠れるような位置に俺と同じ位の背丈の水色の髪の少年が立っていた。俺は思わず黙り込んだけどそれはこの子の物言いが気になったからではなくて
――ネクタイの色から一年生だとわかるその子の制服が、焼け焦げたみたいにボロボロで、目立つ怪我はないけれど、明らかに攻撃をされた姿だったから。
(噂、本当だったんだ……)
心臓がギュッとして胸の奥がズキズキする。
正直、ここに来るまでは良くある大袈裟な話なんじゃないかと思ってた。だけど、魔法戦闘にも耐え得る素材でできた制服があんな状態になるほどの攻撃は事故や冗談では済まされない。どう声をかけていいものか、そもそも自分が声をかけるべきなのかわからず俯いている俺の耳に飛び込んできたのは
「……フレン、俺、ペアできた!」
という、この一年でよく聞き慣れた、魔法がうまくできた事を褒めて欲しがる様なルカの声だった。
「え……ルカ、ペアって?」
あまりに場違いな声色に面食らって、俺は状況の確認すらできず、聞こえた言葉を聞き返すことしかできない。
「……俺の方が強いから、ペアになった」
「……?それって、どういう……」
いつもの様に後ろから抱きしめられてかけられた言葉は要領を得ない。ルカは普段から言葉数が少ないけど、これはあまりに説明不足だ。すりすりと俺の頭に頬を寄せるルカには悪いけど今の段階では彼の待ってる褒めをする気にはなれなかった。
「フレン君、それについては私の方から説明するわ」
ルカの担任、ミチル先生が疲れた様な顔で説明してくれた概要はこうだった。
――ペア決めの時間
俺に言われてペアを探そうとしていたルカだったけど、この一年のルカの人となりを知らない新入生にとってはルカは噂の邪竜そのものでしかない。表立ってそう言ってくる子はいなかったけど、無口なルカがなかなか声をかけない上に1年生側からも怖がられて声をかけられずペアができなかった。
そしてその時もう一方では、水色の髪の少年、エリオ君が良くない意味で目立っていた。入学式で学年主席として注目を集めていた彼は先輩である2年生達からも当然注目されており、ペアの勧誘が多くきていたらしい。でもそこで問題が起きた。
「僕、自分より弱い人に何か教わるの無理なんですよね」
集まってきた先輩達に対して彼はこう言い放ったそうで、最初は冗談だと思ってた彼等もエリオ君の
「どうしても僕と組みたいなら、僕に勝ってみてください」
という不遜な物言いに彼が本気だと言うことを理解する事となった。そして腫れ物に触るように去っていく子が大半の中、一部の腕自慢の2年生はエリオ君に勝負を挑み、ことごとく返り討ちにあってしまったらしい。
そう、そしてここで、この2人の状況が噛み合ってしまう。
ペアを作りたいけど、1年生から避けられているルカの目の前に、自分に勝ったらペアになってやると言い放つ1年生。
後の流れは聞かなくてもわかった。そう、噂は半分正確で半分間違っていたのだ。
「つまり、ペアになるために手加減せず勝負したって事!?」
俺の言葉に、ミチル先生が頭を抱えながら頷く。予想を遥かに超えた突飛な真相に俺は空いた口が塞がらなかった。
「……フレン、俺、フレンが言った事できた」
嬉しそうに、褒められて当然といった声で俺に報告してくれるルカに
(俺別に力づくでペアを作れとは言ってないんだけど!?)
と内心突っ込みながら、ルカなりに頑張ろうとしたのも理解できるので、俺は控えめに彼の前髪を撫でる。あまりの展開に頭を抱えながらルカを宥める俺にミチル先生が少し申し訳なさそうな目で口を開く。
「フレン君、エミ先生には連絡しておくから、少しの間ペア授業に協力してくれない?」
「……え?」
4月らしい柔らかな夕陽の中告げられたそれは、あまり変わり映えしないと思っていた3度目の春に波乱の予感を感じさせるには十分なものだった。




