52話:春は出会いと波乱を連れて①
ぽかぽかとした陽気の中、俺はこの学園での3度目の春を迎えた。
寮の自室で朝の準備をしていると、ノックの音が聞こえる。
「フレン。そろそろ出れるか?」
「うん!大丈夫!お待たせ!」
3年生に上がる新学期の今日、俺はクロードと一緒に登校する約束をしていた。
うちの学校は、選択型4年制。3年生で就職して卒業する人と、4年生で専門コースに進学する人が大体半々だ。クロードは騎士コースを継続して進学するって話をしてたから、昨年同様一緒に新クラスを見に行くというわけ。
「フレンは、総合コースだよな?」
「うん!やっぱり色々見て決めたいなって」
コース決めの書類は特に迷わず提出した。専門コースと違って授業内容も今までとそこまで変わらないし、環境も変わらないからあまり不安もない。
「クロードはもっと忙しくなるんでしょ?4年って大変だって聞くし……」
「外部研修が増えるからな。それ以外には実習課題がメインになるはずだ」
4年生は学生とはいえ、より専門性を高めるためのコースだから下手すると就職よりハードだって聞いたことがある。6月初めの体育祭以降は登校することも滅多になくなるみたい。
幼い頃からずっと側にいたクロードと長期間会えなくなるのは初めてで、俺は自分の進級よりそっちの方が不安だった。
「休みには帰るからな」
「えっ……俺今言葉に出ちゃってた?」
「いや、顔を見てなんとなく」
海色の瞳が優しく俺を見つめる。その視線の温度に少しむず痒さを覚えて俺は目を逸らした。もう3年生にもなるのに幼馴染離れができてないって思われたかな?それはちょっと恥ずかしいかも。
「あっ!クラス表出てる!俺何組かなー?」
恥ずかしさを誤魔化すため掲示板まで走る。俺は人垣に揉まれつつ沢山ある組の中から自分の名前を探した。
◇
教室の扉を開いてすぐ、俺は見知った顔を見つけて近づく。
「カイがここにいるの意外かも」
「いちゃ悪いかよ。」
「体術得意だし、戦闘系のコース行くと思ってた」
コースもだけど、3年連続同じクラスというのもなかなかの確率だ。特にうちの学園は生徒数が多いからカイとは縁があるのかも。ちなみに担任の先生も3年連続エミ先生だからここにも縁を感じる。
「それも考えたけどよ……特性だけで将来決めんのはなんか違ぇだろ」
「へぇ……」
俺みたいに先延ばしじゃなくて、ちゃんと考えた道を選ぶ姿に感銘を覚えた。
カイは不良だけど、こういうところは本当にすごいと思う。この間の誕生日会でも思ったけど、カイの言動や見た目は荒っぽいのに意外と大人びてる所に少しどきっとする。
「……っ、何だよその目は」
「別に!今年もよろしくね、カイ」
「お…おう」
今思ってたことは本心だけど、面と向かって言うのは恥ずかしいので誤魔化しも込めて笑う。
正直『今年もお前とかよ』とか言われると思ってたから素直な返事をするあたりカイも俺と同じ組で嬉しいのかも。
カイも同じ組だったし、ここまでは想定通りあまり変化のない環境だ。けれど俺には一つ大きな不安があった。
「ルカ、上手くやれてるかなぁ」
去年組んでいたペアは進級とともに解消される仕組みだ。それに伴って面倒を見る義務は無くなるんだけど、ルカってほっとけないところあるから新しい組で上手くやれてるのかは気になる。もう一つ気になることもあるし、お節介だとは思ったんだけど、俺は結局休み時間にルカのところに行くことにした。
◇
昼休みになり俺は1、2年棟に足を踏み入れた。
「来てみたはいいけど……今年のルカの組知らないや」
ルカは携帯を持ってないのでこういう時連絡が取れなくて少し困る。仕方ないので俺は全部で10組ある教室を一つ一つ手探りで探す事にした。
「わー!フレン先輩どうしたんですか?」
「誰か探してます?手伝いますよ!」
「いいの?ありがとう!ルカを探してるんだけど……」
端から教室を覗いていたら、去年の授業で顔馴染みになった後輩たちが声をかけてくれた。
ルカは良くも悪くも有名人だから、この子達も把握してたらしく、俺は教室まで案内してもらう。
(今更だけど、過保護すぎとか思われないかな……クロードのがうつったのかも)
少し不安になりながら教室の扉を開き見渡すと、すぐにルカは見つかった。背が高いし、髪色も特徴的なので良く目立つ。
「……フレン!」
声をかけるより早く、ルカが俺に気がつき駆け寄ってくる。そういえば、去年は結構頻繁にペア授業があったから、休み時間にルカのところに行く事はあまりなかったかも。
「重っ!……ルカ、新しいクラスはどう?」
くっつきたがりなのは2年生になっても変わらないみたいで、のしかかるように抱きつかれる。こうなると離れないので、俺はそのまま話を続けた。
「……別に何も。何か……変わるの?」
普通、新学期ってもっとうきうき、そわそわするものだと思うけど、ルカは心底興味なさそうに答える。去年から思ってたけど、ルカって俺以外の友達作る気ないのかな?
「何かって、色々あるじゃん!ほら、俺ともペアじゃなくなるし……」
「……っ!?」
「何これ!?」
「きゃっ」
一瞬、穏やかな春の空気に似つかわしくない重い魔力圧が教室を覆い、室内がざわめく。
「……なん、で?フレン……?」
深緑色の瞳孔が広がった瞳に見つめられ、びくりと肩が揺れる。普段あまり感情が見えないルカにしては珍しい姿に俺は彼が本当に驚いていることを察した。
「えっとね、ペアって1年生のための制度だからさ、ルカはもう2年生でしょ?」
「……でも」
俺を包む腕の力が強くなる。慕ってくれてるのは嬉しいけど、このままだと離してもらえなさそうだ。ルカは無口で一見大人しく見えるけどかなり頑固なところがある。
「ルカ、あのね……今年はルカが先輩になるから、1年生の子を助けてあげて欲しいな?ルカは魔法がすごく上手だからきっと頼られる憧れの先輩になれるよ!」
「……そんなの、必要ない」
ルカのピリピリとした魔力が肌を撫でる。俺は、駄々っ子みたいに首を振るルカの頭に手を伸ばし優しく撫でながら語りかけた。
「俺、ルカが俺と過ごした思い出がルカの一部になってるところ見たいな?」
「……俺の、一部?」
「うん!去年俺とやった事を1年生の子にルカがやってあげたら、それってルカの力になったってことでしょ?そうなったらすごく嬉しい」
ペアを作って仲のいい後輩ができたらきっとルカの世界が広がる。その一歩を踏み出せるように祈りながら言葉をかけていたら
「……嫌、だけど、フレンが言うなら……」
体にかかる重さが軽くなる。俺はまだ完全には納得してなさそうな顔でそう答えるルカの顔を両手で包んで褒めるように撫でた。
「ルカがどんな子とペアになるのか俺楽しみにしてる!応援してるよ!」
そろそろ昼休みが終わるので、わからないことがあったら何でも聞いてと声をかけて教室を後にする。
ちょっと心配だったけど、ルカが納得してくれてよかった。ペア決めうまく行くといいな。少しだけ先輩らしいことができた誇らしさを抱え、俺は小走りで自分の教室に戻った。
◇
新しい組になってから一週間、今日が1年生のペア決めの日だ。午前中には終わるから、夕方の今はもう決まってるはず。
「ルカ、どんな子と組んだのかなぁ」
先週念押しをしたけど、ルカがペアを組むイメージがあまりわかなくて勝手に色々想像してしまう。去年は邪竜ということで周りに怖がられてたルカも、夏星祭や文化祭での活躍を通して今では割と受け入れられている。めちゃくちゃ強くて、たまに魔力圧がすごいから今も怖がられてる事もあるけど、少なくとも避けられることはなくなっていた。一年かけて、今までの扱いが変わってきたから今年はもっと過ごしやすくなってほしいな。そんな事を考えて呑気に帰りの準備をしてたら
「おい、聞いたか?今年のペア決めやばかったらしいぜ」
授業はサボってたくせにいつのまにか教室に来ていたカイが俺に話しかけてきた。言葉の軽さとは裏腹に表情が固いのが気になったので聞き返す。
「やばいって何が?人気な子の取り合いが激化したとか?」
「何他人事みてぇに言ってんだよ、お前んとこのルカだよ……あいつついに、やりやがった」
「えっ」
持っていたプリントが地面に散らばるけど、そんな事はどうでもいい。嫌な予感がしながら続きを促したカイの言葉を聞いて俺は頭が真っ白になる。
「あいつ……ペアの1年、ボコしたらしい」




