50話: お誕生日会にご招待⑤sideカイ
パーティの終わり、姉貴達に別れを告げた俺とフレンは学園に向かう電車に乗り込んだ。夕方の、人のほとんどいねぇ車内で並んで座る。初めのうちは今日のパーティの話を楽しそうにしていた声がだんだん静かになり、やがて俺の方にやわらかな体温が寄りかかる。
すぅすぅと小さな寝息を立てて体重を預けてくるその姿はあまりに無防備で、目が離せない。俺はフレンの肩に静かに手を回しそっと支えた。電車の揺れで倒れるのを防ぐため、それ以外の他意はねぇなんて言って前なら誤魔化してたけど今は違う。少しでもこの体温を近くで感じたいから、明確な意思を持って俺は手を伸ばした。まだ、起きてるこいつの前では上手くできねぇけど、今だけは許されたかった。
最寄りについても起きなかったフレンを姫抱きにして電車を降りる。改札を出るため、フレンの鞄からパスケースを拝借する時に鞄の端で何かが揺れて俺は反射的に目で追った。
「これ……」
冬月祭で、こいつに渡した怪我避けのお守りがキーケースにつけられてるのが見えた。
こんなことでぬか喜びするのはだせぇってわかってる。けど、嬉しい。思わず走り回りたくなるほど心臓が跳ねる。バスの本数が少ねぇのもあって寮のある学園までは徒歩移動だ。腕に抱えた花のような香りに心がいっぱいになりながら、俺は俺の心を掴んではなさないこの半妖精を起こさないようゆっくり歩いた。
◇
わざと遠回りしてたどり着いたフレンの所属する寮の入り口で、俺は一番見たくない顔に迎えられる。
「フレンを送り届けてくれて感謝する。あとはこちらで引き取るよ」
そう言ってさも当たり前というように腕を差し出すクロードの態度に心臓がひりつく。俺はそれをわざと無視して廊下を進んだ。
「……どういうつもりだ?」
それを受けて、フレンが一番信頼して慕ってる自慢の幼馴染様が、こいつの前じゃ絶対出さないような低い声で俺に問いかける。いや、これはそんな甘いもんじゃなく、威嚇だな。前にも思ったが、落ち着いているようでこいつ、意外と煽り耐性がないみてぇだ。ルカと違って魔力圧は出さねぇけど、ピリピリとした威圧が隠せてねぇ。
「どうもなにも、こいつ寝てっから起こさないよう運んでやるだけだけど?」
あまり騒ぐと目ぇ覚ましちまうぞ?言外にそう滲ませて俺はそれをかわす。
「今日のご飯何かな?」
「こら!廊下は走らない!」
「……っ!」
夕食の時間だからか、さっきまで2人きりだったエントランスに人が集まってくる。
「それじゃ、俺はここで」
人の往来で威圧を解いた、優等生の仮面を外せない目の前の男の隙をついて俺はフレンの部屋に向かった。ネームプレートでフレンの名前を確認し、カバンに入ってた鍵で扉を開く。
初めて入った部屋はどこもかしこもフレンの匂いでいっぱいで、眩暈がしそうだった。呼吸をするたびに跳ね上がる心臓と熱くなる腹の底の感覚に俺は長居はできない事を悟る。
皺になるが、正装を脱がせる勇気も覚悟もない俺は、フレンをベッドに乗せて部屋を後にする。
あのままクロードに任せてたら、あいつなら脱がしてやったのかもしれない。その光景が自然に想像できてしまい、上がった体温が一気に下がる。奴のことを考えるたびにこうだ。怖いわけじゃねぇ。フレンがそういう事を許す相手だろうって事が一番きつくて胸に刺さる。
そのまま寮を後にし、俺は夜風に身を任せる。身につけた正装に残る残り香はしばらく消えてくれそうになかった。




