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43話:不良ワーウルフの決意①

 一年の内、一番寒さが厳しい季節。

 わざわざそんな時期に来なくてもいいだろ、と思いつつ俺は目の前に広がる冬海を眺めた。俺の通う学校の修学旅行、それは毎年2年の2月にこの港町で行われる。


 海風が吹き、潮の匂いと共に目の前に春薔薇色が広がった。

 俺にとっては大したことのない海からの北風も目の前のひ弱な半妖精には強敵らしい。まあこいつ小柄だし、筋肉量の違いとか色々理由があるのはわかる。だが、


「寒ーい……ちょっとカイ!もっとこっち寄って!これじゃ風除けになんない!」


ピッタリと抱きついて、俺を風除けにした上で文句を言うのは違うんじゃねぇか?

 きゃんきゃんと文句を言いつつも俺で暖を取る喧しい奴……フレンを眺めながら俺は


「文句言うなら離れろや!」


と抗議の声を上げた。


「だって寒いんだもん……折角のカイの長所を活かすなら今しかないでしょ?同じ班のよしみとかないわけ?」


だが、遠慮という言葉を知らないのか、こいつはこんな生意気な言い分と共に、離れるどころか却って強く抱きついてきやがった。小せぇくせに態度だけでかすぎるだろ。だが、はっ倒してやろうかと思う反面、触れ合う箇所からじんわりと伝わる体温に心が掻き乱されて、結局俺は都合のいいカイロになるしかない。


 風上に立たせられ、強い海風に吹かれながら俺は、寒さではなくこれから数日の前途多難さに背筋を震わせた。


 ◇


 修学旅行の班決めの際、声をかけてきたのはフレンからだった。仲がいい自覚はあれど、クラスの人気者であるあいつが俺を指名したのは意外な事だったが、さっきまでフレンに声をかけていた奴らが俺を見るや否や散っていくのを見てあいつなりに考えた結果なのだろうと思った。結局残った奴ら……不良の俺を怖がらねえ熱血真面目学級委員長ガネマルとそのダチのノートンの4人で班は決まり、そして今に至る。


 送迎のバスは四列シート、左右2人席なので、ガネマルはノートンと座り、残った俺はフレンの横になった。窓際がいいなんてぬかした割に、出発してすぐにすぅすぅと寝息を立てたこいつに現在進行形で俺の肩は無断使用されている。大方楽しみで昨日寝れなかったんだろうが流石にやりたい放題すぎるだろ。腹立ち紛れに鼻の一つでも摘んでやろうかと思ったが


「……っ、くそ」


何故だか全く腕が動かせなかった。

 俺は、ワーウルフは常人離れした筋力を誇る種族だ。だからこの程度、右肩に感じる体温の重さなんて空気みたいなもんでしかない。なのに身動き一つできないのはきっと、下手に起こして文句言われるのが面倒だからに決まってる。

 別に俺は肩にかかるサラサラした髪や、小ぶりで丸っこい頭に可愛さなんて感じてねぇし。文句ばっかり言う癖に薄紅色で無駄にツヤツヤした唇にも興味はねぇ。罷り間違ってもこの状況が終わる事に、起こしてしまうのが勿体無いからなんて思っちゃいねぇからな。


 誰に聞かれたわけでもないのに俺は心の中で長々と言い訳をこぼすが冬の風を切って走るバスはまだ目的地に到着しない。右肩の体温が離れる気配は全くないまま時間だけが過ぎていった。


 ◇


 修学旅行の1日目はほとんどバスの中で終わった。2泊3日のうちの1日がそれでいいのかよとは思ったが、予算の問題なんだろう。

 バスで少し観光地に寄って見学してはまたバスに戻ってを繰り返して到着したホテルの夕飯は学生向けのバイキングだった。それを食い終わった後組ごとに風呂という流れだったが、俺は近くを歩くクラスメイトの言葉である事実に気がつく。


「なぁ、今日の風呂、フレンも入んのかな?」

「そりゃ入るだろ。正直俺これが一番楽しみ」


 そうだこれは修学旅行、集団行動が基本だ。あいつらの言ってることは俺にもわかった。顔だけは女より可愛い、普段は厚着してて露出を一切してないあいつが肌を晒す事の意味。

 べ、別にいくら顔が可愛かろうとあいつは男だし、男の裸に思うところなんてねぇよ?ただ、ほんの少しだけ、俺と違って真っ白なその肌が浴場のチープな灯に照らされるのを想像すると腹のあたりがムズムズしただけで、断じて見てぇとか思ってねぇし。


 ……それに、普段は遠巻きであいつのことを見てる奴らが、非日常を免罪符にジロジロとそれを見るのを想像するとそれ以上に苛立ちが募る。てかクラスメイトのそういう姿を想像して盛り上がってるのが気持ち悪いんだよ。

 むしゃくしゃした俺はその話をしてた奴らに近づき、わざとぶつかる。奴らは一瞬なんだって顔をしかけて振り返ったが相手が俺だとわかると途端に目を逸らし、しゅんとして散っていった。自分より強い奴にはやり返せねぇ癖に欲望には忠実とか、終わってんだろ。俺はやり場のない怒りを胸に、迫る風呂の時間を待つしかなかった。


 ◇


 結論として、想定していたやばい事は起きなかった。フレンは体質上の理由とやらで個室風呂に入ると先生から通達があったからだ。フレン以外にも熱湯が苦手な雪男や体液が毒な生徒など何人かは部屋の風呂で済ましてたからあいつもそんな感じなんだろう。その通達でクラスの奴らは明らかに落胆していたが、俺は少し安心していた。変な話をしてた奴らの思う通りにならなかった事がというより、生意気だけど人を信じがちなあいつが嫌な目に遭わなくて良かったと思ったから。


 部屋に戻るとフレンはすでに風呂から上がっていたのか4人部屋のベッドの上で細い脚を伸ばしくつろいでいる。そのほんのり赤くなった肌の色が少しだけ俺の心臓を刺激したが


「明日は早くから集合だ!皆遅れるなよ!!それではおやすみ!!」


と真面目バカのガネマルがすぐ電気を消して視界が真っ暗になり、事なきを得た。

 てかこいつの目覚まし時計すげえうるさそう。今日は色々と疲れたから早く寝てえが、叩き起こされるのはごめんだ。安っぽいベッドのマットに身を沈め、俺は明日に思いを馳せながら目を閉じた。

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