41話:冬月祭、サプライズとプレゼント⑦
クロードとプレゼント交換をして、最高の気分で寮の自室に戻った俺は、今日の間ずっと羽織っていたコートを脱いだ。それを部屋のハンガーにかける寸前、
「あれ?ポケットなんか入ってる?」
俺は特に何か入れた記憶はないそこの膨らみが気になって手を突っ込む。
「え?何これ」
そこには手のひらサイズの見覚えの無い、黒い高級そうな小箱が入っていた。ベルベットみたいな手触りの結婚指輪とか入ってそうなやつ。
「落とし物……?いやこんなピンポイントに入るわけないか。ていうか中身なに?」
見た目通り軽いそれを振ってみると、音はしないけど結構しっかり重くて、何かが入ってるのは間違いなさそうだった。
「うーん、気になる……ちょっとだけいいかな?」
怪しくはあったけど、大きさに見合わず洒落たデザインの箱の中身が気になって俺はそれを開ける事にした。もしかしたら持ち主の情報とかわかるかもしれないし。それにしても、何が入ってるんだろう……やっぱり指輪とかかな?
「……っ!」
好奇心で開けた箱の中に入っていたのは真紅の石が嵌った髪飾りだった。派手さはないけれど品がある高そうなデザインのそれが目に入った瞬間俺の頭にある可能性が閃く。
その可能性と、今日感じた違和感の答え合わせをするため俺は携帯である言葉を検索し、そして確証を得た。
「あいつ……いつの間に」
脳裏に浮かぶのは真紅の瞳の吸血鬼。ジンの瞳と同じ色をしたそれを手のひらに載せ俺は顔を顰める。
ジンには今年感謝するような恩は……なくはないけどマイナスの方が大きいし、そもそも仲良くもない。これは向こうが勝手にやったことでそれに何か感じる義務もない。
「……はぁ、でもなぁ」
この間の趣味の悪い髪飾りと違って、今回のこれは俺が好きな雰囲気ドンピシャで使いやすい形状。悔しい事に、プレゼントとして完璧な選択が成されたそれを見て、ジンが一応俺のことを考えてそれを選んだのは伝わってきてしまう。
「あーもう!」
完全に手のひらの上で転がされてる気がしてむかついた俺はしばらくベッドの上で格闘したけれど、結局携帯を手に取り乱暴な動きでメッセージを打ち込んでから眠る事にした。
◇
「おはよう!フレンいい朝だね」
2日連続で訪れた街角で、俺はため息をつきながら、自分で呼び出した男の顔を見る。
「フレンからの初めてのお誘い……すごく嬉しいよ」
ヘラヘラと笑い、言葉を重ねるジンを見て朝からよくこんなに口が回るものだと思う。あいにくジンのせいで寝不足な俺にそれに合わせる元気はない。
「こっち……」
挨拶もそこそこに俺はジンの腕を引っ張り無理やり移動させる。
そうして連れてきたのは行きつけのジェラート屋さん。
「俺あんたが好きな味知らないから自分で選んで」
「俺はラズベリーミルクが好きかな……あとはチョコレート」
うわ、俺と好きな味被ってるんだけど……嫌な一致だな。
「……わかった。すいませーん!これダブルでお願いします」
俺は手早く注文し、アイスを受け取り店を出る。
「………………」
店の外で、ジンを見つめて数分が経った。先ほどからの俺の明らかにぎこちない一連の動きには触れず、ジンは面白そうにヘラヘラとした笑顔を浮かべている。いつもなら頼んでなくても話しかけてくるのに、こういう時だけ何も言わないのって、わかってやってるんだろうけど性格が悪いと思う。
「……っ、月に感謝を!」
何回目かの逡巡の後、意を決してその言葉を口にして、俺はアイスをジンに押し付ける。
「わぁ……フレンからのプレゼント、嬉しいなぁ……ありがとう。大事に食べるね」
真紅の瞳を三日月のように細めてジンが笑う。いつもの笑顔より少しだけ嬉しそうなのは気のせい?まあ別にどっちでも良いけど。
「……はぁ、ジンって回りくどいよね」
昨日の一連の流れ、今考えるとわざとらしいそれは、彼なりの冬月祭を祝う振る舞いだった。
『月に感謝を』……検索して知った、一部の夜の眷属だけが使うその古い言い回しでさりげなく祝福されてしまった事に気がついた俺は悩んだ末、ジンを呼び出すことを決めた。
「でもフレンから誘ってくれたよね?」
「……うるさい」
ジンのニヤニヤとした声に、俺は苦し紛れの言葉を口にする。ジンのせいでプレゼント費用でほぼ空になったお財布が本当にぺたんこになったし、やっぱりやめとけばよかったかも。
「それも……」
「……っ!」
ジンの視線が俺の頭上を撫でる。それが意図する事はすぐに理解できて、俺は慌てて横を向いたけど、そんなことしても無駄なのはわかっていた。
「似合うとは思ってたけど……最高に可愛いね!俺のためにおめかししてくれて嬉しいよ」
俺の寝不足の最大の原因、ポニーテールの上の真紅の髪飾りが揺れる。本当の本当に、俺は最後までこれをつけるかどうかを迷った。だけど、仮にも祝いの場で貰ったものを一度も身につけずしまっておくのは申し訳ないような気がして、気の迷いで使ってしまったのだ。
「フレンって俺のこと大好きだよねぇ」
その結果がこのヘラヘラ男の満面の笑顔。割に合わないどころかマイナス待ったなし。
「さっさと食べて!食べたら帰るから!」
「えー?折角だからたくさん話そうよ?昨日話せなかった分もさ」
冬の寒さでまだまだ溶けそうにない2色のアイス。それがなくなるまでの短くて長い間俺は、キザで何考えてるかわからない吸血鬼と束の間の時間を過ごす。
ふと見上げた街路樹の枝には昨日の輝きが嘘のように、すっかりおとなしくなった電飾が揺れていた。冬の朝日を反射して小さく光るそれはまるで昼に見上げる星のようで、俺は冬月祭の余韻に小さく浸りながら寝不足の頭でジンの声をぼんやり聞いていた。




