38話:冬月祭、サプライズとプレゼント④
続いてルカに連れてこられたのは、ガラス細工屋さんだった。ピカピカに磨き上げられたショーウィンドウにも商品がたくさん並んでて、よく見えないけれど結構店内は広そうだ。
「……ここで、待ってて」
ルカからそう言われ俺は大人しく店の前で待つ事にした。流石に俺でもわかる、多分ルカはここでプレゼントを買ってくるつもりなんだろう。プレゼントを渡す前に中身を見られるのは避けたいという当然の心理を理解している俺は、店の中を見ないようにしてぼんやりと街を眺めてた。そんな時
「あれ?フレンだ……!凄い偶然だね、会いたいって思ってたから嬉しいな」
甘くて、軽くて、でもどこか耳に残る、ここにいるはずのない男の声が聞こえて俺は思わず振り返る。その声の主、ジンはいつものヘラヘラとした笑顔を浮かべてこちらを眺めていた。
「え?……ジンなんでここに……?」
その光景を目にしても、まだ目の前の彼の姿が現実だと思えなくて、俺は目を見開く。
「俺、フレンに会えないかなーって思って歩いてたんだよね。やっぱり日頃の行いがいいからかな?」
どの口がそんな事を……と俺が悪態をつく前にジンは俺の真横に来て腰を抱く。毎度のことだけど、この距離の近さなんとかならないのかな。
俺は手慣れてしまった動きでそれを振り払いそして気がつく、この状況がかなりまずい事に。いつもジンは俺を見つけるとこうやって近づいて長話をしてくるわけだけど、俺1人の時はめんどくさいだけで済む。
(どうしよう……ルカ絶対怒るよね)
問題は、今日はこれがルカと出掛けている最中という事だった。完全にジンが悪いんだけど、ルカはジンが嫌いだ。過去2回ジンと遭遇した際には、その2回とも乱闘になりかけた。それらは幸い未遂に終わったけれど、このままルカとジンが鉢合わせたら今度こそとんでもない事になる。
せっかくルカがこんなに楽しそうに冬月祭を過ごしているのにそんな事態になるのは嫌だし絶対避けたい。でもジンはそんな事お構いなしに俺に絡んでくるだろうし……ルカがいつ店内から出てくるかヒヤヒヤしながら俺は頭を回転させたけどいい考えは浮かばなかった。そんな絶望してる俺の耳に甘い声が響く
「今日は会えてよかった……月に感謝を!またね、フレン」
「え?」
聞き返す前にジンはいなくなっていて俺はポカンと虚空を見つめる。いつもはいくら振り払っても構わず話しかけてくるジンがこんなに簡単に解放してくれるなんて信じられなかった。
「……買ってきた」
その時ちょうど店の扉が開きルカが小さな袋を片手に出てくる。ギリギリのタイミングだけど、最悪の事態が回避できた安心感から俺はジンの気まぐれに感謝してルカを振り返る。
「……フレン、これ」
買ったばかりの小袋をルカが俺に差し出す。急な事で少し驚きつつも俺は受け取って
「ありがとう。開けてもいい?」
「……うん」
とルカに尋ねる。流石に買った店の真ん前で開けるのは憚られるから、俺は少し離れたベンチに座って袋を開く事にした。
「可愛い……」
袋から取り出した、小さな小箱に入っていたのは薄桃色の薔薇のガラス細工だった。小ぶりだけど細部まで凝った作りで、花弁一枚一枚が冬の日差しを反射して輝く。
「……フレン、これ、どう?」
「凄く気に入ったよ!今日から部屋に飾るね!素敵なプレゼントをありがとう!ルカ」
プレゼントの感想を聞くのも多分初めてなんだろうぎこちない問いかけ。繊細な造りのガラス細工をうっかり壊してしまわないよう箱に戻しつつ俺はルカにお礼を言って笑いかける。
「ルカこういうの好きなんだね?」
ルカのことだからもっと魔法に関連したもののか、あとはホラー系の何かかもって思ってたから今回のチョイスは意外だった。そのことを俺が指摘したら
「……フレンみたいだって思った……から」
ルカから穏やかで優しい目でそう答えられてちょっとむず痒い。確かに俺の髪色に似てるけど、ルカから見た俺ってこんな感じなのかな?キラキラしたお花的な可愛さって事?嬉しいけどちょっとストレート過ぎて恥ずかしいかも。
「じゃあ俺からも、ルカにプレゼント」
照れ臭さを誤魔化すように俺もバッグから小包を取り出してルカに渡す。
「開けてみて?」
手のひらに小包を乗せたままキョトンとしてるルカを促す。色々考えて選んだけど、ルカは喜んでくれるかな?ルカが包みを開くまでの少しの時間俺はちょっとそわそわしながらそれを見つめた。
「……!これ」
ルカの瞳と似た深緑色の万年筆。お店でこの色を見た時これしかないって思ったんだよね。
「ルカ最近座学頑張ってるから……少しでも力になれたらなって思って」
適当に選んだわけじゃないよって……ルカはそう思わないだろうけど……俺は理由も追加する。
「……俺」
ルカが万年筆を握りながら俺の目を見る。
「……初めて、貰った。……ずっと大事にする」
(あ……)
ルカは言葉数が少ない。でもその分、選んだ単語に言いたいことが詰まっているのを俺は知ってる。
(万年筆をもらったのが……じゃなくて、きっと、冬月祭のプレゼント自体がルカにとって初めてなんだ)
俺はルカの家のことは何も知らない。踏み込んだこともないしルカは何も言わないから。きっと俺が何を思っても、過去は変えられない。だから俺にできるのはただ一つ、今日がルカにとって素敵な思い出になるように
「冬月祭を祝して!」
一年に一度、最も月が近くなる日に口にする、月の恵みを分け与える祝福の言葉。それに精一杯の気持ちを込めて俺は可愛い後輩に笑いかけた。
「ほら、ルカも一緒に言お?」
「……冬月祭、を、祝して?」
まだぎこちない、辿々しい祝福は、ゆっくり月に届くことになるだろう。でもきっと、その分これからのルカには素敵な事が沢山訪れてくれるんじゃないかな?そうだといいな。なんて、まだ月の浮かんでない青空を眺めながら俺は一人心の中でそう思った。




