31話: 腹黒吸血鬼との最悪デート ③
この話を聞く前から本当は少しだけ気がついていた。ジンも俺と同じ孤独を知ってるんじゃないかって。ジンが俺の秘密――俺に夢魔の血が流れてることを知った時、彼は俺に夢魔らしい振る舞いを一切求めなかったから。
エロい。やらせてくれる。そういうことをしてもいい相手。
それが世の中に広がる俺達のパブリックイメージで、そういう事を語った商品なんかも当たり前の顔をして売られている。いくら俺達がそうじゃないって叫んでも、根付いたイメージは簡単に消えないどころか顔も見えない誰かが、夢魔でもない奴が、間違ったイメージの方を正しいと主張して俺達にそういう目を向ける。
(何を言っても、俺達の声は届かない)
そんな世界を変えるより、俺達がそれを隠した方が手っ取り早くて楽だから、だから俺は俺に流れる血のことを隠してる。クロードやルカみたいに俺の正体を知っても態度を変えない人の方が珍しいから。
だって世界は変わらない。変えやすい方を変える方がずっとずっと楽だから。だけど、ジンはそんな目線で俺の事を見ることは一度もなかった。ナンパはしてきたけど俺の正体を知った後もその態度は変わらなかった。
今日1日過ごしてみて、俺はジンと話してて楽な理由がわかった。ジンの言葉は軽薄で、人の心を逆撫でたり、誘導したりするけれど、根底に俺と同じ孤独を抱えているから心の底からは無視できない。
そして、ジンの前で俺の弱さが出る理由もわかってしまった。俺の心の1番弱い所にある孤独が同胞を求めて顔を覗かせるから、俺はジンの前では孤独な俺として話ができる。
「俺言葉きついし、ジンにとって俺はいい奴じゃないと思うけど、それでもジンは嬉しいわけ?」
ジンの前での俺は、俺が隠したい弱くて醜い嫌な奴だと思う。笑いかける事もしないし、かける言葉も感情に任せた辛辣な物が多い。そうさせてるのはジンだけど、相手が誰であってもよくない態度ではある。種族的に、身体的に弱いのは仕方なくても心まで弱いのは俺の問題で、言い訳できない。この間のクロードへの八つ当たりと一緒だ。
だからそんな俺を知ってるジンが俺と一緒にいたがる理由がわからなくて、でもそんな俺を知ってるジンにだからこそ聞いてみたくなった。
「それがフレンの良いところじゃない?俺は一緒にいれて嬉しいよ」
「どこが……」
軽い調子で返された答えは曖昧な上、全く納得できる物じゃなくて俺は聞き返す。
「フレンの言葉は、本当の相手を見てるってわかるから。思ってもない事は言わないでしょ?」
「本当の相手……?」
そんな目線で考えたことはなかった。もちろん人には本音と建前があるのはわかってるけど、ジンが言ってるのはそういう事じゃないだろう。
俺は本当の俺について考える事が良くあるけど、もしかして周りの人も同じ様に悩んでるのかな?夢魔じゃなくても、普通の人でも、種族を隠してなくても。
「うん、そう。フレンは多分それがわかるから、相手の前で相手が望むように振る舞っちゃうんじゃない?」
「そんなことは……」
ない、とは言い切れなかった。もちろん人に媚を売ってるとかじゃないけど、普段ならあの日のクロードの発言にだって俺は心の底で思ったあの言葉じゃなくて、素直に受け取れる俺で返していただろうから。ジンの言うような相手の望む姿ってのはわからないけど、俺は俺の弱いところが見えないように振る舞ってはいると思う。
「だって、そうしないと弱い俺の嫌なところが出るから……」
「でもそれも本当のフレンなんだから隠さなくてもいいんじゃないかなぁ。大事なのは伝え方じゃない?」
「伝え……方」
本当の俺、俺が知りたい答えをジンは難なく口にする。適当に言ってるのかもしれない。だけどジンとの会話で、ちょっとだけ俺は俺の中の弱さとの付き合い方が見えてきた気がしていた。
嫌われちゃうかもしれないけど、弱い自分を認めて伝えてみたら、少しは変われるのかな?弱い自分を受け入れられたらほんの少しマシな本当の自分になれるかもしれない。
自分では気がつけなかった、ジンだからこその提案。うまくいくかはわからないけど、俺はあの時俺が思った事をクロードに伝えてみたいと思えた。
「少しだけ、やってみようかな……その、参考になった、から……」
続く感謝の言葉は声に出せなかったけど、そう小さく呟いた俺に
「ね?俺たちもっと仲良くなれると思わない?」
脳を溶かすような甘い声でジンが笑い、手を伸ばしてくる。
最初は、ジンが俺の秘密を握った時、彼はそれを利用して強請ってくるのかと思った。だけど多分この男はそんなことしない。だってもし秘密を暴露したらジンの求めてる孤独の同胞はいなくなるから。つまり今日のこれはものすごく回りくどい友達作りの一環というわけだ。非常にめんどくさくて、性格が悪いけれど悪意はない、そんな男なんだろう。
「けど俺はジンのこと好きじゃない」
差し出されたジンの手の上に、俺は勝手に買ってつけられた重い髪飾りを髪から外して乗せる。
「やっぱりフレンって最高……!またデートしようね」
目の前で思いっきり振られたにも関わらず心の底から嬉しそうに笑うジンを見て、誇張抜きにやばい男だなと思う。でもほんの少しだけ、今日ここで話せたことだけは悪くなかったんじゃないかなと、俺は口には出さないけどそう思った。
曇り空の切れ目からほんの少し覗く夕焼けの光は目の前の男の瞳と同じ、引き込まれるような赤色で周囲を静かに染めて夜の訪れを待っていた。それを眺めながら聞くジンの声ははじめて聞いた時よりほんの少しだけ心地よい様なそんな気がした。




