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30話: 腹黒吸血鬼との最悪デート ②

 ジンに連れられて歩く中、俺が少し足が疲れてきたなと思った矢先に彼が立ち止まり案内したのは本日何度目かわからない一見お断りの料理店だった。俺は疲れたなんて口に出してないし、偶然だとは思うけど、俺の疲れ具合までコントロールされてるんじゃないかと錯覚するほどタイミングがいい。


「ここは俺のお気に入りなんだ。フレンも気に入ってくれると嬉しいな」 


 吸血鬼のお気に入りの店、ねぇ。そう思ったけどそれは口にせず俺は店内を見回す。俺達の他に客はおらず、ウエイターさんが料理を運んでくるまで、広い店内に完全に2人きりみたいだった。


 その静けさの中、洗練された所作で綺麗に盛り付けられた前菜が運ばれてくる。ウエイターさんがしてくれた料理の説明は難解でよくわからなかったけれど、その見た目からかなり高級で手の込んだ物だという事は理解できた。


「フレンが気に入ってくれるといいな」


 料理を前に固まっている俺にジンが声をかける。言われるがままに食べるのは癪だったけど、お腹は空いていたし出された料理に罪はないので、少し思うところはあったけど結局俺はそれに口をつける事にした。


「あ……美味しい」


 なめらかに裏漉しされた冷製スープは野菜の甘みがしっかり出てて、思わず声が溢れた。口に出してから、俺はジンが何か言ってくるかなって身構えて向かいの席を見たけれど、彼はニコニコと笑っているだけで何も言われることはなく少し拍子抜けだった。

 その後運ばれてきた料理はどれもとてもおいしくって、味だけでなく量もちょうど良く、デザートが出てくるまでが一瞬に感じた。一体どれくらいの値段がするんだろうって怖くなるくらい完璧な料理の数々だったけど、例に漏れず俺がお会計をすることはなく食事は終了した。ジンが勝手に連れてきた店だけど当たり前みたいに奢られるのは何度体験しても落ち着かない。


 それに、俺はうろ覚えのマナーでそれらを食べたんだけど、その傍でジンは知識のない俺でもわかるくらいお手本の様な振る舞いをしていた。それを見て、俺の中でジンがどんな育ち方をしてきたのかという疑問が膨らんだのは言うまでもない。吸血鬼には貴族が多いとはいうけれど、もしかしてそういう家の出なのかな。まあ、聞く気はないけど。それにそんな事より俺にはずっと気になってる事があった。


 店を出て、お腹が膨れた事で少しだけ心に余裕が出た俺は今しかないと思い、ジンに尋ねる。


「なんでジンは俺に声をかけたの?今日一日過ごしてわかったと思うけど、俺といてもジンにとって楽しいことってないと思うんだけど」


 これは紛れもない本心だった。今日の俺は、ジンに無理矢理連れてこられただけで、秘密を握られてる力関係もあって表面上は大きく抵抗しないけど受け答えは全く可愛くない自覚がある。向こうが勝手にやったこととはいえお金もかかるだろうにこんな態度を取られて気分がいいはずがない。俺にとっては間違いなく最悪の1日だけど、ジンにとっての今日のメリットも全く感じられず俺はそれがずっと気になっていた。


「え?俺は今日一日最高に楽しかったけど……フレンは違うの?」


 笑いながら告げられたジンの返答から、前半部分は本心で、後半部分は俺の秘密を握って意地悪に笑っている……そんな気がした。この感覚が正しければジンは、俺が嫌がってるのを込みで今日1日を楽しんで過ごしていたということだ。本当に性格が悪い。


「フレンはさ、吸血鬼のお気に入りの料理って聞いて何を想像した?」

「別に……何も」


 その返事に続いて、ジンはさっき俺が料理店に入る時に頭によぎったことを問いかけてきた。でも俺はそれを口にしたくなくて曖昧に答える。


「人間の血を飲まされるとか、そんな想像しなかった?」


 人があえて口にしなかった言葉を、ジンは見てきたかのように口にする。


「他にも俺の顔を見て思ったこと、今日の天気について、もっともっと小さな事も」


 ジンが言葉を続けるけど俺は彼が何を言いたいか全くわからない。


「吸血鬼っぽいって思わなかった?」

「……まあ、思いはしたけど」

「でも口にはしなかった。フレン、普通はね、無意識にでも人はそれを口にしちゃうんだよ?例え言葉にしなくても行動に出る」


 ほんの一瞬、ジンの顔からヘラヘラした笑顔が消えて寂しそうな顔になった……気がした。


「俺はフレンの素直なところが好きだよ?ついムキになって返事しちゃうところとか、すごく可愛いと思う」

「は?」


 こいつ、そんなこと思いながらあの嫌な話し方してたのか……思い返すとムカついてくる。弱みを握られてなかったらもう1発ビンタをお見舞いしてやりたいところだ。


「でもね、それと同じくらい、決して行動や口に出さない言葉があるところも魅力だと思ってる……」


 俺がジンの言葉に気を取られてる間に真紅の瞳が真正面にくる。


「え……?」

「前に言ったよね?俺は吸血鬼だって。それを知ってる人はみんな俺を吸血鬼のジンとして見てくる」


 この言葉、当然のことを言ってるような文脈だけど、俺にはジンが何を意図してるのか理解できてしまった。それは俺も良く知ってる感覚だから。


「吸血鬼だから、吸血鬼なら……善意も悪意も含めてその全てが俺ではなく俺に流れる血に向けられる」


 ジンの言葉は、伝わらない人にはきっと本当にわからない言葉だと思う。だけど俺にはわかる。


「だから俺、フレンと話すの好きなんだよね」


 ――同じ孤独を知ってるから。

 ジンは口にしなかったからこれは俺の推測だけど多分、いや絶対そういう意味だ。そして俺はジンの言葉で確信する。ずっとずっと俺が求めてた、本当の俺を見てくれる相手、それがよりにもよって目の前でヘラヘラ笑うこの男だってことを。


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