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29話:腹黒吸血鬼との最悪デート①

 冬の始まりの11月。肌寒い風が吹き付ける中、俺は頭上の曇り空を眺めながら憂鬱な気持ちで街角に立っていた。


 ◇◇


 文化祭の夜、最悪な気持ちで開いた携帯の画面には


『今度遊びにいかない?』


と、一見こっちの予定を伺うようでその実俺が断れないのを知っている男からのメッセージが表示されていた。


 俺はちょっとした反抗心で丸一日それを放置した後、結局了承の返事をした。俺の秘密、夢魔の血を引いてる事を……握られてる以上ジンの要求に対して俺に拒否権はないから。

 それに、自暴自棄で、いけない事だとは分かっていつつも、この最悪な気持ち……クロードとの衝突(と言っても俺の一方的なものだけど)をなんでもいいから忘れたかった。そんな思惑もあり俺は今日この場所に立っている。


「お待たせフレン!わぁ!私服初めて見たけど可愛いね……事前にリクエストしておいて良かったなぁ」


 俺を呼び出した男、ジンは真紅の瞳を三日月のように細め俺を眺める。俺は自分の髪色に合わせたオーバーサイズの上着の裾を引っ張り彼の視線から逃げるように体を隠して目を逸らす。


『とびっきりの可愛い格好が見たいなぁ』


 ジンとの何往復めかのメッセージに書かれた要求。それを俺が拒否できないのを知った上でこのリアクションをするんだからこの男は本当に性格が悪い。

 自身も高級そうな服を嫌味なく着こなしているところに、俺は彼が本当に吸血鬼なんだという事を感じた。


「いい天気で嬉しいな……初デートにピッタリだね?フレン」


 どんよりとした曇り空を見上げてジンが笑う。今日の外出のために仕方なく編み込んだ俺の髪を勝手に指先で撫でながらそんな話をするジンの姿を見て、俺はつくづく嫌な男だと、そう思った。



 ◇


 性格の悪いジンの事だから、どんなことをさせられるのかと身構えていたけれど、彼の提示したプランは意外とオーソドックスなものだった。


 待ち合わせ場所から少し歩いて連れてこられたカフェはドレスコードこそないけれど一見お断りの格式高い老舗だった。勧められて(断れなくて)飲んだ紅茶はとても香りが良くて、こんな状況なのに心が少しホッとする味がする。


 ジンはよく喋る男だった。吸血鬼と聞いて納得する、夜が似合う耽美な顔立ちにヘラヘラと軽い笑顔を浮かべて重ねられる言葉は、こちらが無視をしていようと関係なく続けられて、そのうち無視ができなくなった俺がつい返事を返してしまうのが常だった。

 それがどんなに辛辣な返事であってもジンは嬉しそうな笑顔を浮かべるものだから、俺はその度になんだか負けたような気持ちになって悔しい。

 

 だけどその会話の中にも一個だけ、メリットとは言えないけれど、否定もできない感覚があった。それは、ジンには俺の弱いところを隠さずぶつけられるという事。その点だけは話していて気が楽だと感じた。これは他の人とは感じたことのない感覚で、俺がジンの言葉を完全に無視できないのはきっとその奇妙な居心地の良さがあるからだと思う。


 香り高い紅茶で喉がちょうどよく潤った頃、ジンが席を立ったので俺もそれについて席を立つことにする。 


「あ……お会計」


 俺はジンに借りを作るのは嫌なのでレジに向かおうとしたんだけど、そういえばこのお店それらしい場所がない。俺が戸惑いつつレジを探して店内を見回していると


「俺今日、フレンにお財布持ってくるように言ってないでしょ?」


とジンに腕を引かれてしまった。俺がその言葉の意味を理解する前にジンは俺を外に連れ出し、俺は結局何もできないままカフェを後にした。


 ◇


 次に連れてこられたのはこれまた一見お断りだろう宝飾店だった。有名ブランドとかではなくて、本当のお金持ちだけが知っていて買い物をする様なそんなお店。今更だけどなんでジンはこんな所を知ってるんだろう……?そんな疑問を浮かべながら俺が店内で立ち尽くしていると、ジンが店員さんの持ってきた髪飾りを手に取り俺の髪にあてはじめる。


「フレンは髪が長いから、こういうのがよく似合うね……」 


 どう見ても女物のそれを手にしたジンから笑いかけられ、その侮辱とも取れる発言に俺は高級感のある店にそぐわない声量で 


「趣味悪い……」


って首を横に振ったんだけど、ただ静かな店内に俺の声が響いただけでジンには全く響かなかったみたいだ。


「俺、これ付けたフレンの横を歩きたいな?」


 そのまま先ほどの物より、より一層女の子がつけるみたいな装飾の髪飾りを手にジンが目を細める。わかってるよね?とでも言いたげなその瞳に俺はただ小さく震えながら


「俺、そんなの買うお金ないし……」


と弱気な否定をしたけれど、いつの間に会計が終わったのか俺の髪に絡みついたそれは、店に返される事なく俺の頭を彩る。


 店員さんに深々とお辞儀をされて外に出た後、鏡みたいなショーウィンドウに映る髪飾りは、こういうのに詳しくない俺が見ても高価だとわかる物だった。その重さに俯きながら俺がジンの方を見ると、男の俺に女物の髪飾りをつけさせたのがそんなに愉快なのかニコニコと笑いかけてこられる。

 俺は思わずこれを外して投げつけたくなったけど、そんな事をしてもジンが嬉しそうにする未来しか思い描けない上、弁償を求められるのも怖くて結局何もできずに受け入れることしかできなかった。


 ◇


 ジンといると、俺の醜い弱さを覗かれているような気がしてくる。心の奥に隠しておきたいそれを無理矢理暴かれて目の前に差し出させられるような感覚。そしてそれを力任せにぶつけても全部喜んで受け止められているような……そんな気持ちになってしまう。


 ジンの言ってる事は全部嘘のようで本当で、その匙加減に翻弄されるばかりだ。気がつけば、次に何をさせられるかを考えてる自分がいた。

 こんな調子で、ジンの前では普段の俺、学校やクロードの前での俺は姿を潜めて、ひたすらに隠しておきたい自分にさせられている。この一方的な感覚が気持ち悪くて俺は、これまでやり返せなかった分嫌味の一つも言いたくなって


「さっきから色々買ってくれてるけど、そのお金の出所って結局親御さん?」


と安い挑発を口にした。いやらしい視点ではあるけど、実際気になっているのも本当だ。それに、ずっと大人しく従ってると思われるのはもううんざりだった。言い終わった後、流石に怒るかな?とちょっとだけ怖くなって俺はジンの方を横目で伺ったんだけど


「えー?フレン心配してくれてるの?大丈夫、全部俺の私財だから気にしなくていいよ。俺に興味持ってくれて嬉しいな!」


と、怒るどころかなんでもないかの様にへらへらと返されてしまい俺の思惑は外れた。


 (私財ってどういう事?あんなに高いものを買えるお金をすでに自分で稼いでるジンって何者なの?)


甘やかされてなんでも許されると思ってるお金持ちのボンボンならまだ理解ができそうだったのに、この質問はジンを怒らせるどころか却って彼の底知れなさを深めるだけで、俺は背筋が冷えるのを感じた。もしかして本当にとんでもない相手に目をつけられたのかもしれない。


 そう思ってもとっくの昔に逃げ道は塞がれているので離れることはできないけれど。

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