28話: 文化祭、騎士と邪竜の共同演目 ⑩
カイに送り届けられた後、俺が保健室で処置を受けていると、バタバタという足音と共にガネマルが駆け込んできた。
「フレン君が怪我をしたって連絡が来て……大丈夫か??」
どうやら作業に戻ったカイが用具を運ぶついでにガネマルに連絡をしてくれたみたいだった。
「まだ痛いけど、とりあえず大丈夫!ガネマルもお疲れ様……あの後大丈夫だった?」
俺は早々に逃げ出したけれど、あの騒ぎだ。ガネマルもだいぶ苦労したことは想像に難くない。
「まさかあれだけ演者に人が押し寄せるとは……すまない!僕の想定が甘かった!!一応今はなんとか捌いて他のキャストは着替えてもらっている!」
それを聞いて安心する。俺に向けたナンパとは毛色が違っても、あそこまで人に囲まれる居心地の悪さは誰だろうと変わらないだろうから。特に人混みが苦手なルカは大丈夫だったかな?そんなことを考えていたら保健室の扉が勢いよく開いて見慣れたツートン前髪が飛び込んでくる。
「……フレン、怪我って……」
ルカにも俺の捻挫の話が届いていたみたいだ。
「逃げ回ってたらちょっとね」
ルカは俺が怪我することに敏感だ。俺はあんまり心配かけたくないから軽く説明するに留めた。ルカはまだ、捻挫した足と俺の顔を交互に見て何か言いたげにしてたけど、下手に詳細を話すとまたトラブルが起きるかもしれないから俺は曖昧に笑って誤魔化す。
「フレン、遅くなってすまない……少し足、見ていいか?」
保健室の扉からクロードも入ってくる。問いかけの様子から彼もガネマルから話を聞いてるみたいだった。俺が言われるままに足を差し出すと、クロードは痛ましそうに眉を顰めながら俺に鎮痛魔法をかけてくれる。
「下手に治癒をかけると筋が痛むから、痛みだけ取り除いておくな。」
「ありがとう、クロード。これなら歩いて帰れるかも!」
すっかり痛みのなくなった足を眺めながら俺はクロードに笑いかけたけど
「痛みがないだけで傷は残ってる、帰りは俺が送るよ」
と、言葉は優しいけど有無を言わさぬ雰囲気で返されてしまった。声の調子からクロードがかなり心配してくれているのが伝わってくる。
「肝心な時にそばにいれなくてすまない、俺が早く抜け出せていたら……」
目を伏せてそう呟く、責任感の強いクロードがこれ以上自分を責めないように俺は
「大丈夫!カイが助けてくれたし、結果オーライだよ」
と笑ってみせた。だけど、その時のクロードの顔が……一瞬だけ、ひどく傷ついたように見えて、それが気になった俺は
「クロード……?」
「そうだな、フレンが無事でよかった」
と問いかけたけど、そう返すクロードの顔はいつもの優しい幼馴染の顔で、俺はさっき見た表情は気のせいだったと思うことにした。
ガネマルがお見舞いと共に持ってきてくれていた制服に着替えた俺は、ガネマルの意向でそのまま帰寮することになった。
片付けはカイを含めた裏方の方でやっておくからキャストは帰って休んでくれと気を回してくれたガネマルにお礼を言いつつ、俺はクロードにおんぶしてもらいながら帰路についた。
◇
「重くない?大丈夫?」
「気にしなくていい。……それより足はどうだ?痛みが強くなったりしてないか?」
「クロードの魔法のおかげで全然痛くない。疲れてるのにごめんね」
寮への帰り道、クロードの広い背中に体重を預けて俺は答える。ただ、痛みは大丈夫だけどさっきまでは人に囲まれていた事で忘れていられた疲れが、2人きりの今どっと押し寄せていてあまり元気な声は出せない。背負われてるだけの俺がこれならきっとクロードはもっと疲れてるだろう。
こんな時、体だけじゃなく心も弱ってしまうのは俺が弱いからなのかな。魔法演舞の主役として、今日1番大変だった筈なのに文句一つ言わず俺を背負ってくれるクロードに対して俺は言葉にできない罪悪感を抱く。
この引け目のせいか、それとも今日1日で起きた色んな事が精神にきていたからなのか、俺は続くクロードの言葉をうまく受け止める事ができなかった。
「俺の方こそ……お前がそんな怪我をしなくて済むようにもっとうまく立ち回るべきだった」
その言葉が耳に入った瞬間、俺の心にピシリと亀裂が走った。
「…………なに、それ」
「……フレン?」
クロードの言葉が彼の正義感と優しさから出てきたものだと言うことは、俺自身が誰よりも理解している。ずっとずっとクロードはそうだったから。強くて優しいから、そうあるべきという行動を取り続け、責任を勝手に負う。強くて優しい理想の騎士。
もし俺にクロードみたいな体や強さがあったら、今日みたいなことはきっと起きなかった。もし起きてもこんな惨めな結果にはきっとならなかっただろう。でもそれってつまり今日の、寄ってくる人から逃げることしかできずその上怪我をして人に迷惑をかけてしまったと言う結果が全部俺の弱さのせいだってことを示してない?
クロードは優しいし、俺を見下してそう言ったわけではないのは分かってる。だけど今の言葉は、クロードの中の俺は弱くて守らないといけない存在でしかないと言われてるみたいで、自分の弱さに押しつぶされそうな今の俺にはどうしても受け入れる事ができないものだった。
「クロードから見たら俺は弱いし何にもできないだろうけど、俺だって……本当は……っ」
「フレン……?お前……泣いて……」
言いたい事がたくさんあるのに涙が溢れて言葉にならない。クロードは大切な幼馴染で、大好きな親友。それは変わらないけれど、なんでもできる彼のその強さが時々眩しすぎて辛い。
彼から見たらきっと俺は弱いだけの存在で、それが俺にとっては苦しい。本当の俺は弱いだけじゃないって言いたいのに、いつだって強くて優しい彼は俺を守ってくれるから、俺はそれを自信を持って言えない。今だって酷いことを言ってる自覚があるのに、クロードは俺を優しく背負って運んでくれている。その優しさが却って胸を締め付けて俺は心の逃げ場を失ってしまった。
「フレン、すまない……俺の言い方がお前を傷つけて……」
ほらまた、今の流れは俺が完全に悪いのにそれすらクロードは自分の責任にすり替える。
「俺の弱さの責任を……勝手に取らないで……俺はクロードに守って欲しいわけじゃない……っ」
「…………っ」
クロードが息を呑むのが聞こえた。あーあ、俺最悪だ。自暴自棄になった上クロードの善意を踏み躙って、嫌な言葉ばっかり吐く、弱くて惨めな最低な奴。そろそろ背中から下ろされて置いてかれても仕方ないかもしれない。そう思っていたけれど、寮に着くまで俺は背中から落とされる事はなく、俺の部屋の前まできっちり送ってくれたクロードは
「足、なるべく冷やさないようにな。おやすみ」
と俺のことを気遣いながら帰っていった。俺はそれにおやすみとだけ返してベッドの上に引き篭もる。
何もかもが最悪でぐちゃぐちゃの気持ちだった。大声で泣き叫んでしまいたいのに、さっきたくさん泣いたからか涙は一滴も出ず心は苦しいまま。こんな時いつもだったらクロードに話を聞いてもらうのに今日はそれが、1番できない。
何もしたくなくてただぼんやりと天井を見上げていたら携帯の通知音が鳴った。
気を紛らわせたくて開いたメッセージの送り主は……今日登録したばかりの番号、ジンだった。




