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27話: 文化祭、騎士と邪竜の共同演目 ⑨

 魔法演舞は完全に大成功だった。

 大歓声の中総責任者のガネマルが壇上で礼をしてキャストが退場門から出た瞬間、俺達は大勢の人達に囲まれた。


「クロード先輩!!本当にかっこよかったです!!サインください!!」

「魔術師君!ファンになりました!握手して!!」


 特に主役2人はあっという間に取り囲まれて、近くにいたはずなのに人垣で一瞬で見えなくなる。かくいう俺も


「姫役最高でした……名前教えて欲しい……」

「近くで見るとマジで可愛い……」

「あ!こっち向いた……綺麗……」


主に男で構成された人垣に周囲を固められる。


「ね、君名前は?」

「さっきの演技最高だったよ……本当に可愛いね」


 ナンパ自体はいつものことなんだけど、それに加えて今日は格好も悪かった。姫役の衣装を着てるから、俺の姿が完全に女の子に見えている関係でいつもよりナンパのタチが悪い。平気で腕とか握ってくるし腰に手を回そうとする奴もいる。


「あ……衣装破けちゃうから……手、どけて?」


 本当はこんな奴ら蹴り倒してその場を後にしたいけれど、俺の体格じゃそんな事はできない。現実は自分の可愛さを活かして相手が自主的に手を退けるように誘導するので精一杯だ。


「ごめんね、君があんまり可愛いから……つい」


 なんて謝りつつも全然悪いと思ってない言葉が気持ち悪い。そうこうしているうちに囲いの数は増えていき、俺はますます身動きがとれなくなっていった。

 このままだと埒が開かないと思った俺は苦肉の策で胸元のブローチに手をかけ


「あんまりいっぱいの人とは話せないから、これ取ってきてくれた人とお話ししてあげる」


そう言って大きく腕を振りかぶり、なるべく人のいない方向を狙って放り投げた。

 効果は覿面で、面白いほど単純に彼らはそれに引っかかった。俺の投げたブローチに一瞬で人が群がり、取り合いが起きる。その隙に、俺は衣装係の子に心の底から謝りながらその場から逃げ出した。


 本当はそのまま更衣室に向かうつもりだったんだけど、行く先々で似たような目に遭い、逃げまくっているうちに気づけば俺は空き教室の中に飛び込んでいた。校内のメインルートから外れた資材置き場用のそこは、ペンキや木材の匂いが濃く、文化祭の裏側といった雰囲気がある。


「いたた……あ、腫れてる」


 慣れないヒールで逃げてるうちに捻ってしまったらしい。靴を脱ぐと右足が赤くなっていた。


「俺が、何かしたわけじゃないのになぁ」


 じんじんと痛む足をさすりながら俺は一人、膝を抱える。

 夢魔だってバレてない今でも可愛いからという理由で群がられ、追いかけ回される。俺自身がわざとそうやってるわけじゃないのにこうだ。まして夢魔だってバレたら、彼らはきっと今より遠慮がなくなる。そういう種族だからと、間違ったイメージで俺を勝手に扱おうとするだろう。


「なんかもう、疲れたなぁ」


 せっかくの文化祭なのに、視界が涙で滲む。

 このまま消えてしまいたい、誰も俺を見ないで……叶いっこないそんな願望まで込み上げてきて、声をあげて泣きそうになったその時――ガラガラと教室の扉が開く音が聞こえた。


「……っ」


 もしかして、俺を追いかけてきた奴ら?どうしよう足も痛いしこれ以上逃げられない。

 俺が青ざめながら恐る恐る目を向けた扉の先に立っていたのは


「おい、お前なんでこんなとこいんだよ?てか足どうした……ってえ?まさかおま……泣いて……」


 窓から差し込む夕日でキラキラ輝く金髪をかきあげてこちらを見るカイだった。


「……カイ、なんでここ……」


 泣いてるのを見られたくなくて俺が顔を伏せながら問いかけると


「ガネマルのやつに見つかって、用具持ってこいって言われてよ、せっかくサボってたのにあいつめざといよな」


なんて軽口を叩きながら、カイは羽織ってた上着を脱いで俺の頭に被せてくれた。


「その……足……痛えの?」


 俺が泣いてるのに気付いたのか、不器用に聞いてくるその素直じゃない優しさにカイらしさを感じる。


「ナンパから逃げてたら、捻っちゃった……」


 結構ひどくやってしまった。壁につかまってゆっくりなら歩けるかもしれないけど、そんな事してたらきっとまた人に囲まれて今度こそ逃げられない。


「カイこそ用具は?どれ?探すくらいなら手伝うけど」


 教室にはさまざまな道具が転がっている。俺はそれを見回しながら声をかけた、けれど


「って、え?カイ……?」


カイはそれらに目もくれず、俺を姫抱きで持ち上げた。


「何?どういう事?用具は……?」


 突然のことでカイの意図がわからない俺は目を白黒させながら問いかけた。だって俺持ってたら用具探しにくくない?


「馬鹿、んなことより保健室だろ」

「え……もしかして、連れて行ってくれるの?」


 カイの返答に俺は余計に驚く。さっきも感じたけど、今日のカイはちょっと優しすぎる気がする。


「だってお前……泣いてるし……そんなの見たらほっとけねぇっていうか……」


 俺の言葉に真っ赤になりながら溢される、ごにょごにょしたカイの言葉はよく聞こえなかったけど、どうやら本当に連れて行ってくれるらしい。照れ隠しのつもりか彼は俺の頭にかけた上着をぼんぼん叩いてくる。


「ちょ……痛、もーやめてよね!てかちょっと汗臭いし」


 カイの優しさがなんだかむず痒くて俺はちょっとだけ軽口を叩いて返す。


「は?嘘まじで……?なあ、冗談だよな?おい聞いてんのかよ」


 俺の発言に焦ったように返すカイの姿を見てたら、さっきまでのモヤモヤが少し薄くなってきた。


「男臭い感じってだけだからそんなに気にしなくていいよ」

「それどんな匂いだよ……なあ、本当にお前……ふざけんなよな……」


 言葉は荒っぽいけど俺を包むカイの腕は優しい。

 同じ男の人の腕でもさっきみたいに勝手に触られるのとは全然違った。


「カイ……ありがと」


 俺は頭に被った上着をずらしてカイを見上げ、その逞しい胸元に頭を擦り付ける。


「……っ!!は?可愛……んんっ別に、今日は俺の弟が迷惑かけたし、その詫びっていうか、お前が素直なのなんか調子狂うわ」


 前半部分はよく聞こえなかったけど、カイのこの、変わらない態度が俺にはすごく心地いい。

 保健室までの少し長い道のり、不器用な安心に包まれて俺は心の中でもう一度カイに感謝の言葉をつぶやいた。


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