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25話: 文化祭、騎士と邪竜の共同演目⑦

「はー、死ぬかと思った……」


 ルカの提案で入ったホラーダンジョンで、今夜1人で寝れるか心配なほどビビり散らした俺は、文化祭のメインルートから外れた人気のない渡り廊下で1人休んでいた。出店で買ったジュースに口をつけ、冷たい感覚が喉を潤すと少しずつ心が落ち着いてくる。

 ジュースが空になり、少し元気が戻ってきたからそろそろ2人に合流しようかなと思ったその時


「久しぶりだね、フレン」


 軽いのに甘ったるい、脳をくすぐる様な声が聞こえて俺は思わず足を止めてしまった。そのまま一目散に走ってその場を後にすべきだったのに俺はまた判断を間違えてしまったみたいだ。


「な……んでここにいるの?……ジン」

「名前覚えててくれたんだ?嬉しいなぁ」


 俺の言葉に真紅の瞳が三日月の様に弧を描く。しまった、知らないふりして通り過ぎれば良かった。そんな俺の後悔をよそに、ジンは俺の手を取りヘラヘラと笑って言葉を続ける。


「俺も他校交流だよ?フレンと一緒」


 ジンも学生だから他校交流会に参加するのは不自然ではない。だけど


「俺、あんたに学校教えてない……っ」

「そうだっけ?でも……」

「あ……」


 ジンの目線とその格好で俺は気がつく。他校交流会は学校行事なので制服の着用が義務付けられているから、少し調べたら学校を特定する事だって可能だという事に。つまり他校交流を円滑に行うためのルールが仇となってこの男が今、目の前にいるわけだ。


「俺もっとゆっくりフレンとお話ししたかったから、今日は会えて嬉しいよ」


 気がつけばジンは俺の真横にいて、俺の腰にそっと手をそわせていた。


「っ……」


 俺は慌ててそれを払いのけて距離を取るけど、スカートの裾が邪魔してうまく身をかわせない。


「その衣装、建国の姫かな?フレンにぴったり。可憐で可愛くて……"立っているだけ"で華がある」


 ルナソールの学園演劇の監督だけあって、ジンは俺の衣装が何のモチーフなのかも見抜いていた。でも、それだけじゃない。ジンの言葉には俺の心に引っかかる棘が仕込まれていた。魔法演舞の演出までは知らないはずのジンが俺の役を、立っているだけだと指摘してきたその真意、それは


「俺の中身は関係ないって言いたいの?」


 建国の姫は、伝説にも残ってる偉人の一人だ。建国の騎士と魔術師、それに王に並んでうちの国では知らない人がいない存在。

 だけど……他の偉人は性格や能力の記録が残っているのに姫だけはその容姿が優れていたことしか記録に残っていない。どんな性格でどんな言葉を話して、どんな人だったのかが全く知られずにただ、その美しさで人を癒しだとだけ伝説に残っている。つまり、姫の中身は誰にも重要視されてない、その伝説の残酷さをジンは俺に重ねて指摘したわけで――


「本当に嫌な奴……あんたなんて大っ嫌い」


 頭に血が昇った俺は普段絶対言わない強い言葉を口にしてしまう。


「怒った顔も可愛いね。」

「うるさい!」


それをものともせず、楽しげに笑う顔に余計に苛立つ。なんとかしてもっとしっかり言い返したいのにジンに何を言ったら響くのかわからなくて子供みたいな言葉しか出てこない。


「ごめんごめん……機嫌直して?あ!俺の秘密一つ教えてあげるからさ?ね?」


 まるで心のこもってない謝罪と共に、ジンが俺の耳元に口を寄せて囁く。


「実は俺、吸血鬼なんだよね」


 ◇


 この国にはいろんな種族がいる。それこそ何百といった種類があって、聞いても知らない種族とかもざらだ。


 だけど吸血鬼は違う。月の女神に愛された、夜の眷属の筆頭、高貴にして残酷な夜の支配者、超常の存在。真祖の血族はその殆どが貴族で、伝説も多く人気がある一方で吸血という独特の文化から恐れられてもいる、そんな二面性を持つ種族。吸血鬼だと名乗ることはその二面性の両方を一身に受けるということで、一度発言すれば生涯まとわりつくその重責と煩わしさは想像に難くない。


 実際多くの吸血鬼はその面倒を避ける為、近い種族のヴァンピールと偽って過ごすのが普通だから、俺は吸血鬼を名乗る相手を目にするのは初めてだった。


「うそ……また俺の気を引きたくて変なこと言って……」

「俺フレンに嘘ついたことないんだけど、傷つくなぁ……」


 俺の言葉に大袈裟に肩をすくめてジンが泣き真似をする。その芝居がかった動きは無視して俺は続ける


「嘘じゃないなら……なんで俺にそれを……」


 吸血鬼ということが広まったら今まで通りの生活は送れない。常に畏怖と称賛の目に晒され、それ相応の振る舞いを求められることになる。そんな危険な情報を出会ったばかりの俺に開示する理由がわからなかった。


「だって、俺……フレンともっと仲良くなりたいから。秘密の共有ってその第一歩じゃない?」

「俺は全く仲良くなりたくないからこの情報はいらない」


 気づけばまた握られていた手を振り解いて俺はジンの言葉を拒絶する。だけど


「俺たち似たもの同士だから仲良くなれると思うんだけどなぁ?」


ジンの真紅の瞳が俺を真っ直ぐ見下ろす。


「俺とあんたに似てるところなんて……」

「あるよね?だってフレンも……」


 そのまま、ジンが俺の腰に手を添え身を寄せる。近づく体温が居心地悪くて俺は身を捩って避けようとしたけれど、続くジンの言葉で凍りついた。


「隠さなきゃいけない種族……例えば……夢魔、なんじゃない?」


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