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22話: 文化祭、騎士と邪竜の共同演目 ④

「相変わらずあいつらやべーな」


 上背のある金髪男、カイが教室の窓越しに校庭を眺めながら呟く。普段は文化祭準備をサボってるカイだけど、今日はガネマルに捕まって俺と一緒に裏方仕事をしているところだ。


「これでも初日よりはマシになったんだよ?ルカの魔法調整も上手くなったし」


 俺はこれまでの苦労を滔々とカイに語りつつ、舞台装置のペンキを塗る。このペンキもガネマルが選んだ特製のもので、魔力に応じて色が変わる特性があるらしい。つんとした独特の匂いが文化祭らしさを感じさせて開催日が刻々と近づいているのを感じる。


「あれでか……?」


 空を覆うような魔力弾が展開される校庭を指差し、ドン引きした表情で聞いてくるカイに俺は胸を張って答える。


「でも着弾範囲は狭いでしょ?ルカ、ちゃんと客席への配慮ができるようになったんだよ!それに……」


 ルカの手によって打ち出された無数の魔力弾が攻撃範囲内に収まるように収束し地面に近づく。それらが校庭を抉る寸前でクロードは手に持った剣を踊るように振り抜いて切り伏せる。


「最近はクロードの演舞練習もできるようになって、結構順調に準備が進んでるんだよね」


 ガネマルの案を聞いた時は本当に実現できるのか不安しかなかったけれど、いざ蓋を開けてみたらだんだんと形になっているんだから凄いよね。


「だからこっちの作業で遅れが出たら元も子もないし、ほら、カイも手動かして!」

「へーへー」


 俺達に今日割り振られた仕事である舞台芸術のペンキ作業。結構広い範囲を塗らないといけないこれは中々の重労働だ。


「わっ!?」


 今塗ってる範囲が終わったので次の塗り場に移動しようとした瞬間、手に持った大量のペンキ入りバケツのせいで足元に転がる廃材に気がつけず、俺の足は宙を舞った。


「……っ」


 床に叩きつけられる衝撃と、ペンキまみれになる覚悟を決め俺はぎゅっと目を瞑ったけどいつまで経ってもどこも痛くない。それどころかなんだかあったかくて柔らかいような気がする。


「ったく、危ねぇな……お前、人に命令しといて仕事増やすんじゃねえよ」


 恐る恐る目を開けると俺はカイの腕の中にいた。

 すっ転ぶ寸前にカイが後ろから俺を支えてくれたらしい。バケツも受け止めてくれたおかげで悲惨なことにならずに済んだ。


「あ……ありがと、助かった」


 カイの悪態は気になったけど、それより肌に伝わる体温の温かさに安心して俺は素直にお礼を言う。


「……っ、後でなんか奢れよ!」


 パッと手を離して照れ隠しするカイに俺は、はいはいと返事をしてペンキ作業を再開した。


「……相変わらず細っこいし、男のくせにいい匂いするし、なんなんだよこいつ……」


 ペンキの匂いと魔力の風が混ざる中、カイが後ろ向きにこぼした声は、誰の耳にも届かず、文化祭準備の喧騒にあっさりと飲み込まれていった。


 ◇


 文化祭までの日程は瞬く間に過ぎていき、気がつけば校内開催日が間近に迫っていた。うちの学園の文化祭は校内開催日と他校交流日(兼解放開催日)の2日制で、校内開催日は主にリハーサルの目的で使用される。そのリハーサル数日前の今日


「フレン君!そろそろ衣装試着して!」


衣装係の女の子達にそう言われて、俺はギリギリまで逃げ回っていた衣装試着をすることになった。


「やっぱり可愛い……この生地にして正解だったわ」

「髪色と刺繍の色合わせて良かったね」

「完璧に姫じゃん……最高」


 すごく丁寧に縫われたそれは彼女たちの努力の結晶とも言える出来で素晴らしいものなんだけど


「ねぇ、そろそろ脱いでいい?」


やっぱりスカートは恥ずかしくて俺はサイズが問題ない事を告げて足早にその場から逃げようとした。……けど、


「だめ!今日は他の人とのバランスも見たいからもうちょっと待ってて」


と彼女達に押し切られて、衣装合わせの時間まで空き教室に閉じこもる事を条件にこの格好でいることになった。


「足元がすーすーする……」


 椅子に座ってパタパタと足を動かすとスカートの裾に縫い付けられたフリルが揺れるのが見える。普段の服と布面積は同じくらいなのにこんなに心許ないのはなんでだろう。やっぱり女の子の服だから?なんて事を考えてたら教室の扉が開き、俺と同じく当日の衣装を着たクロードとルカが入ってきた。衣装合わせの為に仕方ない事だとわかっているけど、この格好を見られるのは恥ずかしくて俺はそっと俯いて口を噤む。


「……フレン、綺麗、凄く、綺麗」


 最初に口を開いたのはルカだった。

 深緑の瞳を大きく開いてまっすぐ俺を見つめてくる。ルカは嘘をつかないからきっと本心から誉めてくれているんだろう。


「似合ってるよ……フレン」


 クロードは俺が女装は苦手だって知ってるから控えめに褒めてくれた。気を遣ってくれてありがとね……俺も似合ってるとは思う。恥ずかしいだけで。

 ルカもクロードも役柄にあった衣装を身につけている。ルカは黒を基調としたローブに施された宝石のような刺繍が彼の危なげな魅力を引き立てていて綺麗だったし、クロードの純白の騎士の制服は、引き締まった体格を嫌味なく魅せていてかっこよかった。


「2人とも、凄く似合ってる。本番楽しみだね」


 自分の恥ずかしさを差し引いたらこの衣装の出来は誇張抜きにルナソールにも引けを取らないんじゃないかと思う。

 衣装係の子達が歓声を上げながら俺たちの衣装調整をするのを見て俺は静かに目を閉じる。ガネマルの熱意が身を結ぶように。クロードの演舞が評価されるように。ルカが学校でもっと受けいれられるように。そして目の前で俺たちのために衣装を調整してくれている彼女達の努力も含めて報われるように、俺は文化祭の成功を心の中で小さく祈った。


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