2話:ペア決め騒動勃発、選ばれたのは邪竜後輩でした
「くっそめんどくせぇ……なんで俺が一年坊の面倒なんて……」
不機嫌を隠そうともせずに、カイが本日何度目かわからないため息をつく。
「そんなこと言わないの!カイだって去年はお世話になったでしょ?」
それを嗜めながら、俺は一年生が集まっている体育館を覗き込む。入学式から一週間が経過した今日は2年生と1年生のペアを決める大事な日だ。
ペア制度っていうのは新入生が学校に慣れるようにお世話係が色々教えたり、一緒に授業を受けたりする制度の事。お世話係は一学年上の先輩が務める。つまり今年は俺達だ。
「カイは可愛い子のペアがいいんでしょ?いい子がいるといいね」
「っ……いや、今はそういう感じじゃねえっていうか……お前しか興味な……」
ペアの事についてカイと話してたら急に途中から返事がか細くなって聞き取れなくなった。カイと話してるとたまにこうなるんだけどカイは普段無駄にうるさいんだからもっとお腹から声出せばいいのにと俺は思ってる。
「何?よく聞こえないんだけど」
「な、なんでもねぇよ!お前こそ今年は幼馴染様に助けてもらえねぇんだから優秀な奴にペア組んでもらえよな!」
「カイってほんと失礼だよね……」
ちなみに俺の去年のペアはクロード。
カイに言われるのは癪だけど、本当にめちゃくちゃお世話になった。ペア授業の攻防訓練では俺は常に守られてたし、課題も殆ど手伝ってもらったのは記憶に新しい。今年は俺が一年生の子を守ったり、色々教えてあげないといけないけどあんなに上手くできるかは不安。
◇
さて、突然だけど、公然の事実として俺は可愛い。
魔力や身体能力は人並みだけど半妖精なのもあって、顔の可愛さだけは誇張抜きに学園一くらいあると言って過言ではない。
そしてそれを謙遜する気もない。だって事実だし、あんまり否定するとこれまで可愛いって言ってくれた人に失礼だし、可愛いと得する事も多いしね。
だからこういう不特定多数が初対面で何かを決める時に俺がかなり注目を集めてしまうのは想定の範囲内なんだけど……
「フレン先輩!僕とペアに」
「おい俺が先だ!俺と……」
「私が」
「僕こそが」
流石にこんな勢いで来られるとは思ってなかったよね。
ペア決めが開始して、体育館に足を踏み入れた瞬間、俺は一年生達に包囲されていた。この一環で勝手に腕を掴んでこられたりするのはまあわかるけど、一年生同士で小競り合いまで始まるのは少し怖い。
「これは想定外かも……っと」
俺は若干怯えながらも、寄ってくる一年生たちを捌いて周囲をくまなく見渡す。俺が探しているのはただ1人、あの日中庭で出会ったあの子だ。
「やっぱここにはいないかぁ……ツートン前髪君」
これは想定の範囲内だけどそれならこうしてはいられない。俺はまだぶつくさ文句を言ってるカイを引き寄せて耳打ちする。
「カイ!俺ちょっと探してくるから、適当に言っといて」
「お前っ……急に近いんだよ!……探すって誰をだよ?てかどこに……」
心なしか赤い耳で振り返るカイにそんな怒んなくてもと思いつつ、俺は記憶を頼りに答える。
「んー……たぶん中庭。前もあそこにいたから」
◇
俺が体育館を抜け出してやって来た中庭はいつも通り穏やかだった。この間と違って魔力圧も感じない。
「いてくれるといいけど……あ!」
早速、木々の隙間から見覚えのあるツートン前髪が見える。こういう時、背が高いと目立つから見つけやすくていいよね。ていうか前は落ち着いて見れなかったけど、もしかして彼、クロードより大きいかも?
なんて思いながら俺は相手を驚かせないよう、ゆっくりとした歩きで近づいて声をかける。
「ねえ君、今日はペア決めだよ?あぶれたらさみしいでしょ、体育館行こ?」
「……」
わぁ、スルーってレベルじゃない、視線すらよこさない完全な無視。まあこれは想定内だけどね。
「ペアはいいもんだよ!去年俺はクロードがペアで課題とか全部教えてもらったし、ペアでする授業とかあるからペアいないと不利だよ?」
新入生はこの学校の課題の恐ろしさを知らないから、俺はちゃんとメリットも伝えつつ彼に笑顔を向ける。
「……必要ない」
つれない返事だけど、彼の口から初めて声が聞けたのはよかったと俺は思う。
「初めて返事してくれたね、俺のこと覚えてる?」
俺がこのまま会話の糸口を掴もうと更に一歩近づいた瞬間、足元に向けてバチっという音が響いた。魔力による威嚇だ。
「わっびっくりした……怒ってる?」
俺が、バチバチと音を立てる静電気レベル100みたいな威嚇を避けながら尚も近づくとツートン前髪君は俺を見下ろして
「……俺より弱い奴なんて役に立たない」
と言い放った。
俺はこの子より多分、いや絶対弱いからこれはとりつく島もないかも?せめて俺がクロードだったらなぁ……とは思ったけど俺は俺だしね。そうして俺が次はなんて声をかけようかなって密かに頭を回転させていると彼が再び口を開く。
「……それに」
「え?」
まだ会話が続いてた事にちょっと驚きながら俺は耳を澄ませた。
「……俺と組みたい奴なんていない」
決して大きくはない声だったけどよく響いた彼のその言葉を噛み締めながら俺は次の言葉を選んで口にした。
「そういえば君名前なんていうの?」
「……」
まただんまりだ。一歩前進したと思ったらこれだからなかなか難しい。
「ねえ、君。この俺に話しかけられてスルーとか相当贅沢じゃない?」
俺はわざと少し突っ込みたくなるような言い方で彼の方を見る、カイならもう突っ込んできてる頃合いだ。
「………」
だめか……、彼はそんな単純な頭の構造はしてないみたい。まあ見た目からして賢そうな顔してるしね。
なら、仕方ない、ちょっと賭けだけど――
「竜族の異端児、邪竜の……ルカ――そんな噂話聞いたよ?」
俺は用意していた言葉を口にした。
邪竜という言葉が聞こえるや否や目の前の少年の肩がビクッと揺れる。こちらを向いた彼の表情は明らかに強張っていた。
「……だから、なに」
「やっと返事してくれたね。ルカっていうんだ?ありがと~」
「……っ」
俺の言葉に、不機嫌そうに鼻を鳴らしてこちらを睨みつけるツートン前髪君改めルカ。
この間みたいな暴走ではないけど明らかに機嫌の悪そうな彼の魔力圧が全身にのしかって俺は少しよろけたけど、なんとか持ち堪える。
「……名前、教えるつもりなかった」
「まあそれは先輩の知恵って事で!ね?よしじゃあ書いとこっか」
ここでようやく本題、俺はポケットから四つ折りにした書類を取り出して開く。
「……書くって何を……」
「さては授業ちゃんと聞いてなかったなー?これはペアの届出用紙。2年生側が名前を書けば成立!はい、見て~」
机で書いてないからがたついてるけど、俺は、十分読める字で俺とルカの名前が載ったそれを彼の目の前に掲げる。
「な……」
それを見て、信じられないといった表情で彼の深緑の瞳が大きく見開かれた。
「俺今年も大人気で、めちゃくちゃペア勧誘されたんだよ?けど、俺はルカと組むって決めてたからさ。どう?嬉しいでしょ?」
「……なんで俺を」
警戒した猫のような距離感でルカが問いかける。
まあ、確かにいきなりだとびっくりもするか……こんな可愛い先輩からペアにしてもらうなんて経験、人生でそうないもんね。
「んー……気になったからかな?まあでも強制じゃないから!嫌なら今、はっきりいやだって言って?」
俺は、背丈の分距離のあるルカの目ををまっすぐ見上げてそう問いかける。
(ていうかルカの顔、今ようやくしっかり見たんだけど、かなり整った綺麗な顔立ちしてない?……クールビューティーってやつ?)
男前というより、美形という言葉が合う。
かなり高い身長に対して、一年生らしい少し幼さが残る綺麗な顔立ち。白と黒のツートンの前髪は個性的だし、猫のような瞳孔が特徴の深緑の瞳は見てるだけで引き込まれる。なんかモデルとかなれそうだし、顔のいい人が多いこの学校でも上位を狙える素材だ。
(まあ俺は可愛い系だから競合はしないけどね。)
ルカが考える時間も大事かなって、そんなことを考えながら俺はのんびりと返事を待っていたけど彼は何も言わなかった。
「はい、拒否なし!じゃあ提出してくるね!今日からよろしく!」
沈黙は肯定を示すってね。授業の残り時間も短くなってたから俺はルカに手を振りつつ体育館へと駆け足で戻った。
◇◇
小さくなっていく春薔薇色の後ろ姿を黙って見送る。
なんであの時もう一度必要ないって言えなかったのか、わからない……。
どうせあいつも……俺の……邪竜の事を……利用するか、怖がるかしかしないに決まってるのに。
でも、あの薄灰色の瞳に見上げられた時、そんな言葉が全て霧散して何も考えられなくなって、気がついたら肯定した事になってた。
今からでも追いかければペアを撤回できるかもしれない。
けれど、俺はなぜか足が動かなくて結局そのままにした。
「……どうせ、一人で、俺は」
呟いた言葉は春風にかき消され誰に届くことはなかった。
◇
ペア決めが解決した放課後、俺は授業が珍しく早く終わったというクロードと合流して寮までの帰り道を歩いていた。隣に並ぶ彼の、しっかりとした男性的な体格に似合う騎士らしいきっちりと固められた濃茶色の髪は過酷な課題の後だというのに乱れひとつない。
「ペア決めどうだった?フレンは人気だから大変だっただろ?」
「去年のクロードほどじゃないって……ちょっと難航したけどちゃんと決まったよ」
ちなみに、去年のペア決めの時のクロードは俺よりも人に囲まれてて、なんかアイドルのライブみたいになっていた。そんな懐かしい事を思い出しながら俺は彼に今日の事を報告する。
「それは良かった……っフレンその右腕どうした?」
「右腕…?あ!少し切れてる」
クロードに指摘されて俺が袖を軽く捲るとちょっとした切り傷ができていた。そんなに痛くないから全然気が付かなかったけどうっすら血が滲んでる。
「そのまま腕をこっちに、……これでよし」
クロードが俺の右腕に手のひらをかざし小さく何かを唱えるとまだ血が出ていた俺の腕の傷が跡形もなく消えていた。
「えっ……クロード、ヒーラーコースじゃないのにこんなことできるの?凄……ありがとう」
治癒魔法は高度な技術が必要な専門魔術だ。それを戦闘の専門職の騎士であるクロードが使えるなんて割とかなり異常なことではあるんだけど彼はこういう事をサラッとこなすから当たり前みたいに見えてしまう。
「いつ役に立つかわからないからな。傷跡も残らなくて良かった……本当は俺がもっとそばにいればそんな怪我もさせないんだが……」
今更だけどクロードってたまに若干話がズレる気がする。
そんな流れだったっけ今の話?
彼の、群青色の瞳が右腕を見つめる視線がなんだかむず痒くて俺は思い出した事を口にする。
「あー、あの時の、避け切れなかったか」
ルカの威嚇の静電気レベル100。あの時見えない魔力の欠片が沢山弾けてたから流石に全部は避けきれなかったみたいだ。
「フレン?」
「ペア決めの時にちょっとね……猫に引っかかれた的な」
猫というより竜だけどなんて思いながら俺が軽い口調で答えると
「誰かがお前に攻撃したのか?」
クロードの穏やかな海のような瞳が一瞬荒波のようなさざめきを見せる。
「いや、わざとじゃないと思う。勘だけど」
「だが……」
「それよりさ、お腹すいたね!今日の夜ご飯なんだろ?この間の肉シチューとか美味しかったし今日もあれがいいなぁ。クロードは何がいい?」
俺はそう言って、まだ少し強張った表情をしているクロードの腕に両手を添えて首を傾げる。
「……温かいスープかな、まだ夜は冷えるから」
「それもいいね!あー帰るの楽しみ!」
クロードは優しい。付き合いが長い分俺達はお互いが何を言いたいかはなんとなくわかるから、彼は俺が誤魔化したのも伝わってる上でそれ以上何も聞いてこないでいてくれる。
(心配かけてごめんね。でもきっと大丈夫。昔クロードが俺にやってくれたみたいに、俺も誰かにそれを返したいだけだから)
遠い昔、魔力が暴走し恐怖と絶望のどん底にいた俺を助け出してくれたクロードは俺のヒーローだった。
今度は俺がそうなりたいっていうのは、まだ恥ずかしくてクロードには言えない。だけど、いつかちゃんと話せた時には「頑張ったな」って優しい声で褒めてくれるといいな。
そんな事を胸に秘めながら俺はクロードと並んで寮に帰った。




