19話: 文化祭、騎士と邪竜の共同演目①
だいぶ秋らしくなってきた10月初めの昼下がり、穏やかなはずのその時間、教室の窓から入る涼やかな風を浴びながらぼんやり机に座っていた俺は、突然目の前に現れた学級委員長のガネマルに拝み倒されていた。
「えっちょっなに??俺ガネマルに何かしたっけ?」
ガネマルはうちの組の学級委員長だ。彼の熱血さと真面目さを強調する丸眼鏡がトレードマークで、色々騒ぎがちなうちの組をうまくまとめてくれる縁の下の力持ち。
そんな彼に拝まれる覚えが一切ない俺は、課題の提出忘れでもあったかな?なんて考えてたんだけど
「フレン君!頼む!ルカ君の力を貸してくれ!!」
「……へ?」
なんていう想定外のお願いをされてしまい、思わず変な声が出た。
「どういう事?話がよくわからないんだけど」
「僕は……ルナソールに勝ちたい!!」
「え??」
興奮した様子で語られたガネマルの話を整理すると、彼は今年学級委員長だけでなく文化祭の実行委員も兼任しているらしい。そして先日の他校交流会では、彼もルナソールに見学に来ていて、その文化祭のレベルの高さに触れて感動した為、自分達も負けないくらい凄い出し物をしたいという内容だった。
確かにルナソールの文化祭は凄かったし、資金力が桁違いのルナソールに勝つには並の方法では難しいだろうけど……
「……一年生を頼るって、ガネマルはそれでいいの?」
「確かにそれはそうなんだが、ルナソールに今僕たちが勝ってる事って考えたらこれしかなくて……」
俺の問いに答えるガネマルの目の下の隈から、彼なりに真剣に悩んだ結果だということは俺にも伝わる。
「それにさ、勝つってそんな重要?勝負事でもないし、楽しく過ごせたらそれでよくない?」
文化祭に勝ち負け制度はない。凄くてもせいぜい噂になるくらいだから、俺にはガネマルがそこまでムキになる気持ちがよくわからなかった。
「僕は、やるなら何事も全力でやりたい!学生としていろんなことができるのは今しかないだろ?」
「な、なるほど」
これは俺にはなかった視点だった。確かにガネマルの言う通り学園生活は今だけだし、それを無難に過ごすのは勿体無いのかもしれない。だけど
「でも去年うちの騎士コースがやってた演舞も結構評判だったじゃん?それじゃダメなの?」
去年、クロードが代表で先頭に立って披露した演舞は、資金的に華美な演出はなかったけれど、迫力と格式があって校内外から絶賛されていた。俺的にはあれも凄かったし十分ルナソールと渡り合ってると思うんだけど、違うのかな?俺の質問を受けてガネマルが拳を握る。
「もちろん、それもやる。僕のプランを聞いてくれ!!」
◇
「ルカの魔法とクロードの演舞を舞台形式で掛け合わせる……かぁ」
ガネマルのプランは、成功したらそれこそ誇張抜きに天下を取れるだろう内容だった。……問題は
「ルカとクロードが協力して何かをするイメージが全く湧かないんだけど」
入学式から今までの半年間、2人が関わることは何回かあったけど、お互いの初対面の印象が悪すぎたせいか、その相性は全く良くない。それどころか悪いと言える。クロードは割と譲歩してると思うんだけどルカの方がクロードを完全に拒絶してる。
一応そのことはガネマルには説明したんだけど、一回でいいから話をさせてくれって食い下がられてしまき、断りきれなかった俺は結局、話し合いの場を設定することを引き受けることになった。
ガネマルって真面目すぎて俺の可愛さでも誤魔化されてくれないから、こういう頼み方されると俺は流されるしかないんだよね。
◇
そうして決まった文化祭打ち合わせの会場は、万が一ルカが魔力圧を放っても周りに影響が出ない中庭で行われることになった。
(本当に大丈夫かなこれ……)
クロード、俺、ルカ、ガネマルの並びで中庭にある丸テーブルを囲って座ってるんだけど……まだ打ち合わせが始まってもないのに空気がめちゃくちゃ重い。なんというか、無言の圧みたいなのが中庭に広がっていて早速俺の胃がキリキリと痛む。
一応、クロードとルカが隣り合わないように席順を決めたけど、ルカは俺の方ばっかり見て真正面のクロードと目を合わせようともしないし、こんな調子で打ち合わせがうまくいくのか俺は疑問だった。
「クロード先輩、ルカ君、文化祭の為に力を貸してください!!」
この重い空気をものともせずガネマルは熱く拳を握って演説を始める。この胆力、流石は学級委員長だなとは思うけど……
「俺は構わないが……」
言葉を詰まらせたクロードが俺の隣を横目で見る。
「……なんで俺がそんなことする必要がある?」
その視線の先、絶対零度の冷たさで吐かれたルカの拒絶に俺は頭を抱えた。
(まあ、そうなるよね……)
ルカのこの、人を寄せ付けない態度を久しぶりに見た気がする。俺の前では割と素直というか、もう少し態度が丸いから忘れてたけどルカって他人に対して割と威圧的だよね。
「せっかくの年に一度の文化祭、最高のものを作りたいんです!!」
何故か一年生のルカに対しても敬語になってるガネマルの熱い思いも
「……俺には関係ない」
と一蹴される。
ルカの気持ちもわかるけど、流石にガネマルが気の毒になった俺は
「ルカ、話だけでも聞いてあげたら?ガネマルはルカの魔法を凄いって思ってるわけだし」
とフォローを入れる事にした。
実際この件は俺の胃痛の原因ではあるけれど、うまく行けば学校でのルカの地位向上の役に立つんじゃないかなとは感じていて、その点では俺もガネマルに協力する理由があった。夏星祭の魔獣騒動以降、校内で邪竜の噂を聞くことは減ったけど、いまだにルカのことを怖がる生徒は多い。ルカがもっと皆に受け入れてもらえるようになる為の布石として文化祭は絶好のチャンスとも言える。
「……フレンがそう言うなら」
俺の言葉を受けて、渋々ながらもルカは席を立たないでくれるみたいだ。この機を逃さないように、俺はガネマルに目配せし、話を続けさせる。ここから先、具体的なプランを聞くのは俺もこれが初めてだ。




