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13話: 夏星祭、夏夜の願いと大騒動④

 煌びやかな祭りの装飾だったものが、今は無惨に散らばっている。そのどれもが薙ぎ倒されたり、切り裂かれていて穏やかな日常が崩れたことを示していた。


「……酷いな」


 避難所から北に進んだ噴水近く、クロードは周囲の状況を眺めつつ言葉をこぼす。

 きっと傷ついたのは物だけではなく人もだろう。この場にはいないが、今頃避難所では怪我人も多く運ばれているはずだ。


「一刻も早く、討伐を済ませる」


 今1番己がやるべきことを短く呟き、魔力探知を行う。周囲の状況からしてこの近くに魔獣が潜伏しているのは間違いない。


「っ、そこか」


 気配を消して背後から忍び寄ってきた蛇型の魔獣の頭部を、召喚した剣戟を片手に薙ぎ払う。無駄のない動きで振るわれたそれは、大樹の様に分厚い魔獣の首を正確に切り落とす。彼は魔獣の長大な体が地に落ちて意志のない動きを繰り返しそれが完全に止まるのを見届けて剣の血を払った。


「残り9体……」


 次の魔獣の気配を探りつつ走り出すクロードの脳裏には、春薔薇色の髪を跳ねさせる幼馴染の姿が浮かんでいた。


「フレン……すぐに片付けるからな」


 魔獣が逃げ出したと騒ぎが起きた時、状況の整理をしていたフレンが無意識に自分の服の裾を握っていたことを思い出す。その光景に一瞬目を細めつつ、クロードの脳裏にはもう一つ、焼きついて離れないものがあった。


『フレン、1番安全なのは俺の近く……でしょ?』


 ルカの言葉だ。


 嘘偽りなく事実だけを述べた、ある意味でとても純粋な発言。

自信を誇示するわけではなく、事実でしかないといったルカの表情も思い出し、頭を振ってそれを追い出す。


 フレンを安全な場所に避難させ、戦闘力のある自分が元凶を叩き危険を排除する。自分の判断に後悔も間違いも感じない。自分にできることと、周囲の為になる事を最大限組み込んだ判断だからだ。


 人として正しく、騎士としてこの上ない正解。

 それでよかったはずなのに――


 フレンのためだけに力を振るうことを当然の様に宣言できる、気の合わない後輩の姿が憧憬のようなひりつきを持ってクロードの心の底を刺激する。


 それに触発され、考えるべきではない事が、自然と思い浮かんでしまう。もし、フレンのためだけに剣を振るえたら。危険な場所でフレンと離れず、目の届く範囲でフレンを守れたら、それはどんなに心が満たされる行為だろう。1番大切な相手を直接守り、危険から遠ざけられる。手の届く範囲で守り抜ける。フレンを自分の手元に囲う行為。それが選べたならどんなに……。


 でもそれをクロードは選ばなかった。

 最善を見抜く理性を持っているから。理性は彼の美徳であり、信念であり、根幹だった。


「それに……きっとフレンは」


 フレンだけを守ると言ったルカに彼は、周りの人も守ってほしいと交渉していた。きっとクロードがそう言ってもフレンは変わらずそうしただろう。

 美しい鳥をずっと籠に入れて守れたら、それは素晴らしい事だ。だけど、その鳥が羽ばたける空を守り、鳥の美しい囀りが世界に響き渡る光景もまた変え難いほど美しい。


「俺はフレンを信じてる。フレンが自分のやるべきことを果たすなら、俺もそれに応えたい」


 別れ際、自身の身を案じ、不安そうに見上げてきた薄灰色の瞳を思い出す。お互い心配しあってるのは長い付き合いでよくわかっている。でもそれでも進むのがクロードとフレンだった。

 進むうちに、周囲の魔力反応が濃くなる。先ほどよりも酷い荒れ具合の地面を踏み締めて剣を構え彼は呟く。


「すぐにお前の元に戻るからな、フレン」


 ◇


 避難所の中は最初に比べてだいぶ落ち着きを取り戻していた。

 モグラ魔獣の出現というトラブルはあったものの、その後ルカが地面も覆うシールドを張ってくれたおかげでこれ以上の脅威の心配がないことが大きかった。祭りの最中ということもあり、広場には飲食の出店も固まっていて、食べるものに困らないのも人々を安心させる材料だろう。あとは外の騒動が収まるのを安全な場所で待つだけ、そんなほんの少し気の緩む環境。それは人々の心を緩め、こんな会話を生み出す土壌になる。


「あのすごいシールド張ってくれてるのってあそこの子?」

「ちょっと怖いけどかっこよくない?」

「実は私もそう思ってた……背も高いし強いなんて良すぎない?」


 喉元過ぎればなんとやら、吊り橋効果ともいうべきか、危険な状況下で自分たちを守ってくれる姿というものは時にどんな雄弁な言葉より意味を持つ。


「あの……これ」


 顔を真っ赤にしながらルカに近づき飲み物を渡そうとする女の子を見て俺は、自分の作戦がちょっと上手くいったんじゃないかって胸を撫で下ろした。まあ少し効果過剰かもしれないけど。

 ただ、当のルカはというと、まるで何も聞こえてないかのように棒立ちでそれをスルーするから、あわてて俺がフォローして


「今、この子集中しててちょっと話とかできないみたいだから、俺が受け取ってていい?」


と、間に入る。せっかくの好意を無碍にするのはよくないからね。


「わ、可愛い……じゃない、わかりました……ありがとう」

「ねぇ、隣の子彼女かな?うそーショック」


 彼女達からは何やら勘違いもされてそうだけど、訂正するタイミングもなくてそれは俺もスルーすることにした。受け取ったジュースはかなり甘いやつでこれならルカも好きそうだし蓋を開けて差し出す。


「ルカ、お疲れ様」

「……疲れてない、全然平気」


 嘘でも冗談でもなさそうな顔でそう答えるルカに、この規模のシールドと魔獣の捕縛までしておいて全く疲れないなんてあり得るのかと内心驚く。そんなことを考えつつ、視線を感じふと目線を下げると、そこにはまだ幼い、5歳くらい?の女の子が立っていた。


「お兄ちゃん……ありがと」


 彼女はお祭りの景品でもらったであろう作り物の宝石を握りしめてルカに差し出してくれている。俺と会話していたことで目線が下向きになったルカと女の子の視線がかちあっているのもあり、これは流石にスルーさせたくないなと思った俺はルカに


「受け取ってあげなよ!今日のヒーロー」


と耳打ちした。


「……っ、ヒーロー……」


 俺の言葉を反芻するルカはいつもより少しだけ耳が赤くて、ルカも照れたりするんだなって新鮮な気持ちになる。

 女の子がくれた宝石は偶然にもルカの瞳と同じ色をしていた。それは避難所の明かりに照らされるとキラキラと優しい光を反射して、作り物だとわかっていても美しいものだった。


「ほら、ルカお礼、ありがとうは?」

「……ありがと……?」


 いまいち何に対してお礼を言ってるのかわからない顔で呟くルカを見て、俺はいつの日かこれが自然になったらいいのになと思った。今はまだ狭い世界で自由に飛べない鳥がいつかその大きな翼で世界を羽ばたくような、そんな姿が見れたら、それはなんて素敵なことだろう。なんてね。

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