128話: エリオ君のお家訪問! ⑤sideエリオ
『一緒に寝るとかってどう?』
客室のドアを開けられないという不慮のトラブルに対して、先輩が提案してきた内容。これは先輩にとっては至極普通な発想らしかったけど、僕にとっては世界がひっくり返るような大問題だった。いくらベッドが広くても、寝返りを打ったりしたらくっついてしまうかもしれないし、そもそも先輩と同じベッドで眠れる気がしない。毎晩寝る前に先輩のことを考えているのだって落ち着かないのに、本物の先輩の匂いや体温が触れれる距離にあるなんて、自分でもどうなってしまうのかわからない。だから僕は、先輩が僕の手を握って見つめてくるという逃げられない状況で、必死に知恵を振り絞り打開策を捻り出した。
「運んでくれてありがとう!エリオ君って力持ちなんだね」
そう言って先輩が無邪気に笑って腰掛けているのは、僕が客室から持ってきたベッドだ。非常に力技な解決策だけど、ベッドが足りないなら足せばいいという事でマーセルに頼むのも忘れて自分で担いで運んできた。
「い、いえ、こんなことになって申し訳ないです……、屋敷の仕組みに今まで気がつかなかった僕の落ち度です」
「全然いいよ!むしろエリオ君と一緒の部屋で寝れて嬉しい!たくさんおしゃべりしよ?」
本当に嬉しそうにそう言ってくれる先輩の笑顔が眩しくて、胸が高鳴る。できる事なら僕だってもっともっと先輩と話していたかったし、2人きりでこんなに一緒にいられるのは前に出かけた時以来だ。
「あ、でもその前にお風呂入りたいな。その後話そ!」
そう言って先輩は着替えを持って部屋の浴室に向かい、困ったように振り向いた。
「エリオ君、ごめん。ここのドアも開けてくれる?」
「……あっ、はい!」
先輩はこの屋敷のドアを開けることができない。それは部屋のドアだけでなく、施設のドア全てに対してだった。
「ありがとー!……あのさ、出る時も開けて欲しいから、悪いんだけど近くで待っててもらってもいい?この部屋広くて遠いと聞こえなさそうだしさ」
「…………え?」
そのまま先輩は浴室内で着替えはするねと言って服を持って入ってしまった。人影がすりガラス越しに見える距離。衣擦れの音すら鮮明に届く位置で僕はしばらく言われた言葉の意味を理解することもできずただ、先輩の声を待つことしかできなくなってしまった。
◇
シャワーの水音が乱反射する。その反響音の違いでそこにどんな物体があるのかまで鮮明に把握できてしまう。
なぜなら僕は竜族で、五感がとても鋭いから。僕は自分の種族に対して誇りを感じているし、その能力を磨く事もしてきた。そしてそれを誇った事はあれど、後悔した事はなかった、今この瞬間までは。
(ダメだ、想像したらいけない、でも聞こえてしまう。理解ってしまう)
パシャリと、床の水を踏む音が聞こえ、先輩が髪をかき上げてシャワーを持ち替えたのを感じる。小さな鼻歌と共にその華奢な腕がお湯に包まれていく図が耳から流れ込む音と共に鮮明に頭に浮かんだ。
(ごめんなさい、先輩。僕は……)
本当は今すぐこの場所を立ち去ってしまいたかった。こんなの、実際に見てるのと変わらない。だけど他でもない先輩からの言いつけで僕はここを離れることができない。罪悪感と、感じてはいけない胸の高鳴りがまぜこぜになって、頭が沸騰しそうだ。
「ねぇ、エリオ君、聞こえる?」
「……っ、せ、先輩、な、なんですか?」
シャワーの音の合間に先輩の柔らかい声が聞こえる。もしかしたら、そろそろ出るのかもしれない。なるべく早くこの時間が終わってくれるならなんでもよかった。
「呼んだだけ。……俺さこんな体質だからお風呂の時に人と話したことないんだ。だからなんか楽しくって」
今、見ていないけど、先輩が笑っているのがわかった。
「そこで待ってるのきつくない?ごめんね。無理言って」
「そんな、事はないです。……ゆっくり入ってください」
「ありがと。お湯も頂いちゃうね。出たら浄化するの手伝ってくれると嬉しい」
先輩が、夢魔である事を僕は知っている。先輩が秘密にしたかった事を僕の至らなさで知ってしまったから。
「わかりました。浄化は得意ですから、任せてください」
「助かる!俺もう練習で魔力使い切っちゃったからさ」
だから僕は、先輩が少しでも安心できるよう、手伝える事は全部手伝いたかった。僕がそう返事をすると先輩はほっとしたように笑った。
(そうだ、先輩が楽しく過ごせるなら、僕はなんだってできる)
お湯に浸かった先輩の水音も、今は先輩の声に重なってよく聞こえない。このまま先輩が上がるまで、今まで先輩ができなかった事を一緒にできるなら僕はそれだけでよかった。
「……上がるからドア開けてもらえる?」
しばらくして、中から声をかけられる。僕は至って穏やかな気持ちでドアに手をかけ力を入れた。
「はい、どうぞ……って、え!?な、なんで先輩まだタオル……ふ、服は……」
「あー、あはは、実はパンツ持って入るの忘れちゃって、体は拭いたし部屋で着ちゃおうかなって」
先輩はタオルを体に巻いている。だから目に入るのはいつもより露出が多い肌だけだ。だけど今先輩はなんて言っただろうか?僕の聞き間違いじゃなければ、とても大切なものを身につけていないことになる。
わざとではなく、視線がそこに向き、浴室からの淡い光の陰影がそこの立体感を嫌に強調してくるようだった。
「わっ!?」
それを見ないように目を逸らす直前、先輩が床で滑ってタオルから手を離した。ぱさりと落ちる布の音を認識する前に先程まで想像していた通りの物が視界に広がって――
「床が濡れてて滑っちゃった。ごめんね、変なとこ見せちゃって……って、え!?エリオ君!?どうしたの、えっちょっと倒れ……、ま、マーセルさーん!!」
遠くなっていく意識の中、僕が最後に見たのは、泣きそうな顔で僕を見つめる先輩の綺麗な顔だった。




