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101話: 他校交流、セラフィオルへのご招待 ⑤

 たどり着いた部屋は教室ではなく講堂だった。人気と言っていただけあって広い部屋での展示みたいだ。中を覗くと結構生徒さんがいて、前評判通りの人気らしい。


「失礼します」


 入り口のドアを開くと、中にいた女の子達が一斉にこっちを見る。その注目のされ方に少し面食らいながらも、入り口前で突っ立ってるのも良くないので中に入った。


「あら、他校交流のお客様かしら?私は刻印研究会の会長ブルージュよ。見学に来てくださって嬉しいわぁ」

「はい、えっと招待されて来ました。クロスフォードのフレンです。ここが人気って聞いたので気になって……」


 俺が部屋の中でキョロキョロしていたら、おっとりとした雰囲気の人が話しかけてくれた。ゆっくりとした歩調で揺れる艶やかな長い黒髪がとても印象的だ。あと、この人どことなく俺のお母さんと雰囲気似てる気がする。


「まぁ!それは歓迎しなくっちゃ。フレンさんは刻印に興味があるの?」

「それなりに……というか一般的なことしか知らないのでどんな研究をしてるのかなーって」


 ブルージュさんに案内されるまま俺達は入り口横の案内板の前まで歩く。


「刻印って素敵よね。運命と魂を繋ぐんだもの」


 うっとりした表情でそう語る彼女はまさに乙女といった感じで、ロマンチックな物が好きなのかなという気がした。じゃあここの研究って刻印がテーマの恋愛小説や伝説についてとかかな?


「刻印に一定の魔力量が必要なのはどうしてかしら。刻印には愛が不可欠だけれど、その愛は何が基準?」

「き、基準?強い愛とか?」


 その急な問いかけに俺は当てずっぽうな答えを返す。運命の2人が愛し合った時にできるのが刻印だとは知ってるけど、そんな視点では考えたことがなかった。


「そうよね。じゃあ強いってどれくらい?相手のことをどう思ったら強くなるの?喧嘩しちゃったら刻印できないのかしら?」

「た、確かに、どうなんだろう……?」


 一方的に話してるように見えてブルージュさんの話は俺の中の疑問をうまく引き出して、つい聞き入ってしまう。引き合いに出すのは彼女に失礼だけど少しジンに似てるかも。


「古来から魂と感情、そして魔力は密接な関係があると研究されているから、それを応用したら刻印の条件も数値として出せるんじゃないかしら……という視点から学術的な研究をしてるのがこの研究会なの」

「な、なるほど……」


 前言撤回、ロマンチックでメルヘンな活動じゃない。むしろめちゃくちゃ論理的で現実的な研究だこれ。


「あの、刻印に魔力がたくさん必要な理由ってなんなんですか?」


 俺はさっきの話が気になって早速質問をする。


「ふふ、実はね最近の研究でわかったんだけど、本当は魔力がそんなになくても問題がないの」

「え?」

「刻印は魂をつなげる術式だから成立に魂の容量が必要なの。そして基本的に魂の大きさは魔力量に比例するから魔力があった方ができやすいって言われているんだけどこれは個人差も大きいし、それを補う要素が他にあるからあまり重要ではないというのが最新の学説よ」


 魂の容量って初めて聞いた。それに魂の大きさが魔力量に比例するっていうのも初耳。感情の大きさと魔力量は比例するってのは聞いた事あるけどそれと関係あるのかな?

 ブルージュさんの説明は知らない言葉でもなんとなくわかりやすくて次々に知りたいことが増えていく。


「じゃあ魂の大きさを補う要素ってなんなんですか?」

「それはね、刻印の条件である"お互いに対する愛の大きさ"よ。これこそが刻印がロマンティックな理由よね」


 そう言ってブルージュさんはにっこりと笑う。凄く研究者気質だけど、やっぱりロマンは好きなんだ。


「じゃあ刻印に必要な愛の大きさってどのくらいなんですか?」

「これは個人差が大きいのよね。種族による魂への干渉のしやすさが違うから一概にどれくらいとは言えないわ。ただお互いに対して強い感情を持っていることが今わかっている刻印の重要な条件なのよ」

「あれ……強い感情?愛じゃなくて?」


 俺はブルージュさんの説明に違和感を持つ。刻印って愛の誓いの筈じゃなかったっけ?


「そうなのよ。さっきは便宜上愛って言葉を使ったけれど、歴史を振り返るとそれだけじゃない例もあるの。たとえばある古代の国では王と忠臣の間で義を交わす儀式として使われていた事もあるくらいだわぁ」

「そんな歴史があるんですね……」

「ええ。そしてこれも広義では愛かもしれないけれど少なくとも今の主流である恋愛感情だけではないということね」


 物語や伝説ではもっぱら運命の愛を証明するシーンで出て来る刻印だけど、実際は全部がそういうわけではないらしい。


「試す人がいないからわからないけれど、もしかしたら強い憎悪を持つ人同士でも刻印できてしまうかもしれないわぁ」

「さらっと怖いこと言いますね」

「うふふ、研究してるとこういうイレギュラーの想定もしてしまうものなのよ。まあ、例外は置いておいて、重要なのは魔力よりもお互いを思う感情って事ね。素敵だわぁ」


 漠然としか知らなかった刻印の事だけど、こうやって説明してもらうとすごく面白い。ブルージュさんの周囲には俺たち以外にもこの話を聞くために集まっている生徒さんが多くて、この研究会が人気だと言うのも頷ける。


「さっき触れた古代の王様の話なんだけど、彼についてはさらに面白い伝説が残っているわぁ」

「どんなお話ですか?」

「彼はね、複数の忠臣と刻印を交わしたという記録が残っているのよ。凄いと思わない?」

「えっ、刻印って一生に1人としかできないんじゃないんですか?」


 あまりの衝撃に俺は前のめりになって質問してしまう。だって複数の刻印なんて今まで聞いたことはおろか想像したこともない話だったから。


「基本的にはそうね。でも、なんでそう言われてるかと照らし合わせるとあり得ない話ではないの」

「それって、刻印が1人としかできない理由ですか?」

「そう、刻印が1人としかできないのは、普通の人だと魂の容量の問題で一人分の刻印でいっぱいになってしまうから。そして1人の人が心の底からの感情を向けられる相手は基本的に1人だからだわぁ」


 なるほど、ここで魂の容量が関わってくるんだ。確かに刻印を一人分しか受け取れないなら物理的に一人分しかできないのは当然だ。それに心の底からたくさんの人を愛するのって難しそう。

 ちょっとだけ、一生に1人しかできないって制約のロマンティックさが薄れてしまった気はするけれど、刻印が1人としかできないというのが漠然としたルールではなかった事に新鮮な感動もあった。


「じゃあその王様はたまたま魂が大きくて、偶然複数の家臣に強い感情を持つ事ができてたって事ですか?」


 なんかそれってちょっと都合が良すぎないかなって気もするけど、ブルージュさんの説で行くならこうなるはずだよね。


「実はね、その王様って邪竜だったらしいの。だからその魔力に比例した魂の大きさはかなり大きかったと思うわ」

「じゃ、邪竜……」


 思わぬところで邪竜って言葉を聞いて俺は自分のことじゃないのにちょっとドキッとする。というか邪竜ってそう言う特徴もあるんだ。じゃあルカの魂もすごく大きいのかな?見れるものじゃないけど少し気になる。


「感情に関しても、彼はとても良い王様だったと言われているから、きっと家臣一人一人と向き合って心を通わせたんだと思うわぁ」


 (あれ……?)


 良い邪竜の王様……この話になんだか聞き覚えがある気がするのは気のせい?それがなんとなく引っかかって記憶を思い返している途中で


「それにね、この王様の伴侶は夢魔だったらしいの。精神や魂への干渉が得意な夢魔ならその手助けもできたかもしれないわね」

「……っ!!」


ブルージュさんが続けた言葉に俺は固まる。そうだこれ、ジンとこの間話した『邪竜の王と夢魔の姫』の物語に似てるんだ。というかもしかして同じ人の話かもしれない。ジンはこれが実際の出来事だと思うって言っていたし、凄い偶然だけどそうなのかも。


「その王様の記録ってどこに残ってるんですか?見てみる事とかって……」

「うちの学園の特別書庫にあるんだけど、国外の貴重な文献で外部の人には貸し出せないの。ごめんなさいね」

「いえ、無理言ってすみません」


 折角だからジンからもらった翻訳以上の何かが知れたらいいなって思ったんだけど、かなり貴重なものみたいだから見るのは難しそう。ちょっと残念だけど仕方ないよね。


「でも、内容についてだけなら今日の為に発行してる研究発表誌に、全文じゃないけど載ってるわぁ。それでよければお渡しできるけれどどうかしら?」

「えっ、いいんですか!欲しいです!」

「じゃあこれをあげるわね。頑張って書いたからよければ他の項目も読んでみて欲しいわぁ」


 ブルージュさんが手渡してくれたのは辞書みたいな分厚さのハードカバー本だった。表紙も凝っていて凄く読み応えがありそう。


「あの、これって値段……」

「趣味で作ってるものだからいいのよぉ。刻印に興味を持ってくれる人が増えてくれたらそれでいいの」


 よく見ると周りの見学者の人達も皆同じ本を手に持っていて、俺はブルージュさんのこの言葉が建前じゃないことを悟る。


「ありがとうございます!俺、たくさん読みますね」

「その言葉が一番嬉しいわぁ。よかったら感想も聞かせてね」


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