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10話:夏星祭、夏夜の願いと大騒動①

楽しいはずのお祭りの夜

まさかあんな事が起きるとは俺達の誰も思ってもいなかった。


◇◇


 強敵だった期末試験を終え、待ちに待った夏季休暇が訪れた。

 俺はルカに声をかけて外出したり、カイと近所に釣りに行ったり、クロードと休暇の課題をしたりしてそれなりに楽しく休暇を過ごしていた。


 夏はいい、いろんな楽しいことがある、その中でも一番のイベント――


「夏星祭、楽しみー!」


 寮の部屋に飾っているカレンダーの印を見てワクワクした気持ちを口にする。

 夏星祭は遠い昔の伝説が元となったお祭りで学園のある街でも毎年大規模な出店や旅芸人たちで賑わう大きなお祭りだ。


「今年は願い事何にしようかな……」


 夏星祭では祭りの最後に打ち上げる花火、通称夏星に願い事を書いた紙を貼り付けて打ち上げることで願いが叶う……なんて伝説がある。なんでも星の精に恋した人間が星に近づくために花火を作って打ち上げ、その甲斐あって恋人になったとかいうのが始まりらしいんだけどいつの間にか恋愛成就がなんでも叶うみたいな解釈になって今の形になったみたい。とはいえ実際にお願いが叶ったことは無いんだけど、やっぱり願い事を考えるのはワクワクするよね。


 そんな事を考えていたら、ドアをノックする音が聞こえ、俺は返事を返す。


「フレン、いるか?」

「クロード!どうぞ!」


 俺の部屋に訪れたクロードは手に2枚の小さな短冊を持っていた。


「夏星祭、今年も一緒にどうかと思ってな」


 そう言ってクロードは綺麗な短冊を俺に差し出す。俺は毎年クロードと夏星祭に行ってるからこれは恒例の流れだった。


「ありがと!うん!今年も一緒に行きたいな……ただ」

「どうした?」


 ずっと考えてたことだけどいざ口に出そうと思うと少し躊躇いがあるのは、毎年の約束を破るような罪悪感があるから?


「今年は、ルカも誘ってみたいなって思って……どう、かな?」

「…………それは、本当か?」


 俺の言葉を聞いて、クロードの表情が強張っていくのを感じる。そうだよね、クロードとルカってあんまり仲良くないっていうか初対面の印象が悪すぎるせいでいまだになんとなく壁があるし、一緒に出かけるのやっぱり嫌かな……


「うん……あのね、ルカこういう祭り行った事ないらしくって、せっかくペアになったし案内してあげたいなって……」

「……そう、か」

「もし嫌なら今年はクロードは他の人と行ってもらっても大丈夫だから……」


 クロードが毎年かなりの人数から誘われてるのは俺も知っている。だから、ルカと一緒に行くのが嫌ならそっちの方がいいと思って提案してみたんだけど


「俺は、フレンと行きたいから、それなら……行かない」


 悲しそうなクロードの返事を聞いて、俺は酷いことを言ってしまったと気がついた。クロードは俺を誘うために色々用意して時間も作ってくれたのに、苦肉の策とは言えそれを無碍にする様な事を言ってしまったのは失言だった。


「ごめん……俺もクロードと行くのは楽しみで、でもどうしても今年はルカも誘いたくって……」

「いや、俺の方こそ気を使わせて悪かった。お前がルカを気にかけてることは知っているし……いいよ、3人で行こうか」


 俺の言い訳にクロードが優しく笑いかけてくれるけど、その瞳の奥に少しだけ寂しさが浮かんでるのが見えて俺は苦しくなる。そんな顔させたかったわけじゃないのに。


「じゃあまた、夏星祭の夜に」


 そう言って部屋を後にするクロードになんて声をかけていいのか分からず俺はただ


「うん!またね、おやすみクロード」


としか言うことができなかった。


「願い事……なんて書こう」


 俺はクロードが持ってきてくれた薄桃色の短冊を握りしめる。叶うはずのない願い事に縋るような気持ちになりながら祭りまでの日にちが過ぎていった。


 ◇


「お待たせ!2人とも短冊忘れてない?」


 待ち合わせ場所には5分前に着いたはずなのに俺より先にクロードとルカは来ていた。俺が来るまでの2人の間の空気を考えるととても気まずかったけど、それをあえて無視して声をかける。


「ちゃんと持ってきてるよ」

「……うん、フレンが言ってたから……書いてきた」

「よかった!じゃあ、行こっか」


 そうして俺を真ん中にクロードとルカが左右を挟む感じで歩き始めたんだけど、分かってはいたけど、空気が重い。

 クロードはルカにも話題を振ってくれるんだけど、ルカが完全にスルーして俺としか話をしないせいで会話が続かないし、俺がクロードに気を使って話題をふると、今度はルカが不機嫌になる。

 本当ならルカを嗜めるべきなんだろうけど、ルカの心を縛ってる邪竜のトラウマの事を考えるとあまり強くは言えなくて、気まずいだけの時間が過ぎていく。


 だけどやはり祭りの空気というものはそんなものさえ吹き飛ばす熱気を持っていて、出店や出し物を見てるうちに自然と笑顔が多くなっていく。会話は続かなくても、面白いものや綺麗なものを見ると空気が変わるよね。相変わらずルカとクロードは会話していないけど、同じ屋台のお菓子を食べたり、出店の装飾を眺めていくうちに最初よりは空気が軽くなっているのを感じる。

 その感じのまま俺はクロードとルカを引っ張って出店をくまなく歩き回った。


「これ美味しいね!ルカも食べてみて」


 そう言って差し出したリンゴ飴は出店の明かりを受けてキラキラしていて、あのルカでさえいつもより目を開いて見入ってたりするんだから、やっぱり誘ったのが間違いだとは思いたくなかった。


「あれすごくない?」

「魔獣ショー?そんなのできるの?」


 そんなやりとりの中、ザワザワと人が集まっている出店の前で聞こえてきた言葉に俺は足を止める。


「ねえ、クロード、魔獣ってあの魔獣かな……?」

「基本的に飼育が許可されてる魔獣は少ないが、わざわざそう書いてるなら本物かもしれないな」


 魔獣……動物とは違い、魔力を持った獣全般を示す言葉だ。気性が荒い上、魔法を使える個体も多く学校の授業では危険性を中心に習っているからこの言葉に対してはどうしても警戒心の方が強くなる。


「……フレン、俺なら魔獣も倒せるから、大丈夫」


 俺の警戒を感じ取ってか、ルカが若干的外れな言葉をかけてくれるけど、そもそもルカが魔獣と対峙するような場面になる事自体がまずい事なので言葉だけありがたく受け取っておく事にする。まあ、一応祭りの出し物だし、そんな危険なことはないよね。俺達はそう結論付けて、中心会場に戻って引き続き祭りを楽しむ事にした。



――祭りの楽しい空気の中、この時俺はまさかあんなことが起こるとは全く考えてなかった。

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