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少女


乱雑に置かれた段ボールのあまりの軽さに、速水は確信した。


ここには"何か"隠されている、と。


階段下の物置。扉の高さはだいたい速水の腰あたり。中には段ボールや場所を取る置物などが乱雑に詰め込まれていた。

その段ボールの中身は緩衝材や梱包材など重みのないものばかり。


_詰めることが目的か?


迷いのない手つきで、中のものを全て外へ出す。

空になった物置を改めて照らすと、絵が飾られているちょうど真下の壁に不自然な繋ぎ目があった。

速水は懐中電灯を口にくわえ、その繋ぎ目を跨ぐように両手を置く。


スライド。


頭に浮かんだ単語と同時に、まるで見えない誰かに導かれるように外側へと力が入った。

すると、まるで最初からそこに扉などなかったかのように。板は滑らかに動き、襖が開くような音を立てて隠されていた空間が姿を現した。


「……本当にあったとはな…」


まずは第一関門クリアと言ったところだろうか。

四つん這いになりながら手を一歩、前に出す。柔らかく、それでいて所々チクチクとした感触。これは芝生だろうか。


何故こんな場所に芝生が、と疑問を抱きながら襖を潜り抜ける。

窮屈な空間から解放された速水は立ち上がり、改めて回りを見渡した。


そこは温室だった。


月明かりを取り込むガラス張りの天井。

足元には一面の芝生と、周囲を囲むように植えられた木々と花々。

新月ではなかったか。懐中電灯の明かりを消しても十分に把握できる明るさのなか、視線を中央へと向ける。


_子供、か?


白い布を敷き詰めた大きな籠の中、月明かりを浴びて浮かび上がる真っ白なワンピース。

細い手足。布の上に溜まりをつくるほどの黒く長い髪。

十四、五歳ほどだろうか。

無表情のまま、大きな瞳で速水をじっと見ていた。生まれたばかりの雛のように見えた速水の脳裏に一条の笑みがかすめた。


靴底から感じる柔らかい感触を踏みしめながら、速水はゆっくりと少女のいる籠に近づく。


「お前が依頼主か?」


あり得ないと分かりながらも問う。

少女はコテンと首を傾げるだけだった。


「…名前は」


「?」


「歳は」


「?」


「親は」


「?」


質問の意味を理解していないようだ。

訊ねられる度に首を傾け続けたせいで、重力に負けて籠へと倒れ込む。

ぽふっ、と柔らかな音がした。少女はパチパチと大きな目を瞬かせた。


速水は思わずこめかみを押さえた。


情報を吐かせる術は心得ている。

だが、それは知っている人間にしか通用しない。


ここまでノーヒントできたものの、流石に限界を感じた速水はスマホを取り出す。

時刻は午前三時をすぎていた。

常識的に考えて人に電話を掛けていい時間ではないが、速水は迷わず通話ボタンを押した。


『一条鈴華の電話じゃ。ただ今我はおねむの時間なのでの。用事のある人間は十三時以降に我のもとへ来るといい。ああ、留守電は基本的に聞かぬからいれるでないぞ。それではの』


無機質な発信音が鳴る前に切り、深く息を吐く。


「……いちじょう、れいか……」


考えを巡らせる速水の耳に、風のように微かな声が届いた。

少女が、口を開いたのだ。


「知っているのか?」


未だ倒れている少女と目線を合わせるように膝を折るが、少女はまた黙り込む。ただ、


「…一条鈴華」


「いちじょうれいか」


その名だけは、オウムのように返した。


_これは骨が折れそうだ。


速水は芝生に腰を下ろした。


「一条は何か言っていたか?」


「?」


「一条に何を頼まれた?」


「?」


試すように質問を変えるが、返ってくるのは無垢な疑問符だけ。


「一条が言ったこと、話したこと、言伝、伝言__」


壊れた機械のように同義語を並べ、思いつく限り吐き出す。


「覚えていること。覚えたこと。覚える。言う。話す。言え」


次第に命令口調に変わると、


「おぼえる。いえ。」


少女はポツリと呟いた。高く、澄んだ音で。


「いちじょうれいか。おと。おぼえる。おと。おぼえた。いえ。いう?」


少女から初めての疑問に速水は即座にうなずく。


「いちじょうれいか、おと、いう。」


少女の声が変わった。


「『こほん。久しいの零よ。いつものようにだらだらと前置きをしたいのじゃがこの子がどこまで覚えられるのかわからぬからの。要点だけを話すぞ。

一つ。任務は彼女の護衛。何故護衛が必要なのかは調べるでないぞ。面倒事を増やしたくないならの。

二つ。期間は我の言う時まで。

三つ。彼女に言葉を覚えさせろ。気づいたじゃろうがこの娘は言葉を話せん。赤子と同じじゃ。不要などと侮っておると困るのは零じゃからの。

最後に、この娘は今しているように音を覚えることはできる。じゃが先にも言ったように言葉を理解しているわけではない。そこのところ覚えておくんじゃぞ。それではの』」


一条鈴華の声が、少女の口から流れ出す。口調も抑揚も、あの女本人のように。

それはまるで留守電のよう。


_どこかで録音でも流しているのか…?


流石の速水もこれには驚き、危うく伝言を聞き逃しかけた。


_…要点だけを話せるならいつもそうしてくれ。


すべてを言い終えた少女は、再び速水を無垢な瞳で見上げた。


「今の話は本当か?お前はただ覚えただけなのか?」


「?おと、おぼえた。いう?」


「……いや、もういい。」


何を言っても少女が聞き取るのは"覚える"、"言う"、"一条鈴華"だけだと再認識し速水は息を吐いた。


_これまた厄介な事を押し付けられたものだ。


「速水零だ。よろしくな。」


返事はない。

ただ、大きな瞳で彼を見つめ続けるだけ。


_これなら、お局と戦う方がまだ楽だった。


そんな不満だけが、静かに胸を満たしていった。


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