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情報屋


車を走らせて小一時間。車のボディに草を擦らせ、アクセルを踏み抜いた先に姿を現したのは、絵にかいたような古びた洋館だった。


「…どこぞの怪物でも紹介されたか。」


スマホのライトを手に、洋館へと続く獣道を進む。どこを照らしても目に映るのは、荒れ果てた外壁。飾られたように張りついた蜘蛛の巣。

速水は綺麗に結んだネクタイを緩め、シャツのボタンを一つ外した。


なぜ疲れた身体に鞭打ってまでこんな場所へ来る羽目になったのか。その理由は二日前にさかのぼる__




二日前、速水は町外れの静かな竹林に佇む平屋を訪れていた。


「「いらっしゃいまー…あ!零だ!」」


「ああ。」


引き戸を開けた瞬間、高い位置で二つに束ねた黒髪がくるりと踊る。閉じかけていた四つの目が速水を捉えると、瞬きと同時に笑みの形を作った。


「零だ零だっ!相変わらず愛想笑いひとつしない零だ!」


赤い着物の少女、いろはそう言って速水の右腕に飛びつく。


「主様主様!零だよー!笑顔ひとつサービスしてくれない零が来たよー!」


続けて青い着物の少女、わかが芝居がかった仕草で奥へと声を張った。


_何度見ても見分けがつかない。


合わせ鏡のようにそっくりな二人。

名前も、赤がいろは、青がわか、と最初に名乗った服装で覚えているだけで、もし入れ替わっても気づける自信はない。


_そういえば耳の形は皆、違うんだったか。


悟られぬよう自然に視線を滑らせて、二人の耳元に注目する。ほんのり赤みがさしているように見えるそれを見比べる速水の腕を両側から取った二人は、無邪気な子供のように廊下をずんずん進んでいく。

そのあまりの力強さに速水はバランスを取るために重心を少し後ろへと置く。そのせいで散歩を嫌がる大型犬を引きずる子供たち、といった構図ができあがってしまったが腕を取るのは少女を装う見た目百六十センチの大人。微笑ましさとは程遠い。


磨き上げられた廊下を靴下で一歩一歩踏みしめて歩いていけば、金色に赤椿が描かれた豪奢な襖の前で立ち止まった。


_今回はやけに華やかだな。


金持ちの道楽とでもいうのか。この部屋の襖は訪れるたびに柄が変わる。

一度は風神雷神の襖の前で、双子が笛と太鼓で登場演出までしていた。


今回はどうやら厳かな演出なのだろう。

二人は無言で澄ました顔を作り、襖の引手にそっと手をかけている。あいも変わらず無駄に凝った茶番だ。


「………速水零」


「__入れ」


一拍の間のち、襖が音もなく引かれ、香の匂いが一気に廊下へ流れ込む。


_白檀、か。


「久しいの、零よ。」


ふーっと煙を吐くように紅い煙管をくゆらせ、速水を指差す女。

赤と金に大花が咲き乱れる豪華な着物。肘掛けに体を預け、着崩れた裾からは白い足が覗いている。


この女こそ、双子が"主様"と呼ぶ家主、一条鈴華。


年齢不詳、性別は女。本職不明。

この奇行に惜しみ無く使えるほどの財力を持つ情報屋。それが速水が知る、彼女の正体のすべてだった。


真っ赤な唇をわずかに開き、吸い口に触れる。火皿には何もなく、吐き出されるのはただの息。

それでも一条は、その無駄な仕草を繰り返しながら、ゆっくりと速水を見上げた。

瞳には、どんな反応が返ってくるのかを楽しむ、微かな期待の色が滲んでいる。


「…ああ。」


情報の精度は折り紙付きだが、こうした無駄な演出さえなければどれだけ仕事が早く終わるか。

一条の前に用意された座布団。そこへ速水は無言で膝をついた。


「つまらんの。少しはツッコミを覚えたらどうじゃ。関西人ならばツッコミの大渋滞じゃぞ?」


そう思うのなら関西人にだけすればいいのだ。

速水にそれを求めるのが間違っている。


「そうか。」


こうした無駄な演出のせいでいつも時間が押してしまう。これが情報の精度が高くともなかなかここへ足が向かない理由の一つだ。


「本当につまらん。せめて衣装の感想くらいあってもいいと思うが?」


不満を漏らす一条を「興味ない」の一言であしらい、速水は居ずまいを正す。


薄く笑った一条は胸元から一枚の紙を取り出し、速水へ差し出した。

どこか得意気な表情を浮かべる一条。無言で受け取ったそれを確認した速水はわずかに眉を寄せた。


「…いつから調べていたんだ?」


「さて、いつからだったかの」


紙に書かれていたのはとある場所の住所とその建物の名前。それは今回速水が狙っていた組織幹部達のたまり場であることが工場の名前から想像がついた。

こちらの情報が漏れていたのか、それとも一条の力量なのか。いっとき思考したのち、速水は眉の力を抜く。


_害がなければどうでもいいことか。


「流石だな。」


「我はできる女じゃからの」


真顔で耳当たりのいい言葉を吐けば、赤い唇が妖艶に笑んだ。


「それで、いくらだ。」


ここの情報料は相場より高い。だが、どこよりも情報が正確なのは知っている。

脳裏に過る経理のお局の顔を追いやり、胸ポケットを探った。


「ああ、よいぞ。」


思考が停止する。


「…悪い。もう一度言ってくれるか?」


「なんじゃ、まだ人生の半分も生きとらんのにもう耳が遠くなったのか?」


「…好きに解釈してくれて構わないからもう一度言ってくれ。」


願望が幻聴にまで昇華するとは。

次は聞き逃すまいと耳に全神経を集中させる。


「代金はいらぬ。今度はちゃんと聞こえたかの?」


「……何か可笑しなものでも食べたか、一条」


真顔で問う速水に、背後の双子がかすかにため息をつく。

そんな二人に振り返り、わざわざ「医者に見せた方がいいんじゃないか」とまで提案した速水。

それに無言を返す二人の目は哀れみの色が滲んでいる。


「ぶはっ、ははははっ!」


膨らまし途中の風船をうっかり口から放してしまったかのような音に頭を戻すと、言葉通り一条が腹を抱えて笑い転げていた。


「これは傑作じゃ……!零よ、お前も動揺ができたのじゃなっ!」


「……嘘か?」


双子の表情はそういうことかと目を細めれば「違うわい」と息を切らしながらも即答で返ってくる。


「代金はいらぬ。その代わり……やってほしいことがある。」


だが説明の前にまずは笑わせてくれと言わんばかりに一人、一条は畳の上に転がった。


_やはり、ここに来ると時間がかかる。


笑い転げる主、無表情の客、静観に徹する双子。その奇妙な光景はしばらく続いたのだった。



「はぁ……腹筋が痛いの…零よ、どうしてくれるのじゃ」


「それで、何をすればいいんだ。」


「おこか。おこなのか零よ」


ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる一条に速水が無言を返すと、流石の彼女も咳ばらいを一つ。再び胸元から一枚の紙切れを差し出した。


「そこへ行ってほしいのじゃ。なに、急ぎではない。そっちの仕事が片付いてからでよい。内容は…そこへ行けばわかる」


住所だろということしか伝わらない紙切れ。顔を上げれば紅が楽しげに弧を描いていた。

お局との口論以上の面倒事が待ち受けているような嫌な予感を感じる。何か一つでも事前情報をと口を開きかけるが一方的に話は終了。早々に帰らされてしまったのだった__

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