あなたの希望になるまで
「大丈夫ですか」
そう声をかけ、振り向いたのは1ヶ月間不登校だったクラスメイトの赤西あかりだった。
良いとこのお嬢様である彼女は文武両道で才色兼備、クラスのリーダー的存在。腰まであるブロンドがかった長い髪は彼女の美貌を強調させている。まさに“人形”そのもの、それが赤西あかりという人物だ。
しかし振り返った容姿は以前までの輝かしいものではなかった。
靴は履いておらず服装は乱れ、体からは鼻をつまみたくなる悪臭を放っている。体の至る所に痣があり、彼女を象徴するような腰まであったブロンドがかった髪はバッサリと短くなっている。ここまでの変化がありながら気付けたのはやはりオーラが出ているのだろうか。
「赤西さん、ですよね?ここ踏切の内側ですし、危ないですよ、電車も来ちゃいますし。」
「……」
彼女は黙ったまま、こちらを見ていた。懐かしい目をしている。この世の全てを恨み、絶望し、後悔し、そして生きることを諦めたかのような、そんな目を。
嫌な記憶が蘇る。まるで自分は世界に必要とされていない、誰にも望まれていない、生きる価値なんてない、死んでしまいたい、と思っていた過去の希望を見つけられなかった自分を見ているようだった。
「それでいいんですか?死ぬ寸前まで傷ついて、苦しんで、絶望して、そんな人生で後悔しませんか?」
カンカンカンと電車が来る音がきこえてくる。
俺はあのとき間違え、そして後悔した。
でも彼女はまだ遅くない、まだ引き返せる、後悔してほしくない。
これは賭けだ。彼女にまだ生きる希望が、生きたいという願いが、生きていたいという意志が、少しでもあるのなら……俺は……
私の人生は何もかもが上手くいっていた。
他の人よりも優れた容姿、男はいつだって寄ってくる。まるで羽虫のように。
勉強も運動も負けたことはない。妬みの言葉も投げられた。まるで負け犬のように。
高級な服も高級なバッグも高級なメイク道具だって何でも買えた。お金はたくさんある。まるで湯水のように。
全てを軽く見ていた、全てを下に見ていた。
でも、それは表には出さない。破滅した人を私は知っているから。
私は失敗しない、そう思っていた。
ある日の放課後、私は誘拐された。薬を飲まされ起きた時には足に枷がはめられとある一室に閉じ込められていた。周りを見渡すと男がいて、そして……
犯された
私は抵抗した。
叩いたり、蹴ったり、噛みついたり、とにかく暴れた。しかし、男はいとも容易くあしらった。まるで羽虫のように。痛い、苦しい、気持ち悪い、とにかく不快だった。
私は言った。
「なんでらどうしてこんなことをするの」
「痛い痛い痛い」
「絶対に許さない」
「絶対に殺してやる」
「死ね死ね死ね死ね死ね」
まるで犬のように吠えた。
その度に殴られ、蹴られ、締められ、潰された。そして私の大事な大事な大事な髪の毛でさえ切られた。
抵抗する気力は無くなっていった。
私は飲まされた。
男の全てを。人の尊厳を破壊するようなものでさえ。
私は吐いた、何度も吐いた、たくさん吐いた。
吐いても吐いても止まらなかった。
たくさん飲んで、飲んで、飲んで、飲んで、飲んだ。
いつからか、味も臭いも気持ち悪さも感じなくなった。
まるで水のように何も感じない。喉を通る感覚だけ。
何も通じない、何も通用しない、才能が、努力が、名声が。全てが踏みにじられた。一筋の希望さえなかった。私は全てを諦めた。
そして私は全てを男に支配された。
毎日が同じ事の繰り返しだった。
男が部屋に入ってくると、私にご飯を食べさせ、私の髪をとかし、私に服を着させる。
まるで“人形”みたいに。
誘拐されてからどのくらい経ったのだろうか。今日は
いつもと違う、そんな気がした。
いつもと違って部屋が静かだった。
まるで誰も居ないかのように。
いつもと違って足が軽かった。
まるで自由に歩けるかのように。
いつもと違って部屋の扉が開いていた。
まるで外に出れるかのように。
外に出ると見覚えがある風景が広がっていた。私の家だった。それもそのはずだ。私を監禁して暴力を振るって犯していたのは実の父親だった。
いや、実の娘を欲の捌け口に使う人間を父親とすら思いたくない。ただの男だ。
私は走った、とにかく走った、がむしゃらに走った、一心不乱に走った。
何処か遠くに、あの男に見つからないところまで逃げたかった。
そしてそしてそして……
「死んで楽になりたい」
そう考えた、そう思った、そう呟いた。
もう誰も信じれない、信じたくない、もう何も考えられない、何も考えたくない。そうして導き出された答えが「死」だった。
踏切の内側で電車を待つ。辺りは静寂に包まれていた
「大丈夫ですか」
声をかけられ振り向くとそこには男が立っていた。
見覚えがあるような、ないような。知り合いのような、ないような。そんな男が立っていた。
「赤西さん、ですよね?ここ踏切の内側ですし、危ないですよ、電車も来ちゃいますし。」
何故彼は私の名前を知っているのだろうか、と考えるが、直ぐに思考をやめる。
もう何も考えたくない、もう何もやりたくない。
「それでいいんですか?死ぬ寸前まで傷ついて、苦しんで、絶望して、そんな人生で後悔しませんか?」
彼は怒っているみたいだった。まるで幼子に説教してるように、あくまで優しく。
傷ついて、苦しんで、全てに絶望して、全てがどうでもいい。
どうでもいいと思っていた。
私だって、もっと青春したい、もっと楽しいことをしたい、もっと色々なことに挑戦したい、もっともっと生きていたい
だけど言葉がでない、体が動かない、思考がまとまらない。まるで“人形”みたいに
電車はもう見えるところまで来ている
ずっと地獄みたいな日々だった。辛かった、苦しかった、痛かった、怖かった、恐ろしかった、悲しかった。
逃げ出したいと、楽になりたいと、生きたくないと、ずっとずっと思ってた。でも……
「死にたくない」
かすかな声で、でも確かにきこえた。彼女の希望が。願いが。意志が。
電車が来るギリギリで彼女を抱き抱え踏切の外に出る
「君の希望になるよ、この青田希望がね。」
1話完結型です
文章を書く練習のために物語をたくさん書いていこうと思います