36 練習
ファイアボールでゴブリンは消滅した。
肉片も何も残ってない。
いやいやいやいや。
絶対おかしいよね。
「あんた……どういうこと?」
アズサさんもこの異常さに気付いたらしい。
「いや、すみません。でもファイアボールを発動したはずなんです。」
「知ってるわよそんなこと!耳が残ってないから討伐証明にならないじゃない。貴重なお金が……」
そこかよ!
「それは申し訳ないですけど、このファイアボールの威力おかしくないですか?」
「何がおかしいのよ。」
「いや、初級魔法ですよ?いくらゴブリンとはいえ、威力高すぎですよ。シエルさんも弱い魔法って言ってたじゃないですか。」
「魔法の強さの基準なんて私知らないわよ。そんなことより、次からは討伐証明をきちんと残しなさいよ!」
この人はお金のことしか考えてないな。
でも確かにアズサさんが言う通り、僕は魔法を見たことないから、これくらいは普通なのかもしれない。
「(サタ、ファイアボールの威力ってこんなもんなのか?)」
【我の本来のチカラならもっと威力が高いのだが、まぁ初心者ならこんなものかもしれんな。精進するがいい。】
「(なるほど。魔法ってすごいんだな。中級魔法以上ならどんなものか想像もつかないな。)」
【主よ。ファイアボールごときで驚いておったら、この先やっていけないぞ。】
「(それほどなのか……ところで威力の抑え方ってどうすればいいんだ?ちょっと討伐証明の耳だけは残したいんだ。)」
【無理じゃ。諦めよ。いくら力を抑えても、ゴブリンは脆すぎるので耐えられん。】
「(マジか……じゃあ使えないな……)」
【ふむ……ファイアアローならばいけるかもしれんぞ。ファイアボールに比べて敵に接触する面積が少ないじゃろう。】
ファイアボールは球状の炎を放つのに対して、ファイアアローは炎の矢である。
炎の矢で射貫くというイメージだとシエルさんには教わった。
「(確かに、サタの言う通りかもしれないな。試してみるよ。)」
【炎の魔法に関しては我に何でも聞くがよい。我の右に出る者はいないぞ。】
……らしい。
少し大げさに言ってるだろうが、僕よりは遥かに知識があるのは間違いないので、信頼している。
「(分かったよ。よろしく。)」
「アズサさん。次からはファイアアローを試すようにします。それなら討伐証明を残せるかもしれません。」
「分かったわ。でも次は私よ。私だって早く魔法を撃ってみたいんだから。」
「もちろんいいですよ。今後は順番に試していきましょう。」
◇
しばらくすると新たなゴブリン1体を発見したので、アズサさんは魔法を発動した。
「ウインドカッター」
そう唱えると風の刃が素早くゴブリンを切り刻んだ。
ゴブリンは細切れになったのだ。
ウインドカッターも想定しているよりも威力が高い。初級魔法なのに。
この世界の初級の定義はどうなっているんだろうか。
まぁそれはいいとして……僕は他に気になったことがあった。
細切れになったゴブリンに近づき、あるものを確認したがどれか分からない。
「アズサさん、これ耳ってどれですか?」
「え……えーっと……これじゃない?」
「ほんとですか?僕にはそうは見えないんですけど……ちなみにどこらへんが耳に見えます?」
「勘よ!多分耳なの。」
ダメじゃん!
僕に文句言ってたくせに、自分も討伐証明残せてないじゃん!
「勘ではダメですよね。次から気つけましょうね。ね、アズサさん?」
「いちいち細かい男ね!何よ!そんなに嫌味っぽく言わなくていいじゃない!」
【今の主の言い方は我も酷いと思うぞ。アズサが可哀そうではないか。】
「ほら!サタも言ってるし!謝りなさいよ!」
えーーーー⁉
僕だけなんで責められているのだろうか……
僕は言われた分を仕返しをしただけなのに……
【主よ、謝っておいた方がよいのではないか?】
「そうよ。謝って!」
僕にやはり味方はいないようだ。
日本にいても異世界にきても立場というものはなかなか変わらないらしい。
「はぁ……悪かった……じゃあお互い気を付けるということで、次の敵を探そう。」
「ちょっと謝り方には不満だけど、まぁ分かったのならいいわ。行きましょう。」
◇
そこからの僕らは練習漬けだった。
お互いの魔法を試し撃ちしながら、ゴブリンやホブゴブリンを相手に討伐を繰り返した。
ファイアアローとウインドアローであれば、討伐証明である耳を残したまま討伐することができた。
ただ問題があり、それぞれ炎と風の矢で射貫く魔法であり、当たれば威力はあるのだが、狙ったところに命中させることがなかなか難しかった。
それでも何度も試し、僕らはようやく敵に当てるのに慣れてきた。
討伐証明を数えてみたら、ここまでに僕らはゴブリン72体、ホブゴブリンは8体を討伐していた。
この森、ゴブリン多すぎだろ。
今の僕らにっとは練習台が多くて助かるのだが、倒しても倒しても無限に湧いてくる気がする。
ちょっとおかしいよこの森……
「日も暮れてきたので、そろそろ帰りますか……」
「そうね。あんたなんでそんなに疲れてるの?」
「これだけ殺したんですよ?疲れますよ……逆にアズサさんは何であんまり疲れてなさそうなんですか?魔物嫌いじゃなかったでしたっけ?」
「嫌いなはずなんだけど……魔法を使ったら、返り血を浴びないじゃない?楽しかったの!」
「楽しかったんですか?」
「うん。お金も増えるし、魔法も使えるし……私、もっと殺したいかも!」
「えぇ……」
サイコパスが誕生した瞬間であった。




