16 指名受付契約
「指名受付契約……って何でしょうか?」
「急にすみません。ご説明しますね。冒険者の皆様は、仕事の依頼を請けたい時に、通常は受付カウンターに並び、そのときにたまたま居合わせた受付職員を通してから仕事を請けることになります。」
昨日、僕がたまたまこのお姉さんから仕事の依頼を請けたようなケースが通常ってことだな。
「実はそれ以外にも、先ほど私が申し上げた指名受付契約を結んだ上で仕事を請ける方法があるんです。例えば私と指名受付契約を結んだ場合は、ヒロキ様が仕事を請けるときは、原則私を通してのみ請けることになります。他の職員を通して依頼を請けることはできなくなります。」
「それって僕に何のメリットがありますか?お姉さんががいないときには、仕事を請けれないってことですよね?」
「確かに私がいないときには仕事を請けれなくなります……でもメリットはあるんです!ヒロキ様が請けるお仕事は私が一括管理できるので、ヒロキ様のご希望に沿ったお仕事をご用意できるように私が働きかけることが出来ますし、指名受付契約を結んだ冒険者の方に対しては指名依頼という特別なお仕事もご用意することができます。」
「指名依頼……ですか?」
「仕事の依頼者がヒロキ様を指名してくることです。私が担当となることで、ヒロキ様のご活躍を各方面にアナウンスし、そのような仕事をご用意するようにいたします。指名依頼の場合は、通常よりも報酬が高いのでメリットになると思います。」
なるほど……
報酬が高いのは確かに良いな。
「でもお姉さんがいないときには仕事を請けれないんですよね……ちょっと手間になることがありそうな気がしまして……」
「私はほとんど休暇も取らないので、ほぼ毎日ここにいると思います!もし休暇を取る時には事前にヒロキ様にもご連絡するようにします!あと他にもメリットがあるんです。ギルドと提携している宿などを比較的お安くご紹介もできます!ギルド内の会員制ラウンジにも入ることが出来るんです!他にも他にも……」
なんかこのお姉さん、すごい推してくるな。
仕事上のノルマとかあるんだろうか……
【主よ。この女、必死すぎて怖いぞ。もう帰らないか?】
サタも嫌気がさしているようだ。
まぁ気持ちは分かるが……
「あの、お姉さんのメリットって何があるんでしょうか……?」
「ヒロキ様がご活躍されたら、私のお給料が増えるんです!」
「え?」
「ギルドって基本の給料低いんです。なのでお給料増やすためには、指名受付契約で冒険者の方に活躍してもらう必要があるんです。でも指名受付契約って、契約した冒険者の方が活躍出来なければ逆にお給料が減っちゃうんです……だからとても慎重に契約する必要があるので、まだ私は契約したことないんです。」
「はぁ……そうなんですね。」
「そうなんです。でも、ヒロキ様って絶対優秀だと私は確信しました!他の職員に取られたくないんです!絶対私と契約して欲しいんです!」
この人ぶっちゃけすぎだろ。
もっと建前とか言うんじゃないのか……
「あの、検討させてくださ……」
ガシッ
「え?」
「お願いします!今契約してください!明日には、絶対他の職員に取られちゃいます!こんなチャンスないんです……ほんとにお願いします……」
急に手を握られ、必死で懇願されている。
お姉さんは涙目だ……
「はぁ……分かりました。契約するので落ち着いて下さい。」
まぁ報酬高い仕事貰えるのと、安い宿を紹介してくれるのであれば、いいとしよう。
「ありがとうございます!私、ヒロキ様と自分のお給料のために全力で頑張りますね!ではこちらの契約書にサインをお願いしますね!」
この人、やっぱり正直すぎる。
まぁこういう人の方が信用はできるな。
と思いながら契約書に僕はサインをした。
「改めまして契約有難うございます。担当のアンジュと申します。末長くよろしくお願いします!」
とびきりのスマイルでアンジュさんはそう言った。
守りたい、この笑顔を。
お給料増えればいいね。
その後、アンジュさんにオススメの宿屋を教えてもらい、僕はギルドを後にした。
ギルドを出る際にも、アンジュさんはこちらに向かって「ありがとうございました」と言いながら笑顔で手を振ってきていた。
それを見てギルド内の他の冒険者から、「誰だよあの男」「アンジュちゃんに手を出したら殺す」という声が聞こえてきていた。
怖いよ。
あの子、美人だし、人気があるんだな……
他の冒険者から狙われないように慎重に接すると心に誓った。
◇
ギルドを出て少し歩いたところに紹介してもらった宿屋らしき建物があった。
アンティークな建物であり、看板にも教えてもらった宿屋の名前が書かれているので間違いないだろう。
アンジュさんに聞く限り、朝夕食付きで1泊銀貨3枚なので格安だ。
食事も美味しいと評判らしい。
非常に楽しみな気持ちで宿屋の扉を開けた。
「宿屋オアシスにようこそ。」




