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追憶

 フレディの心に棲む「誰か」の正体。その謎は、遠い過去へと繋がっている……?

 マコとフレディの話を聞いたマミは、自身が持つ国の歴史を語り始める。

 滅びたはずの「ニンゲン」。その真実を知った時、フレディは何を思い、どんな選択をするのか。

 扉の向こうには、朝の冷たい名残を引きずったような廊下が続いていた。

 マコは扉の手前で立ち止まり、後ろにいるフレディへと振り返る。

「――フレディ。確証はないけど、その……キミが過去にニンゲンだったかもしれないことを、姉さんたちに話してもいいかな」

 マコからの問いかけに、フレディは少しの逡巡の後、静かに頷いた。

「大丈夫だ」

 マコは短く頷き返すと、廊下に出た。続いてフレディも、久々に部屋の外へと足を踏み出す。

「姉さんたちはフォルテたちに会いに行くって言ってたから、一旦そこで合流してここに戻ってこよう」

「分かった」

 マコとフレディが歩き始めた矢先、廊下の角を曲がってすぐの所で二人の人影が見えた。

 一人は赤い髪を編み込んだマミと、もう一人は白衣を羽織ったルナだった。

 ルナは何かをマミに話している途中だったが、突然ネコの耳をピンッと動かし「あっ」と足を止めた。

 それにつられてマミも「どうかした?」と足を止める。

「あら、マコにフレディくん」

「ちょうどよかった。今からフレディとそっちに行こうとしてたんだよ。今、いいか?」

 マミとルナの二人は「もちろん」と頷き返した。

「話すなら中の方がいいわね」

 マコたち四人は診察室へと戻り、それぞれ空いている椅子などに腰を下ろした。部屋には穏やかな空気が流れている。

 マコは一息ついてから口を開いた。

「まず最初に……ようやくフレディの精神領域を見ることができた」

「本当なの⁉」とルナが椅子から身を乗り出すように食い気味で問い返す。対してマミは、瞠目しつつも「見えるようになった理由は?」とマコに続きを促した。

「それはフレディ本人に話してもらった方が早い」

「できそうか?」とマコはフレディに確認を取った。

「大丈夫。マコが信頼しているヒトたちだ……私も、ルナとマミの二人を信じたい」

「……そうか」

 フレディは何度か深呼吸をし、自身に起きたことについて話し始めた。

「マコが休憩している間……私の頭にノイズが走ったんだ。その時、私は夢の中で()()()()()()()()()()と出会って……会話を交えた」

「その青年は……私と同じ名前を持っていて、家族を守るようにと何度も訴えてきた。それだけじゃない……『あの日』を思い出してとも」

 フレディは続けた。

「彼の言っている『あの日』が何を指しているのか、私にはまだ分からない……それでも、夢の内容を忘れてはいけないと感じたんだ」

「それで……マコに診察をお願いしたら、見えたってことかしら」

 マミからの問いに、フレディは頷き返す。すると今度はマコがまた話し始めた。

「再診の際に見えた精神領域には、一枚の扉があった」

「扉……? 機械でいうところのデータを保管している場所みたいなものなのかしら」とルナが口を挟む。

「多分な。確認してみたら、雨の中を走る青年が見えたよ。腕からの出血もあったし……フレディの言っていた覚えのない記録であることに違いなかった。ただ……」

 マコは目を細め、苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「ニンゲンが……誰かに殺害される瞬間の記録だった」

 ルナが息を呑む。マミは眉間に皺を寄せたまま、黙ってマコの話を聞き続けていた。

 フレディが静かに言葉を紡ぐ。

「……私はそれがただの記録じゃないと感じた。自分の、これまでの記憶が曖昧になっていくような……そんな感じだった」

「ちょっといい?」とルナが手を挙げて、割り込むように言った。

「それって……記録の中の青年が、昔のフレディだったっていう可能性があるってことかしら?」

「そうじゃないかなと俺は思ってる」とフレディの代わりにマコが答える。

「青年の姿がフレディに似てたんだよ。それだけで決めつけるのもよくはないと思ってるけどさ……」

「つまり……」と漸くマミが口を開いた。

「フレディくんの異常は()()()()()()()()()()()()()()……そう考えると、記録や夢の整合性にも説明がつくんじゃないかしら。問題は何が引き金になっているのかだけど……」

 渋い顔を続けていたマミは自身に向けられている視線に気づいたのか、少しだけ表情を和らげてからフレディを見た。

「……何か聞きたいことでも?」

「あ……その……マコから教えてもらったんだ。ニンゲンという種族は、今では存在していないと。それが本当なら……どうしてそうなったのか、教えてもらえないだろうか?」

 ピクリとマミの表情がまた険しくなる。しかしフレディはそれに臆することなく彼女を見つめていた。

「――フレディくん。仮に……仮によ、貴方がニンゲンだったとしましょうか。その問いに対する答えは、聞いてもいい話じゃないわ」

「その言い方……やっぱりマミは答えを知っているんだな? 教えてくれ」

「……」

 マコとルナの二人が顔色を窺うようにマミへ視線を送る。依然として彼女は語ろうとしなかった。

「マミ。お願いだ……」

 観念したのか、マミは大きく息を吐いた。そして椅子の背にもたれかかり、天井を一度仰ぐように見上げてからポツリと言った。

「……そこまで頼み込まれたら話すけど……無理はしないで、聞きたくないところは耳でも塞いでちょうだい」

 マコとルナは口を噤んで静かに耳を傾ける。フレディもまた、黙ってただマミの言葉を待っていた。

「今から三百年近く前――まだニンゲンが夜の闇を恐れていた頃……旧神々廻と呼ばれていた土地では、今より凶暴な妖怪が多くて、時にはニンゲンを襲って食べるような連中ばかりがいた……そういう時代だったの」

 マミの声はどこか遠く、昔話を語るような静けさを纏っていた。

「でもね……妖怪だけが原因じゃなかった。天災、飢饉、疫病、戦争――……いがみ合って、壊し合って、自分たちで数を減らしていった」

「それでも……妖怪たちはニンゲンを必要としていたの。散々食らっておいて、何を言っているんだって話だけどね」

 自嘲するようにマミは話し続けた。

「妖怪が自分という存在を保つためにはね、他者からの()()が必要だったのよ。だけど……時代が進むにつれて、ニンゲンは妖怪や迷信を信じなくなった。発展した技術がそう言った存在の正体を見破り始めたのよ」

 マコが小さく眉を顰め、ルナが静かに手を握りしめる。

「自分たちが忘れ去られる前に、一部の妖怪たちは恐怖という感情を残すため、新たな神々廻を創った。それが……今、私たちが住んでいるこの世界」

「……結局、時代の流れには勝てなかったけどね。妖怪は認識されなくなっていった挙句……残っていた貴重なニンゲンも寿命やらで世を去っていったわ」

 一通り話し終えたのか、マミはフレディを見た。

「――これが私の知っている限りのニンゲンについてよ。神々廻の外にいたであろうニンゲンについては……申し訳ないけど、何も分からない」

 ……しばらくの沈黙を経て、フレディがそっと問いかける。

「マミは……どうしてそんな昔のことを、まるで自分が見てきたかのように語れるんだ?」

 マミは苦笑交じりに自身のこめかみを指で軽く叩いた。

 「今は半妖の()()()()として生きてるけどね、昔は別の名を持っていた純粋な妖怪だったの。その記憶をある時突然思い出して、以来ずっと保っているのよ」

「妖怪としての、前世……」

「そう。思い出したところで心が楽になることはなかった……今の自分がどう生きるべきか向き合わないといけなくなるからね」

 マミの言葉は淡々としていたが、その奥には深い経験に裏打ちされた重みがあった。

 フレディはふと視線を自身の手に落とした。

「もし、私が本当にニンゲンだったとしたら……記憶を思い出すことはやっぱり、苦しいことなんだな」

「……そればかりは私も断言できないわね」

 マミは静かに言った。

「思い出すことで心が壊れるかもしれないし、逆に前へ進むきっかけになるかもしれない。どちらも自分を構成するものに変わりはないからね」

「……」

 その言葉が、フレディの胸の奥に静かに沈んでいく。暫く黙っていた彼は、そっとマコの方へと目を向けた。

「マコ。私は……あの青年の言っていた『あの日』のことを思い出したい。思い出すことで私がどうなるかは分からないが……ちゃんと受け止めたい。だから、治療を続けてくれないか?」

 マコは一瞬目を丸くさせたが、すぐに頷いて手を差し出した。

「もちろん。俺でよければ最後まで付き合うよ」

 マコから差し出された手をフレディは迷わず取った。

 決意が形になった瞬間だった。

 すると一連の流れを見ていたルナが静かに立ち上がる。

「ルナ? どうした?」

「……次は私の番ね。とっておきの資料があるの、今から見せてあげるわ」

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