滅びた種族の記憶
フレディの身に起きた奇妙な出来事。その真相に近づくため、マコは姉に電話をかけた。かつて絶滅したとされる種族――ニンゲン。姉の口から語られたのは、生存の可能性を僅かに残す、不確かな情報だった。
メッセージに既読が付く頃。マコは所長室の前に辿り着いていた。
昼頃に訪れた時のようにノックをすれば「どうぞ」と返事が返ってくる。無言で扉を開けると、部屋にはルナが椅子に座ったまま端末を軽く振っているのが見えた。
「メッセージ、見たわよ。フレディ、シャットダウンしちゃったみたいね」
「あぁ……」
椅子に座るよう促されたマコは素直に腰を下ろした。
「それで? シャットダウンする前の様子はどんな感じだったの?」
ルナの問いに、マコは軽く息を吐いてから言葉を選ぶように口を開いた。
「最初は普通に会話をしていたんだ。父親……開発者の話とかな。その途中で、フレディたちは特別な存在だっていうのが分かった。本人もその理由は分かってないみたいだけどな」
「ふぅん……」
「理由が気になったりしなかったか尋ねてみた。その後に返ってきた答えが……『こっそり孤児院の地下を覗いた』……脈絡がなさすぎる答えだと思わないか?」
孤児院ですって? とルナは怪訝そうに尋ねた。
「確かにそう言ったのね?」
「あぁ。でも神々廻にそんな名称の建造物は存在しない」
「……そうね。そんなもの、この国で見たことなんかないわ」
ルナは自分の手を見てぼそりと呟いた。その手は温もりを感じさせるようなものではなく、機械で造られた手だった。
ルナの手が僅かに震えているのに気づいたマコは彼女の名を呼んだ。
「悪い。別にお前のトラウマを刺激するつもりはなかった」
「……分かってるわよ、それくらい。続けて」
ルナは短く息を吐き、手を強く握る。その仕草を見て、マコは一瞬言葉を選ぶ時間をとった。
「正直……機械人形だからといって、うちにない建造物のことを知っているのは違和感を覚えたんだよな。それにシャットダウンの直前に言った『寒い』、『痛い』って言葉も引っかかる。人格が混ざっているときみたいな症例にも似ていたし……」
「あの子、本当に二十二世紀に造られた機械人形なのか……?」
マコの疑問を聞き逃さなかったルナは「何が言いたいわけ?」と眉を顰めて言った。
「……」
マコは一考してから口を開いた。
「後天的に機械人形になって、前はそういった環境で暮らす種族だったんじゃないかってことさ。フレディの言っているバグっていうのも、その……前の種族だった頃の記憶って可能性も捨てきれない」
「……仮にそうだったとして、あんたはフレディがどういう種族だって考えるわけ?」
獣人の特徴に当てはまらず、オイルとはまた違った滴る何か。そして、この国にはない孤児院という建物を知っていて、二十二世紀を生きた種族といえば――。
「――ニンゲン……?」
「まさか!」
ルナは疑惑的な目でマコを見た。その視線が気に入らなかったのか、マコも顔をしかめ「……ただの予想だよ」と告げる。
というのも、『ニンゲン』という種族はとっくに滅んでしまっているのである。何が原因なのか、知っているものは限られているのだ。
「仮に……仮によ? フレディがニンゲンだったとして……マコ、あんたは治療をしてあげるの?」
「メアリーたちと約束もしたし、それに……本人が治療を強く望んでいるのなら、俺には完治までの手助けをする義務がある」
「ルナ。良かったらラボの一室にしばらく泊めさせてくれないか?」
なるべく間を空けずに診察をしたい旨をルナに伝え、マコは深々と頭を下げた。
それに対してルナはすぐに返事はしなかった。暫くの沈黙の後、マコに頭を上げるよう言った。
「部屋の文句は受け付けないからね」
マコはすぐに顔を上げ、ぱっと顔を輝かせると何度も彼女へ礼を述べるのだった。
部屋を借りられることにはなったものの……マコの中にはまだ、拭えない疑問が残っていた。それは、フレディが本当にただの機械人形なのかどうか。
答えを求めるように、マコは端末を取り出してある番号へ電話をかけた。
数回のコールの後に「もしもし?」と凛とした声が応じる。
「姉さん? ごめん、突然電話かけたりして。久々に急患の診察が入ってさ……暫く家の方に帰れそうにないって伝えておきたくて」
「そうなの? 手伝わなくて大丈夫?」
「今のところは――……あぁいや、一つ聞いておきたいことがあったんだ。今、大丈夫?」
「問題無いよ。そろそろ万事屋を閉めようと思っていたくらいだし」
姉の返事を聞き、マコは少し息を整えてから話題を切り出した。
「姉さん……確かニンゲンについて多少知ってたよな……その……絶滅したって、本当?」
最後の方になるにつれ、段々と覇気が無くなっていく。こんなことを聞いて、変に思われないだろうかと不安がよぎった。
しかし電話の向こうから返ってきたのは冷静な声だった。
「……ニンゲンは数百年ほど前に滅んだとされているわ。ただ……何かしらの形で生きている可能性もあると言われてはいる。確証はないけどね」
マコが返答に詰まっているのを察したのか、姉は静かに彼の名前を呼んだ。
「あんた、その急患さんと何かあったでしょ」
図星だった。実は近くにいるのではないかと思う程の勘の鋭さに、マコは苦笑した。
「あんたは何かあると段々声が弱くなっていくからね……すぐ分かっちゃうのよ。今日は手伝ってやれないけど、終わったらそっちの方に専念できるから。出来る範囲で、その急患さんの情報をまとめておいてくれないかしら」
「……いいの?」
そう尋ねると、姉は笑って言った。
「弟の助けを無視するほど薄情な姉じゃないわよ」
「そろそろ切っても大丈夫?」と聞かれたマコは、「姉さん」ともう一度だけ呼びかけた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」と短い返しで電話は切れた。
「……」
確証があるわけではないが……何かしらの形で生きている可能性もある――。
それが姉の勘なのか、文献に記されていた知識なのかは分からない……だが、どちらにせよ嫌な予感がした。
マコは姉ほど勘が鋭いわけではない。しかし、それでも確かに心の奥底で何かがざわつくのを感じていた。