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診るべきもの、診えぬもの

 蒸気機関が唸りを上げ、獣人たちの活気が入り混じる街、神々廻のメカニカルタウン。機械技術が発展したこの特異な場所で、半妖の精神科医・六道マコは、旧知の科学者ルナからの依頼で路地裏で保護されたアニマヒューマノイドの「診察」。

 獣を模した機械人形が訴える「バグ」の正体を探るため、マコは自身の持つ特殊な力――他者の心の奥底に触れる能力を使おうとする。しかし、機械に心は宿るのか?  

 そして、診察の最中に感じた、拒絶とも取れる奇妙な反応の先に待ち受けるものとは――?

 神々廻(ししば)の中で最も機械技術が発展し、街のあらゆるものが機械で設計されているメカニカルタウン。

 ゲートを潜れば至る所に無機質な建物が整然と並んでいるのが見え、蒸気をエネルギーに走る乗り物が甲高い汽笛を鳴らして通りを抜けている。その他にも、獣人(じゅうじん)たちが互いに発明した物を自慢しようと活気に溢れた声、欲しいものを手に入れようと値切りに勤しむ市場といったものもあり、異質ではあるが不思議と調和のとれた場所だ。

 マコが向かったのはタウン随一の技術力を誇る、ハルモギアラボと呼ばれる施設であった。所長であるルナ・ハルモとは長年の付き合いで、度々呼び出されることがある。

 そんな彼女からの連絡に、マコは違和感を覚えていた。

 通常であれば「見てほしい」と書くはずのメッセージが「診てほしい」となっていたこと。ひょっとするとあれは変換ミスではないかと疑ったマコだが、本人に会えば分かるだろうと目の前にそびえ立つ建物を見上げた。

 自動ドアが開き、ラボの中へと入る。廊下を抜け、所長室の前に立つと、数回ノックして扉を開いた。

「ルナ、来たぞ──」

「遅い‼」

 開口一番、ルナの怒声が飛んでくる。

「悪かったって……」

 あまりの剣幕にマコはたじろぎながら謝罪を述べた。

「早速聞きたいんだが、あのメッセージって変換ミスか?」

「違うわよ、ホントに()()()()()の」

 そう言ってルナは端末をマコへと渡した。端末には獣人によく似ているものの、どこか無機質さを感じさせる青年の姿が映っていた。

「三日前、資材売り場のエリアに用があって出かけたのよ。その帰り道に、路地裏で四人のアニマヒューマノイドが倒れてたのを見つけたから、回収したの」

「アニマヒューマノイド……?」

 聞き慣れない単語を耳にして困惑したマコは、ルナの言葉を復唱した。それに対して、ルナは「獣人をモデルにした機械人形よ」と情報を簡潔に伝える。

「……それで?」とマコは彼女に続きを促した。

「リチャージをして起動した一人が妙なことを呟いているのよ。バグがあるとか何とかって。最初はあんたのお姉さんに相談しようかと考えていたんだけど……医者としての観点もほしくてさ」

「あんた、(さとり)っていう妖怪みたいに他人の心が読めるでしょう?」

 ルナの指摘にマコは漸く端末から顔を上げた。

「確かに読めるが……前提として機械に心がないと流石に無理だぞ」

「でも、あんたの力って思考の読み取りだけじゃないわよね」

 ルナは端末を持っているマコの手を見つめて言った。

「ただ内なる感情を読み取るだけなら、覚にも出来る芸当……でも、あんたの場合はもっと深く踏み込める。例えば、心の奥底に封じられた記憶とかね」

「……」

 マコは再び端末へ視線を戻した。

 ルナの言うことは的を射ていた。自分の力はただの表層的な読心だけでなく、対象が無意識に隠している記憶や感情にも触れられるというものだった。しかしそれは()()()()()にしか通用しない。仮に対象の機械人形に心があったとしても、それは魂に刻まれているものなのか、それとも蓄積されたデータによるものかで話も変わってくる。

「こればかりは試してみないと分からないな」

「とりあえず会ってみて。案内するから」

 マコは頷いてからルナの後を追った。


 部屋の前にはスタッフボットが警備兵のように立っていた。ルナがそのスタッフボットに声を掛けると、スタッフボットは一礼してから扉の前から離れた。

 開かれた扉から少しだけ部屋の様子を窺うと、「……誰だ?」と警戒を孕んだ声が聞こえた。

「……!」

 クマの獣人の姿自体は見慣れたものである。だが、ベッドの上で読書をしていた青年の耳には、柔らかさを感じられず、むしろ機械特有の冷たさが際立っていた。

 あれがアニマヒューマノイドなのかとマコは息を呑んだ。しかしすぐに深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから部屋へ足を踏み入れた。

「初めまして、俺は六道マコ。半妖(はんよう)の精神科医だ」

「ハン、ヨウ……?」

 首を傾げるアニマヒューマノイドを見て、マコは自身の首元から見える鱗を指した。

「蛇の鱗があるの、分かるかな? 見た目は獣人なんだけど……妖怪の血が混じっていてね。変わった力を持ってるんだ」

「試しにキミが思っていることを当ててみようか」とマコは桔梗色の目にアニマヒューマノイドを映した。

「……そういえばルナが心の読める精神科医だと言っていたな、本当にそんなこと出来るのか……」

 アニマヒューマノイドは目を丸くさせてマコを見た。

「出来るのさ、これが。まぁ……俺のことはこれくらいにしておいて、キミの名前を教えてもらってもいいか?」

「……私は、フレディ」

 名を名乗るフレディの声はしっかりとしている。マコがルナに視線を送ると、彼女は渋い顔をしていた。

「――キミなら、彼女にも直せなかった私のバグを直してくれるのか?」

「それは……まだ分からない。だから、キミの言うバグが何なのかを教えてもらえると助かる」

「……分かった」

 フレディが語る内容は、マコにとって興味深いものだった。プログラムの設定上、自分の意志で外に出ることができないこと。だが彼のメモリーには、獣人ではない()()の記録が刻まれていること。

「オイルとは違う、赤い液体が垂れていた気がする」

 それを聞いたマコは眉を顰めた。

「その記録を見せてもらうことは?」

 マコが尋ねるとフレディは困惑した様子でルナを見ていた。

「……再起動前にこっちで確認したわ。でもそんなデータは何処にもなかった」

「そうか。でもそれがフレディにとってバグなんだな?」

 マコの質問にフレディは小さく頷いた。その様子を見て、暫く考えた末にマコが手を差し出す。

「……? 何を……」

「あぁ、俺の診察は特殊でね。さっきみたいに目を合わせて心を読む他に、手を繋ぐことでキミの心の奥にまで潜り込めるんだ」

「フレディ、ものは試しでやってみたらどう?」

 迷っていたフレディだったが、「よろしく頼む」とマコの手を握り返した。

 しかし次の瞬間――バチッと静電気が爆ぜるような音と共に二人の手が弾かれる。

「……成程」とマコは小さな声で呟いてから、フレディの身を案じた。

「私の方は大丈夫だ……マコは?」

「問題無いよ」

 二人の様子を見ていたルナがマコの肩をグッと引いて「どういうことよ」と囁き尋ねる。

「拒絶されたのさ。今はまだ、心の奥まで覗くことは許されてないってこと。こういうのはよくある」

「ただ……」と続けざまにマコはルナに囁き返す。

「機械にもそれが適応されるとは思わなかった。彼自身のセキュリティ? とかが働いてる感じでもない……」

「何よそれ……」

「どうしたもんかね……」

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