受け継いだ光
フレディを巡る一連の事件も幕を下ろし、彼は内なる世界で過去の自分との別れを経て、かけがえのないものに気づく。
フレディはこれからどのような物語を紡いでいくのか……。
「フレディたち、大丈夫かなぁ……」
ポツリと呟いたパレッタの声に、フォルテがすぐ反応する。
「……大丈夫だよ。ルナさんが言ってたろ、マミさんとマコさんなら、必ずフレディを連れて帰ってくるって」
「そうだけどさ……」とパレッタは唇を噛んだ。
ほんの少し前まで、当たり前のように隣にいた家族が、今はいない。
不安が、着実に形を変えて膨らんでいた。
「――フレディは……父さんが悪いヒトだって、どこで気がついたんだろうね」
フォルテは手元にあったマグカップへ視線を落とした。
「今更って感じだけどさ……家のルールに対して、やけに厳しいなって思うところはあったんだよね。外出のこととか特に……」
信じていたものに疑問を持ったとき、胸に残るのは疑念か、それとも……。
「……一度、ちゃんと話し合わないと」
うんうんとパレッタは頷いた。
「これからどうしていくのかも、皆でな!」
「……そうだね。僕らに血の繋がりはないけど……家族なのに変わりはないから」
フォルテが言い終えたその時だった。彼は何かを感知したのか、耳をピクリと動かした。
「どうかしたのか?」
「今、ラボの入口の方から声が聞こえた」
「もしかして……!」
フォルテとパレッタは慌てて席を立ち上がり、弾かれるように廊下へ駆け出した。
……二人がラボの入口に辿り着いたとき、既に何人かの姿があった。
メアリーを抱きかかえたまま何かを話しているルナ。そんな彼女らの近くにはマミとマコ、更に――。
「……フレディ‼」
駆け寄るフォルテとパレッタ。
しかしフレディの様子はどこかおかしかった。ぐったりと頭をマミの肩に預けて彼女に背負われている。
「フレディ? どうしちゃったんだよ……」
パレッタの声は震えている。フレディから反応が返ってこないことに、場の空気が凍りついた。
「まさか……」とフォルテの表情から血の気が引いていく。
そんな中、マミが少しだけ申し訳なさそうに口を開いた。
「実は……こっちに戻ってくる途中で、バッテリー切れを起こしてしまったみたいで……」
「……バッテリー切れ……」
フォルテはその言葉を繰り返しながら、その場に座り込んでしまった。
「よかったぁ……」
「驚かせてごめんなさいね」とマミは謝っていた。
その間にルナは一旦メアリーを下ろして、フレディの状態を確認していた。
「バッテリーの方はリチャージすれば問題なさそうね。目立った外傷も……教えてもらった声帯部分だけみたいだし、私の手にかかれば一瞬よ。マミ、悪いけどそのままメンテナンスルームに運んでくれる?」
「えぇ」
マミは頷いてから「じゃあ」とスタッフボットの先導に従って、フレディをメンテナンスルームへと運んで行った。
残されたマコたちは、その後ろ姿を言葉もなく見送っていた。
「……姉さんが戻ってきたら、俺も一旦帰るよ」
マコの言葉に、メアリーが寂しそうに言った。
「マコ、帰っちゃうの……?」
マコは腰を落とし、メアリーと視線を合わせる。
「ごめんなぁ、メアリー。俺も色々やらないといけないことがあるんだ」
「でも」とマコは続ける。
「またすぐに会えるよ。フレディが目を覚ましたら、そう伝えてくれないか?」
「……うん! 任せて!」
メアリーの明るい答えにマコは安堵の表情を浮かべ、腰を上げてルナの方を向いた。
「ルナ。色々助かったよ、ありがとな。今度来るときは、姉さんと一緒に菓子折り持ってくる」
「別に気にしなくてもいいのに……あ、そうだ。手帳、返すわね」
ルナは白衣の内ポケットからマコの手帳を取り出し、彼に返した。
「じゃ、私はフレディの修理に行くから!」
そう言ってルナは白衣を翻し、メンテナンスルームへと向かった。……彼女はタウン一の技術者だ。フレディのこともすぐに直せることだろう。
ルナの背を見届け、マミが戻ってきたのを確認したマコはフォルテたちへと再び向き直った。
「……さっきも言ったけど、またすぐに会えるから。何かあったらいつでも連絡してくれ」
「マコさん、マミさん……本当にありがとうございました」
フォルテが深々と頭を下げる。それに倣うように、パレッタとメアリーも揃って頭を下げた。
「そうだ」
マミは「何もないのが一番なんだけど……」と言いながら名刺を一枚取り出し、それをフォルテへ渡していた。
「何ですか、これ?」
「私が経営してる万事屋の名刺。どんな依頼も受け付けてるから、いつでもどうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
一区切りついたところで、マコが言った。
「……それじゃあ、そろそろ失礼するよ」
「またね」
マミとマコは手を振りながらラボを後にした。フォルテたちも、その背中が見えなくなるまで手を振り続けていた。
……互いにこれといった言葉を交わすことなく並んで歩いていると、マミが口を開いた。
「……別に、フレディくんたちの傍にいてもよかったのよ?」
夕暮れの光が舗装の割れ目に淡く差し込んでいる。マコはその光を見つめながら、「うーん……」と返していた。
「……まぁ、久々に家に帰りたいとも思ってたし。それに……報告書の作成するなら、俺もいた方が良いかと思って」
マミはそれを聞いて、マコの頭をクシャクシャと撫で回した。
「何だよ急に」とマコが抗議の声を上げるも、マミは笑って躱した。
「んー? 深い意味はないわよ。ただ仕事を頑張った弟を褒めたかっただけ」
「……てっきり、姉さんは俺をアベルの所に連れて行かないと思ってたよ」
「来るなって言っても、聞かないと思って」
「そうでしょ?」とマミは聞き返す。それにマコは苦笑混じりにこう答えた。
「姉さんの怪我しても安静にしない、悪い癖が似ちゃったな」
「言ってくれるじゃない」
マミはまたマコの頭を撫でた。その直後、夕暮れを知らせる鐘が鳴り響き、今日という一日の終わりを告げていた。
――柔らかな光の空間に「大丈夫?」とかつての自分の声が響く。
「!」
フレディはそれに応えようと口を開いたが、青年に「無理はしないでいいよ」と止められた。それどころか「……ごめんね」と謝られてしまい、彼はその理由が分からず首を傾げた。
「……記憶を思い出してほしくて、僕はキミに何度も不具合を生じさせた。結果的にキミは記憶を思い出したけど……また、死ぬところだったから」
「……」
フレディは静かに膝を折り、青年を抱きしめた。
「フレディ?」
「キミが……教えて、くれたから……今回は、家族を守れた。だから……キミを責める理由は……何もない、よ」
青年の瞳から涙が溢れた。そしてその姿が――徐々に光の粒となって溶けていく。
「思い出してもらえて、本当によかった。さようなら……フレディ」
その言葉を最後に光は消え、眩しさがフレディの瞼を揺らした。
「……」
いつの間にか見慣れてしまった天井が視界に入ってくる。目線を窓の方へずらすと、朝日が差し込んできていた。
「――目が覚めた?」
「ルナ……」
フレディは驚いて自身の喉元を触った。不愉快なノイズが、ない。
「ボイスボックス、新調しといたの。違和感とかある?」
フレディは首を横に振った。
「前より声が出しやすいよ。ありがとう」
「どういたしまして」
「ルナ……他の皆は?」
ルナは声は出さずにフレディの近くを指さした。彼女の指先を追ったフレディは「あっ……」と僅かに声を漏らす。
フレディの周囲には、フォルテ、メアリー、パレッタの眠る姿があった。
「皆、フレディが起きるまで起きとくって張り切ってたんだけどねぇ……」
苦笑混じりにルナは「まだまだお子さまね」と呟いていた。……彼女の目元にはうっすらと影が落ちており、どこか眠たそうであった。
「……ごめんなさい。僕のせいで、また迷惑を――」
「子供がそんなこと気にする必要はないの。……感情があるって、自分で気づけたでしょ?」
「……!」
フレディはその問いを聞き、胸元を押さえてそっと目を閉じた。
そして――小さく、けれどしっかりと頷いた。




