裁きの刃と優しい手
緊迫した状況が続く中、力を合わせるマコとマミ。果たして彼らはフレディを救い出せるのか、そしてアベルの計画を止められるのか……。
静まり返った空間に響くのは、アベルの重く揺れる呼吸音だけであった。
「一応聞いておくが……これで勝ったつもりかい? 私が直接手を下さずとも、あの子を囲む機器が私の命令一つで働いてくれるんだ。この部屋全体が私の手足といっても過言じゃない……最後に笑うのは――」
アベルが言いかけた瞬間、不意に何かが崩れる音がした。
「――最後に笑うのは……誰ですって?」
その一言と共に、アベルの目の前へ破壊された解体道具が転がってくる。彼は道具を破壊した者が何者なのか一目見ようと顔を僅かに上げた。
「……女……?」
「……姉さん」とマコが呼びかける。
「マコ……まずはフレディくんの安全を確保してから動いた方が良かったんじゃないかしら」
「ねぇ?」と同意を求めるようにフレディへ声をかけるマミ。
……マミの手には刀が握られていたが、彼女はそれをフレディの視線に入らないよう器用に納刀していた。
「ほら、あんたもこっちにおいで」
マコは一歩も動かなかった。
「……まだこいつが何か隠してるかもしれないだろ」
「大丈夫よ」
マミはアベルを睨みつけながら言った。
「流石の天才様も……もう策は残っていないだろうから。心配なら覗いてみてごらん」
「……」
マコは暫くアベルの目を見ていたが、やがて彼の思考が読めたのか、傍を離れた。
マミはマコが戻ってきたのを確認してから、アベルの前に無言で立った。彼女の視線は冷たく、容赦を一切含んでいない。
「アベル・ヌーマイト。貴方の所業は到底、看過できるものではありません。外に烏天狗警察を待たせてあります……御同行、願えますね」
淡々と告げるマミの声音には、私情も怒りもなく、裁きの宣言のみであった。
「……行けばいいんだろう、行けば」
アベルは面倒くさそうに肩を竦め、立ち上がろうとする。マミはその動作を見守った後に彼の手を取り、無理なく歩かせるよう先導した。
「惜しかった……まさか一手先を行かれるとは。キミらみたいな変な連中の情報も学習してたつもりだったんだがね……」
ぼやくように呟くアベルに、マミは返事を返すことなく無言のまま部屋を後にした。
……再び静寂が訪れた部屋には、マコとフレディしか残らなかった。
「フレディ……!」
マコは手早くフレディの拘束具を外し、彼の肩を支える。
「……大丈夫か、フレディ」
マコの問いかけに、フレディは小さく頷いた。声が出せなくとも、彼の表情が全てを物語っている。
「……本当に……間に合って良かった……」
マコはそっとフレディの頭を撫でた。彼の左手には、微かに血が滲んでいる。拳を振るったときの痕だろう。
フレディはマコの手元を見てから、彼に抱きついた。
「……怖がらせちゃったかな」と呟くマコの言葉を否定するように、フレディは何度も頭を横に振っていた。
外に出ると、ちょうど烏天狗警察の車両である朧車が建物の前に停まっていた。黒と灰の羽を持つ彼らは既に待機しており、マミの姿を見るなり軽く一礼をする。
「……ルナ・ハルモ嬢からハッキングとやらの被害に遭ったという連絡は頂いてましたが……もう全部終わってる感じじゃないですか。これ、自分たちが来る意味ありましたか? マミ」
墨色の瞳を細めて大柄な烏天狗――アオバが文句を垂れた。
「……おや」
アオバはマミの背後――マコの隣に立つフレディへと目を向けた。
「……弟くんの隣にいる、その子は?」
「えっと……」
どう説明すべきか、マミが悩んでいるとアベルが口を開いた。
「――彼は獣人をモデルにしたアニマヒューマノイドだよ。私が気まぐれで作った試作品で、何も知らない子供のようなものさ」
どこか嘲るような口調だったが、マミはそれに乗ることはしなかった。
マミはアオバにそっと囁く。
「今回、ちょっと特例なの。報告書は全体用とアオバ個人に分けて送るから」
「……分かりました。よろしくお願いしますよ、我々はこれで失礼します」
マミは深々と頭を下げてから一行を見送り、ふぅ……と息を吐いた。
「とりあえず……一段落、かしら」
「姉さん。フレディが大丈夫かって」
マミは僅かに目を丸くさせたが、すぐにそれを取り払って微笑を浮かべた。
「ありがとう、大丈夫よ。フレディくんが心配することも、もう何もないわ」
それを聞いてフレディは小さく肩を落として、安堵の息を吐いた。
「……もしかして……声が出ないの?」
マミの問いかけにフレディは口を動かすが、ノイズ音しか出なかった。その代わり、マコの端末が通知音を鳴らした。
それに気づいたマコが画面を確認し、渋い顔で答える。
「アベルに攫われる直前、スタンガンを当てられて声帯部分がおかしくなったらしい。完全に壊れた感じじゃないみたいだけど、発声が難しいみたいだ」
「……それはルナに診てもらわないといけないわね。あと、気になったんだけど……」
マミはマコの端末を覗き込んで尋ねた。
「……それ、何のアプリ?」
「これ? ルナにいつの間にか入れられてたやつ。まぁ、俺とフレディたちを繋ぐ連絡用……みたいな。結構役立つ」
そう言いながらマコは軽く端末を振って見せた。
「そうね……」とマミは画面に表示された位置情報のマーカーを見て、納得していた。
「姉さんは、一足先に家の方に戻るの?」
「いや? あんた怪我してるし、一人で任せるのはちょっと不安もあるから、一緒に行こうかなと」
マコは「あぁ……」と包帯に巻かれた自分の腕を見た。
「そういえばそうだった」
その一言に、マコの端末が再び鳴った。
「フレディ? 何々……『忘れていたのか』だって?」
「……ッフフ……」
マミは口元を押さえて何とか笑いを堪らえようとするのに対し、マコは恥ずかしそうに頬を掻いていた。
「キミを助けるのに必死だったから、つい忘れちゃってたよ」




