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ミシハセ  作者: 金子よしふみ
第二章
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考えてしまう

 全国ニュースをつけていた。民宿の部屋のテレビでは、その日の事件や事故、スポーツ、芸能の他に特集のコーナーがあった。

「近海の密漁について」

 アナウンサーは原稿を見ずに言った。作屋守はザッピングを始めた。クイズ番組、バラエティ、クイズ番組、バラエティ、クイズ……

「このような違法行為が……」

 ニュース番組のチャンネルにしてしまった。もう特集は終わり、天気予報になった。またザッピングを二、三番組して電源を切った。

 パソコンを立ち上げて、デジタルカメラからデータを移した。新規フォルダを作って、今日の日付をフォルダ名にする。ダブルクリックで開くと並んでいる画像。すぐにフォルダを閉じた。ゴロンと寝転んで後ろ手に頭を乗せた。宿屋の天井。丸い蛍光灯がまぶしい。白熱の蛍光灯。目を細める。睨んだわけではないのに、あの少年の目が思い浮かんだ。瞼を閉じた。もう少年の目は消えた。瞼を開けた。あんな目をしていた時、それを思い出そうとして止めた。いや、別の事柄によって上書きされた。密猟。ミシハセは密漁者だった。漁村を営む人々にとって、漁場を荒らしにやって来る連中。排除すべき連中。たしかにそうかもしれない。けれど、と作屋守は一考する。漁業権とか組合とか、あるいは資格とかそういうものが現代はある。ところが、ミシハセと呼ばれる者がいた時代。それは船にエンジンをつけているわけではない時だ。現代の概念を前提にしてはならない。とはいえ、漁民の日常に介入してくる、他からの漁猟者、あるいはミシハセは非日常たる存在のはずだ。そこに恐怖や忌々しさや拒否反応が現れたとしてもなんら不可思議なことではない。不可思議なのはそうまでして他の漁場にやって来るミシハセの方だ。

「だとしたら、」

 作屋守は身の回りの非日常が何なのか列挙してみることにした。祭り、結婚式(彼のではない、あくまで事例として。友人や親せきの結婚式に参加したことがあって)、葬儀(これも、もちろん彼のではない、親戚の葬儀に参列したことがあって)、アウトドア、他には。いくつ案が浮かんでから、

「あ、出張」

 今まさに非日常に身を置いていると失念していた。朝起きてから出勤退勤、帰宅就寝の日常からすれば、出張していること自体が日常ではない。宿周辺の空気感や方言、食事の味付け、または彼が知らない当地の暗黙のルールなんか。

「いやいや」

 笑いが引きつった。宿の主人がミシハセだろうか。案内してくれた役所の担当の人がミシハセだろうか。そんな想像がちらりと頭をよぎった。

「いやいやいや」

 笑いが苦くなった。そうか、と。自分にとって来訪したここは非日常だが、当地の人々にとっては全く非日常ではない。むしろ、やって来た自分自身の方が非日常だ。ミシハセなのだ。

「俺が、か?」

 重い体を起こした。キンキンに冷えたビールをガブ飲みしたくなった。その後でヘドバンでもやったろうか、とさえ思った。きっとやらないが。卓の上に飲みかけのペットボトルがあった。ほうじ茶である。すっかり常温で放置されている。

「ミシハセの俺に乾杯」

 いっそのこと大笑いしてくれと思いながら、三分の一残っているそれを一気に飲み干した。パソコンの画面を見つめ、マウスを動かして、キーボードを叩いてみたが、すぐにシャットアウトした。鞄から財布を取り、中身を確認してからズボンのポケットに突っ込んだ。スマホをもって、部屋を出た。飲みに行くのである。


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