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ミシハセ  作者: 金子よしふみ
第二章
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ランチを思い出す

 部屋に通されて、一息二息ついて彼はスマホをタップした。

「鬼じゃん」

 ウィキペディアのミシハセのページを検索した短い感想である。どことなく合点がいった気になってスマホをテーブルの上に置こうとして、取り直した。続けざまに検索してみた。

「……まじ?」

 言葉に詰まってしまったのには理由がある。作屋守はランチのことを思い出したのである。午前中の調査を終え、向かったのは島でも数少ないフレンチの店だった。高級で手が出ない所ではないと、市役所の担当者が時間があったら連れて行って差し上げようと言った店、一言でまとめれば気になったのだ。休憩がてらに検索してみたら、実際お手頃価格でせっかく来たのだから当たりだろうが外れだろうが話のネタの一つになりそうと思った店。Aランチは島内の牛肉を使ったコース、Bランチは魚料理。肉に惹かれないことはなかったが、島なんだから魚だろと理屈にもならない思い付きで選んだ。そのムニエルは、店主からはマゴチだと紹介された。ナイフでほろりと切ると白身だった。さぞかしたんぱくなのだろうと、やはり牛肉のしっかりとした歯ごたえにすればよかったと若干の後悔がよぎらなかったわけはない。雑なナイフ裁きの小片をフォークに刺してあまり開かない口に入れた。目の色が変わった。たんぱくでもパサついてもいなかった。白身なのにしっかりとした肉感と濃厚な味。バターのせいかと思おうとしたが、二口三口と噛むと確かにこれは身の美味さだとわかった。鍋の鱈は美味い、というよりマゴチを食った後からするとあったかくなると言いなおした方が良い気がした。ヒラメ、確かに煮つけは美味い。鯛、炊き込みご飯がいいな。スズキとかは寿司かな、なんて思うことは泡沫だった。ムニエルを食べ終わる頃には肉を食った後と大差ないくらいの腹の満ち方になっていた。足りなかったら肉料理を単品で頼もうかなどと思っていた数分前の自分に反省を促す心持ちにさえなった。これまでマゴチなんて魚は食べたことがなかった。魚に詳しいわけではないから、飲み会とかで摘まんだ魚の中にそれがあったかもしれないが、作屋守の記憶のある限り初めてだ。というより、彼はこのフレンチのムニエルをマゴチ初体験としておきたかった。

 その時は思いもしなかったのだ、マゴチを検索してみようとは。魚なぞその身を食ったところでいちいち顔も体も調べようとは思わない。マグロなんかはテレビの特番をたまたまつけたときに放送しているのをちらりと見て、こんな成りなんだと漠然と思ったことはある。水族館で何種類かは見たことはあるだろう。イカもタコも知っている。イルカは知っているが食わない。サメも知っている。食えるが臭いと聞いたことがあるので食いたいとはこれまで思ったことはない。肝油は食べたことがある。サンマは細い。ヒラメとカレイはどっちがどっちかわからない。刺身も焼き身も美味いものを食ったことは数えきれない。それまでだった。どんな種類の名前かどんな姿か気にもならなかった。

 調べなければよかったなんて、あまりにも俗すぎる。後悔先に立たずと言ったところで、だからなんだと嘆きにもならない。気になったから調べた。ミシハセを調べたついでに。納得しようがしまいが、結果が事実である。作屋守の無念さなどマゴチの知ったこっちゃない。かのものはとっくに釣られ割かれ焼かれ食われたのだ。胃酸に溶かされ、人間の血肉にされたのだ。恨むならマゴチの方が主語である。作屋守は画面のマゴチのいかつい顔を見ながら、あの味を必死に思い出した。

 検索を終わりにした。生きているマゴチはそれはそれ。ムニエルに化けたマゴチは本当に美味かった。作屋守にとっては皿の上のマゴチが納得のできる魚とすることにした。海の中にいるマゴチを彼は知らない生き物とすることにした。


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