記憶
ガバっと起き上がって辺りをキョロキョロと見る。朝になっていた。そこは、自分の寝泊まりしている宿だった。リサはいない。浴衣はこの宿のものだ。いつ帰ったのか記憶がない。それどころか、あの昨晩から帰るなんて無粋だし男の名折れだ。できることは記憶をたどることだけ。
リサとの一夜は確かに思い出せる。暗くした部屋で声を殺しながら、それでも漏れる吐息が作屋守をより強い男にした。いや、男を強くしたいと熱烈な願望にさいなまれつづけていた。口づけしたあたりからではない。部屋を暗くして抱擁、リサの浴衣の帯を緩めたその時からずっと、だ。今でさえもその動悸をぶり返させることもできる。
己の気負いばかりではない。夢のような、映像のような、ヴァーチャルのような、けれども絶頂の体感は間違いない。それどころか、作屋守のこれまでの人生の中で、昨夜ほど満ち足りた体感はない。その絶頂は快楽とか悦楽とか愉楽とか一語に等価するのは違う気がした。そういう感覚がすべて内包された一部でしかないほどに感じられた。近いとするならば、欲の果てにもかかわらず無欲に委ねきった浸り、そんな一瞬だった。この時のためにこれまでの人生がすべてあったと言っても過言ではないくらいだ。これからの人生で同じ体感を求めてしまうことが怖くなるほどだ。罪や罰になるかもしれないと言う予想が恐れさせるのではない、そんなものは微々たるものだ。どんな対価を支払えばそれができるというのなら、魂を食われてもかまわない、六道輪廻を永劫さまよい続けても構わないとさえ思えるくらい。
いや違う。そんなことさえ思いもつかなかった。あの瞬間がすべてだった。神も仏も悪魔もいない。人ならざる者との交わりなんて安直すぎて吐き気がする。宇宙まで突き抜けた、とかそんな文句は下世話でしかない。天まで上る、という通りになるならばその天とやらはこの宇宙空間の遥か見果てぬ先にある別の宇宙、あるいは位相を異にする別の時空間とでも呼んでおかないと割に合わない。巨大地震が来たらとか、隕石が落下したらとかどうしようもない自然現象が今まさに起きてこの生が終わる、そういうこともちらりとも頭をよぎらなかった。本当にリサといる部屋の時空がすべての有だった。そこだけが切り取られてそれこそ宇宙をさまよっているとか、海中を漂っているとかそうなっていたとしても、作屋守は一向にかまわなかった。無論、そんなことを考えたのは素面になってからだが。
そんな奇特な時があったというのに、宿で寝ていたというのがどうしても釈然としなかった。思い出せる、この動悸は怒りだ、己に対する。宿の主に何時に帰って来たか聞くか、いや恥ずかしい、というか「いついつですよ」と言われたからと言って納得できる類の話しじゃない。時計を見る。朝飯を食って、身支度を整えて、仕事へ行くには少し前の時間だ。とはいえ、身支度に少々時間を費やすかもしれない。だから、起きてしまった方がいい。カーテンを開ける。晴天だ。この朝陽を浴びるのはこの日が最後だった。




