ep9 異世界人とは
深夜に帰宅した博音のスマホへ着信が入った。
ベッドに座って応答ボタンをタップすると、夜中にも関わらず元気な声が聞こえてきた。
「おつかれっ!」
「おつかれっ、じゃないわ!お前の連絡待ってたんだぞ!?」
「ああ〜悪い悪い。ちょっとバタバタしててさぁ〜」
友人の仲井は悪気なく笑った。
そう。彼こそまさしく博音を『BAR異世界』へと導いた張本人だ。
「てゆーか、異世界人の集まるバーって何なんだよ?」
さっそく博音が詰め寄る。
「仲井は知ってたんだよな??」
「異世界人?なにそれ?」
「えっ、仲井は知らないの?」
博音はドキッとする。
実は『BAR異世界』で働くにあたって、店内での事は守秘義務があり、誓約書にサインをした上で口外しないようにと釘を刺されていたからだ。
「ええと、今のは、ナシで......」
「なあヒロ」
「な、なに」
「うっそぴょ〜ん」
「はっ??」
「おれも知ってるよ。『BAR異世界』のこと、異世界人のこと、伏見ヨーコさんのこともな」
「おまえ......マジでビビったわ!」
ほっと安堵して博音は大きい息を吐いた。
「わりーな」
仲井の口調はまったく謝罪も反省も見えなかったが、博音は諦めた。
コイツはこういう奴だ。
「まあいいよ。とにかく、異世界人なんてものが本当にいて、国が保護しているなんて、まったく知らなかったよ」
ヨーコの説明によれば......。
なんと、異世界人に関する記録は、古い物で平安時代にまで遡ることができるという。
それこそ民話や伝承に登場する妖怪の中には、異世界人を表しているものも少なくないんだとか。
......何らかの超常なる理由と現象により、こちらの世界に迷い込んできた異世界人たちは、すでに我々の世界へすっかり浸透していたというわけだ。
驚愕するしかなかった博音に、ヨーコはこう言っていた。
「では、人ならざる異世界人が、果たしてこちらの世界で安全に平和に暮らしていけるのだろうか。人間に近い外見の吸血鬼ならまだしも、イフリートなどは明らかに人間とは容姿が異なる。
しかも彼らのほとんどは魔力と能力を失ってしまっている。せいぜい僅かな名残り程度のものしか残っていない。不死身のモリコは極めて例外なんだ。
ここまで言えばもうわかるよな。
悲しいことだが、もはや戦う力が残っていない彼らはかつて迫害を受けていたんだ。古い時代の話だがな」
そこで彼らを保護しようと動いた者たちがいた。
実はその中心にいたのが、ある神社の宮司だった。
「細かいことについては諸説あるが......いずれにしても、それが発端となり、やがて全国の稲荷神社で異世界人たちの保護活動をすることになったんだ。明治以降は国や行政も協力する形で行われている。といっても『異世界人保護』は表に出さず、表向きはあくまで社会福祉事業の一環とされているが」
なんでも、異形の彼らに『人間の姿に変幻する術』を授けているのも稲荷神社とのことだ。
その『術』とやらの詳細は謎だが......。
「そ、そうなんですか......」
説明を受けた時、博音はただそう返事するしかなかった。
正直なところ、ヨーコの話を聞いても、今ひとつピンと来ていなかったのだ。
ただ、これだけはわかった。
この世の中には異世界人という存在がいて、密かに保護されながら我々と同じように生活をしている......。
そして博音はあることに気づいた。
「ヨーコさんはなぜ異世界人について知っているんですか?」
この質問に対する答えは簡単だった。
「アタシは神社の娘だ」
まさしくヨーコは異世界人の保護活動を行っている稲荷神社の関係者だった。
そして博音に『BAR異世界』のアルバイトを紹介した友人の仲井の実家も、稲荷神社だった......。
「実はうちの親と伏見ヨーコさんが前から知り合いでさ」
電話の向こうから仲井が言った。
そういうことは先に言えよ、と博音が当然のクレームを入れるも仲井はまったく悪びれない。
「ヘンに説明しても、何かと理由つけてヒロは断るだろ?」
博音はぐうの根も出なかった。
確かにそうかもしれなかったから。
わけもわからないうちに仲井が強引にすすめてくれたからこそ、ニート生活から脱することができたことは否めなかった。
「と、とにかく、今後は隠し事は勘弁してくれよな。ヨーコさんはヨーコさんであういう人だから強引だし」
苦し紛れに博音が言うと、わかったわかった、と仲井の笑い声がスマホのスピーカーから響いた。
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