ep7 ITリテラシーとは
「ちょっとヒロくんさん。聞いてくださいよぉー」
二時間が過ぎた頃、ヴァンパイアの森コウは、すっかり出来上がっていた。
あの勢いで赤ワインを飲んでいたら当然の結果だろう。
おどおどしていた人見知りは砕けた雰囲気に変化していて、色白だった肌も桃色に染まってきている。
「おーいモリコ。あんまり飲みすぎるなよ」
ヨーコの注意が入る。
とはいえ珍しいことでもないらしい。
森コウは、都内の某企業に勤めるごく普通の会社員だが、何かとストレスを溜めやすい性格なんだとか。
「私の職場、基本的にまわりはイイヒトばかりで、恵まれているとは思うんですぅ」
やや呂律がふにゃんとなりながら森コウが語り出した。
「良い意味で干渉してこない社内の人間関係も、私みたいな人間にとってはありがたいんですけどぉ」
森コウは残りの赤ワインをくいっと飲み干すと、博音に向かってキッと鋭い視線をぶつけた。
「私、なぜか社内のIT担当なんですぅ!」
博音は一瞬の間を置いてから「へっ??」となる。
そんなに大声を上げて言うことか?
さっきから今までずっと、精一杯の当たり障りない対応をしてきた博音もさすがに反応に窮した。
「ええと、それは...」と博音が言いさした時、ヨーコが横からぽんと肩に手を置いてきた。
「モリコの話、聞いてやんな」
ヨーコの笑顔に背中を押され、博音は森コウに話の続きをお願いした。
「私、職場では最年少なんですけどぉ」
彼女の話はそこから始まる。
「私以外はみんな良い歳のおじさんばっかりなんですよぉ。若い女性どころか、そもそも二十代の人間は私だけなんです。だからこそすごい気を遣ってもらってもいるんですけどぉ」
「そうなんですね」
「まあそこは良いんですぅ。私、どっちかというと同年代の同性が苦手なタイプなんでぇ。で、ここからが本題なんですっ」
森コウがやや体を乗り出す。
「私ね?」
「は、はい」
「オタクなんです」
「は?」
博音はすっとんきょうな声を出してしまう。
それが何なんだ?
「で、当然アニメとかゲームとか好きなんですけどぉ」
「は、はあ」
「つまり、私は社内で唯一の若者でオタクってことなんです」
「そ、そうですね」
とりあえず博音は返事をするが、一向に話が見えない。
森コウは博音をじっと見据える。
「もうわかりますよね?」
そう言われてもさっぱりわからない。
「あの、ええと、すいません......」
困った博音が申し訳なさそうにしていると、森コウの顔がくわっとなる。
「私、若者でオタクというだけで、勝手にITリテラシーの高い人間だと思われちゃったんですよっ!!」
「は、はい?」
「だーかーら!そのせいで社内のPCやらネットやらウェブ関係諸々を押し付けられてしまったんですぅ!!」
「は、はあ」
「なんですかその反応はっ!」
「す、すいません」
ついには博音のリアクションにまでケチをつけ出した森コウは、やにわにスマホを手に取って見せつけた。
「ほらっ、これ!」
「これ?」
「もう!なんでわからないんですかっ!」
森コウはぷんぷんとしながら、今度は隣の椅子に置いたバックからタブレットを出して見せる。
「これならどうですかっ!」
博音はタブレットをじっと凝視するが、やはりわからない。
「ええと......」
「ほらっ!」
回答を迫る森コウに、頭をフル回転させた博音が絞り出した答えは、何とも歯切れの悪いものだった。
「強いて言えば、両方とも古いモデルってことですかね......」
森コウの眼鏡がキランと光る。
「正解!」
「正解なんかーい!」
だからなんだと言わんばかりにツッコむ博音を物ともせず、森コウはまくし立てる。
「未だにこんな何世代も前の動きも悪い端末を大事に使ってる人間ですよ?てゆーか最新モデルが何かも知らないんですよ?
それにオタクって言っても、アニメは全部テレビ放送で観るし漫画は紙でしか読まないし!
ゲームに至っては私はレトロゲームオタクなんですよ?やってるのファミコンですよ?
音楽なんかCDで聴いてるし、好きなバンドはブルーハーツとビートルズですよ??
ITリテラシー高いどころか時代遅れの化石女なんですよっ!!」
ハァ、ハァ、ハァ、と肩で息をする森コウ。
そんな彼女に対して、博音が俄かに血相を変えた。
「ブルーハーツもビートルズも時代は関係ないですよ!彼らの音楽はいつまでも色褪せずその素晴らしさは普遍的なんです!」
音楽好きとして言わずにはいられなかったらしい。
だがその発言は、彼女の中の別のスイッチをオンにした。
「そんなこと言ったらレトロゲームこそ普遍ですよ!言うまでもなくマリオは初期から高い完成度を誇る歴史的名作だし、個人的に大好きな昭和六十一年九月二十六日発売のディスクシステム用ソフト『悪魔城ドラキュラ』は今でも神!音楽も神ってて今でもよくサントラ聴いてますよっ!!」
やっぱり吸血鬼なだけあってドラキュラ物が好きなのか、と一瞬だけ博音は思ったが、それは口にしなかった。
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