ep6 森コウ②
「イイ飲みっぷりですね......」
思わず博音は感嘆の息を洩らした。
ここまで赤ワインを美味しそうに飲む人間は、テレビ画面の向こう側以外では見たことがなかった。
「あ、あの、わわわ私、赤ワインがすごく好きで......」
飲み終えて我に返ったのか、森コウは途端に恐縮しだした。
「な、なんか、すすすいません」
「そ、そんな謝ることじゃないです」
奥手なふたりがどちらも悪くないのに謝り合っていると「ちーなーみーに」とヨーコが割って入ってきた。
「ヨーコさん?」
「モリコは赤ワインが好きなのであって、ワインが好きってことでもないんだ」
「そ、そうなんですか」
ヨーコはニヤリとし、森コウへ視線を転じた。
「モリコ。好きな食べ物は何だっけ?」
「あ、ええと......トマト、ニンジン、赤ピーマン、いちご、りんご、さくらんぼ......」
ここで博音は「ん?」となる。
「モリコさんは、赤い物が好きなんですかね?」
博音の何気ない一言だった。
深い意味などない。
ところが急にギョッとした森コウが、あたふたとし始めた。
「あの、いや、その、あの」
「あ、あの、も、モリコさん?」
博音もあたふたとする。
そんなふたりの様子を愉快に眺めながらヨーコが笑い声を上げた。
「悪い悪い。ふたりを困らせちゃったな!」
「ど、どういうことですか?」
博音の問いにヨーコは直接答えず、森コウに振った。
「モリコ。ヒロは昨日すでに火野さんと会ってるから大丈夫だよ」
森コウは「あっ」という顔をしてから、もじもじと博音を見上げた。
「あ、あの、ヒロくんさん」
「は、はい?」
なぜか博音は背筋をピンと伸ばした。
「わ、私......」
「はい......」
森コウは自分の髪の毛をいじりながら、視線を逸らし、恥ずかしそうに言った。
「ヴァンパイアなんです」
博音の目は点になり、火野の時と同様、昭和漫画のような古典的リアクションで仰天した。
「ば、ばばばば、ヴァンパイアなんですか!?」
今、目の前に座っている、地味ぃ〜な黒髪女性が、あのヴァンパイアだって?
「あっ!」
今になって博音は気づいた。
赤ワインが好きなのは、赤い物が好きなのは......そういうことだったのか!
「わわわ私が、赤い物が好きなのは、ヴァンパイアとしての名残りなんです。で、でも、あくまで名残りであって、今は実際に人間の血を吸ったりはしませんよ!」
森コウは必死に訴えた。
「今はせいぜい赤い物と、あとはレバー食べたりとかで充分なんでー!」
「そ、そうなんですね」
そうとしか反応できなかった博音は、あはははと愛想笑いを浮かべた。
昨日のイフリートに、今日はヴァンパイア。
今更だけど、すごいバイト先だよな。
博音は改めて実感した。
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