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ep2 ロックバー

 東京都杉闇(すぎやみ)区某所。

 指定の時間三十分前の午後五時半。

 来原博音は駅前に立っていた。


「そういえば、なぜかこの駅には降りたことってなかったよなぁ。わりと近いのに」


 目的地は駅から徒歩三分。

 時間に余裕はある。

 天気も良い。


「時間まで少し散策してみようかな」


 駅ビルは無いが田舎というわけでもない中途半端な東京の街を散歩してみる。

 何の変哲もない街。

 昔、有名な作家や役者が住んでいたこともあるらしいが、そんな感じにはまったく見えない。


「なんか、微笑だな......」


 まだ時間はあったが、早々に引き返した。

 十分前。

 目的地に到着。

 五階建ての雑居ビルの前に立ち、スマホを開いて再確認する。


「フシミビルディング。ここだよな」


 やや緊張してくる。

 一回深呼吸してから踏み出した。

 と思いきや、ぴたっと足を止める。

 ちょうど同じタイミングで誰かがビルに入ってきたからだ。

 博音はハッとして目を奪われる。


「女優さん?」


 思わず口に出てしまった。

 美しい黄金色の長髪をなびかせて颯爽と歩くスーツ姿の女性が「ん?」とこちらへ振り向いた。

 サングラスをかけているがわかる。

 まるでスクリーンの中からそのまま飛び出してきたような美女。

 スタイル抜群で、(たたず)まいだけでも絵になっている。


「君、アタシの知り合いか?」


 謎の美女が口をひらいた。


「それともウチのお客さん...ではないな」


 博音はどぎまぎして喋れなくなってしまう。

 謎の美女は戸惑うでもなく不審がるでもなく、ふっと微笑を(にじ)ませた。


「このビルに用があるのか?」


「え、あの、は、はい」


 なんとか答える。


「上層階には住居もあるが、住人ではないよな?どこに用だ?」


「は、はい。有限会社フォクシーの事務所に......」


「それ、ウチだぞ」


「え?」


「ひょっとして君、来原博音くんか?」


「は、はい。えっ、ひょっとして」


「アタシは有限会社フォクシーの代表の伏見ヨーコだ。ちょうどいい。さっそく面接を始めるか」


「こ、ここで!?」


「そんなストリート面接あるか。事務所行くぞ」


「は、はい」


 ハリウッド映画のヒロインの如くスタスタと歩いていく美女の背中に、博音はあせあせとついていった。






 サングラスを取ってカジュアルな服に着替えたヨーコが、長いまつ毛を揺らせて時間を確認する。


「そろそろ開店するぞ」


「いや、あの」


 博音が躊躇(ためら)ったのは、切れ長美人のヨーコの美貌のせいだけじゃない。


「まだ、気持ちの準備っていうか......」


「不安なのか?酒はアタシが作るし、ヒロは補助的な仕事だけやってくれればいいって言ったろ?」


 初日にしてヒロ呼びするヨーコは、なにを今更という顔をした。

 

「いや、てゆーか、そもそもなんですけど」


「なんだ?」


「バーなんて聞いてないんですけどー!?」


「違うぞ、ヒロ」


「なにが違うんですか?」


「バーはバーでも、ロックバーだ!」


 そこは美人店長が営むロックバーだった。

 友人の仲井から送られてきた詳細には、

「音楽好きのオーナーが経営する飲食店」としか書いていなかった。

 先ほど行われた面接でもヨーコからの言及がなかったので、てっきりレストランのようなものを想像していた。

 壁にレコード等が飾られ、たまにアコースティックの小さなライブなんかも開催される......そんなイメージを。

 ところが実態は違った。

 事務所が入っている雑居ビルの地下にある、入りにくそうな扉の奥の、十坪ちょっとのROCKなBARだった。 


「しかも、面接日即採用即日勤務って......」


「今さらなんだ。ウジウジして。承諾したのは自分自身だろ?ロックギタリストなんだろ?」


「元、ですよ。それにロックギタリストかどうかは関係ないでしょ」 


「関係あるだろ。ここはロックバーだ」


「はあ」


 博音はナーバスになっていた。

 同時に反省もしていた。

 ヨーコの勢いに負け、ろくに内容の確認もしないで安請け合いしてしまったことを。

 美女に押し切られた自分が恨めしい(これだから童貞はダメなんだ)。


 こんなマニアックなバーだと知っていれば、もう少し思案したのに。

 壁際の棚には聞いたこともない名前のバンドやアーティストのCDやらレコードやらがぎっしり詰まっている。


「おっ、レコード棚が気になるか?」


 ヨーコがにやりとした。


「自慢のコレクションだ」


「た、たくさんありますね。全部社長の物なんですよね?」


「社長じゃない。ヨーコと呼べと言ったろ」


「あ、すいません」


「これでも所持品の一部だけどな」


「これで一部ですか!?」


「正確に言うと、ほとんどは先代オーナーから引き継いだ物なんだ」


「相当な音楽マニアだったんですね」


 ヨーコは微笑して見せてから、懐かしそうに宙を見つめる。


「尊敬すべき人だった。アタシは......いや、なんでもない」


「?」


「さて、もう十九時だ。店を開けるぞ」


 パッと店長の顔つきに切り替わったヨーコは、ちゃきちゃきと動き出した。

当作品をお読みいただきまして誠にありがとうございます。

面白かったら感想やいいねなどいただけますと大変励みになります。

気に入っていただけましたら今後とも引き続きお付き合いくだされば幸いです。

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