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 試練?

 どういうこと? と思いつつ、私とクロエはジップラインの着地点から少しばかり岩場を登って、そこにいるリユとタイガに合流した。

「おう、アカネ乙。これこれ、試練ってやつ」

対岸からは見えなかったが、そこには新たなジップラインがあった。

 「これが、試練……」

いま渡って来たジップラインは高さもそれほどではなく、むしろ気持ちいいくらいだった。次なるジップラインもパッと見、さっきの物と変わらない。傾斜も高さも、それほどじゃない。

 だがよく見ると、ロープが二方向に伸びている。長さはさほどでも無いのだが、どちらのロープを選ぶかで、この先の運命が変わりそうだ。

 「地図には、こんなこと書いてないですのに」

リユがご機嫌斜めになるのもわかる。私たちに配られた旅のしおりに綴じ込まれた地図は、川を渡ったところで丁度切れてしまっている。どうやら、ここから先はその都度、現場の指示に従うしか無さそうだ。


 そして、ここにおける指示とやらはすぐ見つかった、というか、すでにタイガが見つけていたので心強かった(それはそれとして、地図を渡して期待を持たせておいて先の予想が付かない状態に戻されたことにヘソを曲げるリユの気持ちも分かる)。

 私とクロエは、タイガの元へ行き、柱に打ち付けられた板に記された文章に目を通した。

 そして、私は気づいた。

(こ、これは……)

知っている。前世で、これを見たことがある。まさに不適切を地でいく、あの伝説の。しかも、それを一ひねりして、不適切のグレードは上がっているかもしれない。

 「さあいよいよ旅も本番。ここからは皆さんの知力を試させていただきます。この柱に書かれた問題を読み、正しいと思う方に進んでください。なおそれぞれの解答を示すゲートはご覧の通り幅が狭いので、一人ずつチャレンジしてください」

 ああ、やっぱり。恐怖のマルバツクイズだ。


 「以下の問題を読んで、書いてある内容が正しいと思うならばマル、正しくないと思うならばバツの方へ進んでください。なお、マルとバツそれぞれを示すゲートは普通には開きません」

なるほど、二つに分かれたジップラインの終点は、 マルとバツがそれぞれ書かれた白い物に覆われており、そのまま降下しても阻まれてしまうように見える。

 ではどうすればいいのか、説明書きによれば、

「ジップラインのスピードに乗り、勢いよくぶち破ってください」

少々荒々しいやり方で進まねばならないようだ。


 だがもっと大きな懸念は、その先に何があるのかは明かされていない点。前世の記憶をたどれば、アレかな? と思うものはあるが、それだと断定も出来ない。アレじゃなければ良いとは思うし、一方でアレよりもっと悲惨なことになるかもしれない。

 いずれにせよ、これから取るべき行動の最適解はひとつ。

 投げかけられた問いの正解に、文字通り突き進むこと。


——


 最初の問題。

「我が国で小麦の収穫量が最も多いのは」

「北道州!」

クロエがそれを読み上げた途端リユが元気に答えたが、問題には続きがある。幸いお手つきは無いので安心して良い。

 で、問題の続き。

「北道州ですが、米の収穫量が多いのも北道州である、マルかバツか?」

北道州は穏やかな気候のため農業が盛んで、主食である小麦が大々的に育てられている。だがこの国では米も重要な穀物であり、北道州では良質の米が取れるはずだが?

 「分かったー!」

と叫んだタイガが、一旦リュックをロープに引っ掛けてジップラインのハーネスを装着開始。またたく間に準備完了させると、

「あらよっと」

持ち前の運動能力を活かして華麗に滑走開始。加速する中でも姿勢を保ち、大きなバツ印が描かれた方のゲートにドロップキック。

 一瞬、全員が息を飲んだが、バツ印は容易(たやす)く粉々になって崩れ落ち、タイガの身体がその向こうに沈んでいくのが見える。

 すると程なくして、

「おおっ、フカフカだぜ!」

とタイガの歓声と、上半身を起こしてVサインを出すタイガの姿。


 北道州は年間を通して気温が低めで、小麦の栽培には適しているが、稲作にはあまり向いておらず、寒さに強いわずかな品種が高級品として出荷されるにとどまる。国内最大の稲作地帯は温暖な気候の南道州平野部だと、社会の授業で習ったおぼえがある。

 それはそうと、残された私たちはどうなるのかと思っていると、タイガが私たちの頭上あたりを、しきりに指差す。そこにはタイガが使ったのとは別のハーネスがぶら下がっている。リフトやケーブルカーと同じ原理で、二本のロープで二つのハーネスが交互に行き交い、片方が向こう側に着くともう片方のハーネスがこちら側に届くわけだ。

 「使っていいのー?」

私がタイガに大声で聞いてみる。するとタイガも元気よく、

「おっけー! 一人が正解したら、残りのみんなもそっちに付いてけって書いてある!」

これはラッキー。そして正解を引いたタイガ、でかした!


——


 マルバツのボードは発泡スチロールのような材質で、タイガ曰く、体当たりしてもあまり痛くない、と。ゲートの先にはエアマットが敷いてあり、これまた安心設計。でも、誤答の方がどうなっているかは板壁に隠されて見えない。

 道はまだまだ続いているので、先を急ぐ。順路を示す矢印は登り坂に私たちを導いていて、一旦ジップラインで降下させてまた山登りさせるというのは地味に意地悪だと思う。大した標高差では無いにしても。


 「出来れば、俺がずっと先鋒したいんだけどな」

スポーツ万能のタイガはそう言ってくれるけど、そのままジップラインで先に進むことで次の問題が現れるのだという。言い換えれば、次の問題は三人で解き、そのうちの一人が飛ばなければならない。

 「ま、悩んでも仕方ない。行くぜ」

と言い残し、タイガが颯爽と飛び出して間も無く、次なる問題が現れた。

「現王朝の歴代副国王の名を初代から順に並べると、ナイセーヌ皇子・カクラ一世・ショーシン三世・ハメハム上皇・ショーシン二世、である。マルかバツか」

 歴史の問題だ。この国では国王が病気などの理由で政務を行えなくなった際には副国王が代理を務めるとともに、通常の場合にも国王に助言をする役割を果たす。この制度は王朝の中期からつくられたもので、歴代国王の名前は初等学校でも覚えさせられるが、副国王のそれはもっと先に教わることだ。

 誰か分かる人いないかな、いや、すぐに人に頼っちゃダメだ、自分でも考えなきゃ。えっと、でも私、歴史はどうもなぁ、初代が誰かすら怪しいもん……。

 他のみんなはというと、私と同じような表情のタイガ、平静を装いつつ分かってなさそうな顔のリユ。

 ということは、頼りになるとすれば……。


 「あ、わ、わたし、わかりま、す……」

そっと手を挙げたのはクロエだった。良かった! 一人でも分かる人がいるならラッキー!

 ところが、クロエときたら、なかなか正解の方へ飛び込む勇気が出ないらしい。

「どうしたの? 答えに自信無いの?」

「そうじゃないですけど……最初に行くのって、勇気、いるよね……」

これまでもクロエはジップラインにおっかなびっくり乗っていた。まして先陣を切るというのは、たとえ正解だと確信してても緊張はすると思う。

 と、そこに、

「では、わたくしが参ります! クロエさん、正解はどちら?」

一番手に立候補したリユ。なるほど確かに、答えを出した人が飛ばなきゃいけない決まりはないし、さっきはタイガが先頭だったから今度は別の人から行くのが公平でもある。


 クロエが指差す方めがけて颯爽と飛び出すリユ。滑車とロープのこすれる音、それからグシャっと発泡スチロールの壁が破れる音を響かせ、そして、

「やったー! 大正解ー!」

という雄叫び。いや、正解したのは実質クロエなんだけどね。

 ちなみにこの設問のポイントは、ショーシン二世と三世の着任の順番で、三世は若くして副国王の位についたが病によって退任、急遽のことで国王の座を退いた上皇が一時的に任を務め、その後三世の父、ショーシン二世が推挙された。よってクイズの回答は「マル」。

 と、クロエに教わった。


——


 川はいくつにも枝分かれし、それらを隔てる低い尾根を越えては、新たなジップラインに到達するというコース設計であるらしく、わざわざこんなルートにするのもマルバツクイズありき、なのだろう。

 三問目。かなりの難問が来た。

「第九十七代王政下段階において、存在が確認されている国内最大のドラゴンは、東道州のアクアレイクドラゴンである」

第九十七代王政とは、他でも無い現在の王政のことで、前世における元号みたいなもの。つまり、

「今現在いるとされるドラゴンのうち最大のものは?」

という意味の問いなのだが、この「最大」の定義と計算方法がややこしい。そもそも初等学校の課程にはなく、ドラゴンウォッチングを趣味とする人がその方法をよく知っているレベルの知識だ(この世界でドラゴンは人や動物に危害を加えない。前世においてクジラがそうなってきているように、ドラゴンの生態そのものが観光資源となっているが、その大きさなどについて詳しく知っているのはかなりのマニアと言える)。


 というわけで、ヒントというか、その計算式や、代表的な大型ドラゴンの各部のサイズも明記されている。これに沿って計算すれば答えはおのずと導き出されるが、私は前世の頃から数学は苦手。さあどうしようと、しばし固まっていると、

「あ、わたし、やってみます」

とクロエの心強い一言。勉強が得意なことは分かったし、ここは一つお任せしようということで。

 そして、しばしのシンキングタイム、と言っても私は力になれないので、なんなら私が飛ぼうと思い、準備運動で身体を整えていた。すると、

「こ、これで、合ってると思います。かなり難解な式でしたが」

クロエの旅のしおりについてるメモ用ページには、長い計算式が連なっている。私にはそれが正解だと信じるほか無いし、式が正しく解けているならば、飛び込むべき答えは、

「マル」。


 本当は、何もしていない私が代わりに飛びたいところだが、クロエの場合、後ろから支えてあげないと上手く飛べない。

「大丈夫です、正解してるはずですから」

と、強気を見せようとしてはいるが、内心不安なのだろう。

 とは言え、クロエを一人残すわけにはいかないし、一人では心細いだろうし、だいいち一人では飛べないんだし。

 クロエは小柄で、手足も細く、性格も控えめ。典型的な守ってあげたくなるタイプ。何とか無事であって欲しいと願いつつ、私はスタート台に立ったクロエの華奢な身体にハーネスをしっかりと締め付けた。


 「ひゃっ」

という小さな声と共に、クロエが飛び立った。

(大丈夫、大丈夫だから。正解だよ、きっと)

と念じつつ、大きなマル印に向かって進むクロエを見守る私。

 見守って、いた。ずっと見守って、いたかった。

 でも、一瞬だけ視線をそらしてしまった。

 そして次の瞬間には、クロエの姿が見えなかった。


 「!!!」

手元に返ってきた、もう一つのハーネスを大急ぎで装着し、クロエの元へ。クロエが消えたマルマークの方へ行きたかったが、二人目以降は強制的にバツマーク、つまり正解の側に導かれてしまう仕組みになっているらしい。

 バツのボードを突き破ると、そこは安全安心のエアマットの上。でも喜んではいられない。板壁の向こうにいるクロエが、どんな目に遭っているのか、不安でならない。

 どうにかして、この壁を越えたい。それか、ぶち破りたい。そう思ってジャンプしたり、バンバンと叩いたりしていると、コンコンと壁の向こうから音がした。

 「クロエ?」

音のした辺りに呼びかけるとすぐに、

「あ、アカネちゃん、これ、引っ張ってもらって、いいですか?」

というクロエの声。その声は、板壁にわずかに開けられた穴の向こうから聞こえ、その穴からロープが差し込まれた。

「これを、引っ張るの?」

「そう。思い切り、お願い」

どうやら壁の向こう側に、クロエを救い出すための方法が書いてあるらしい。

 私は思いっきりロープを引いた。すると、壁の一部が扉になっていて、それが開いて向こう側とつながった。

 そこには、変わり果てたクロエの姿があった。


 「あ、アカネちゃん、ありがと、けほ、ございま、げほげほっ」

 壁の向こう側には、ジップラインから川の水を取り入れたプールに落下し、びしょびしょになったクロエがいた。ヘルメットから水がドバドバっと流れ出し、ストレートの黒髪が海苔のように肌に貼りついている。

「く、クロエ! 無理に話さなくていいから、寒くないの? あ、ほら、身体ふいて、じゃなかった、手、手、つないで! 行くよ、せーのっ!」

私も混乱してしまったが、とにかく水の中からクロエを救出した。


 「あ、ありがとう、わたし、泳げないから……」

マルの方のエアマットに、ぺたんと座り込んだクロエ。震えているのは水の冷たさだけではなく、泳げないのに水の中に放り込まれた恐怖もあるのだろう。

 もっとも、クロエの身体に付いているハーネスは救命胴衣と同じ構造になっていて、溺れないような配慮はされている。

 そんな配慮するくらいなら、やらないでよこんなこと。そう思いながらクロエの身体を、リュックに入っていた大きなタオルで包むようにして拭く。ご丁寧にリュックはロープに残す形でハーネス部だけが落水する仕組みになっているのだ。そしてこれまた配慮が行き届いているのか、ここの水はプールのように貯められたもので、水温は川の水より高くなっている。お陰でクロエの震えも収まった。


 なお、クロエの計算はほぼ完璧だったが、最後の一行に最大の罠が隠れていた。

 加減乗除の記号が巧みに組み合わされ、その計算規則から一つだけズレてしまったために誤答となってしまったのだ。フル回転した頭脳がラストスパートを掛けたところにつまづきの石を置かれたが如く。

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