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 吟遊歌姫の養成所は東西南北の四箇所。それぞれの養成所から選ばれた私たちには、すでに芸名と担当カラーが与えられている。

 そんな前途洋々の私たちは突如、草に覆われた斜面に放り出され、そのまま滑走させられてしまった。これはそう、前世のテレビでよく見ていた、あの。


 「ドッキリかよーっ!!」


 傾斜はどんどん増していき、ついにはほとんど崖となり、私たちは宙に投げ出され、谷底へと突き落とされた。

 幸いにも着地点は柔らかな砂地で、落下の衝撃が吸収され無傷で済んだ。その代わり、私たちの身体はきめ細かな砂に埋もれてしまった。


 「何ですの? こんなこと、聞いておりませんわよ?」

やっとこさ砂の中から抜け出した私たち。なかでも怒り心頭なのは、東養成所から選抜された歌姫のリユ。メンバーカラーは青。お嬢様育ちなのがすぐ分かる喋り方。

 「いや、これが不適切とかいうヤツなんじゃねーの? くっそー、何かあるとは思ってたけど不意打ちが過ぎるぜ」

男子のような言葉遣いで話しつつ身体中の砂を払っているのは、西養成所のタイガ。メンバーカラーは白。

 「そ、そうなんだぁ、でも怖かったあ……。まだ、足がガクガクしてるぅ……」

足どころか、ちっちゃな身体の全てを震わせているのが、北養成所からやって来たクロエ。可愛らしい見た目に反してメンバーカラーは黒。

 私の転生した現世と前世、比較すると文化や言語(そもそもこの国の公用語も日本語だし)または宗教観などで類似点が多く存在する。私たちのメンバーカラーの由来も、前世における四神信仰に酷似している。

 したがって、南の養成所から来た私の芸名は、こうなる。

「とにかく、こんな所からはサッサと立ち去りましょうよ」

「だな。でもこれからどっちにすすめばいいんだ?」

「ですねぇ、どう思います?」

話し合っていた三人が一斉に私を見て、

「アカネさん?」

「アカネ?」

「アカネ、ちゃん?」


 「うーん……」

前世の記憶が残っている分、私が一番この先の予測が立てやすいはずだ。だから私はこう答えた。

「手がかり? みたいのあるんじゃないかな。どこに行って何をする、みたいのが、どっかに」

さっきの尾根道を下から見上げると、よくもまあこんな所を落ちて来たもんだと驚くばかりの急斜面。到底道に戻れそうにはない。

 振り返れば川の流れが見え、幅も水深もかなりのものだと思われる。水辺には磯の香りが漂い、海に近いようだ。

「潮が満ちてきてるな」

タイガも気づいたらしい。ここは河口に近いため、満潮になって海の水が逆流しているわけだ。つまり、せっかく山登りしたのに、河口とさして変わらない海抜の地点に戻されたらしい。くっそー!


 対岸は断崖絶壁で、それを直接、川の水が洗う。こちら側の白砂が広がる河原は不自然に広いので、人工的に運び込んだのかもしれない。ドッキリのために。

 「出来れば、川沿いに(さかのぼ)っていきたいけど……」

「安易には動けねえよな、またどんな罠があるやら」

タイガが私の思ってたことを言ってくれた。勘のいい子だ。

「だよね。普通は道しるべとか、あると思うけど……」

「だな。つーかウチらが思惑どおりに進むためにも、なきゃ困るだろ」

ほら勘が良い。私たちを用意された台本どおりに導くためには導くためのものが必要だ。

 「あ、あの……」

その時、タイガの足元にちょこんと座っていたクロエの、か細い声が聞こえた。

「もしかして、これ、関係ある、かな? あ、違ったらごめんなさい」

するとタイガもしゃがみ込み、

「ちょっと見せてくれ」

と。そして、

「よく気づいたな、クロエ。成程、荷物まるごと貸してくれるなんて話が上手すぎるもんな」


 たとえ身ひとつで来ても、衣食住は国家予算でまかなわれるほど、吟遊歌姫は重要な職業。だから今回、私物以外の必要な物がリュックごと支給されたのも当たり前だと思っていた。

 でも確かにこのリュックサック、見れば見るほど怪しい。大して大きな島でもない割には大きいし、そこそこ重い。お菓子や水筒脇や後ろのポケットに入っていたし、私たちが持ち込んだ私物も上部の空間に収まった。

「ありましたわ!」

いつのまにか探索に加わっていたリユが叫んだ。

 このリュック、ものの見事に上げ底されていた。


 みんなで上げ底兼用の蓋を開けると、裏に小冊子が張り付けてあって、タイトルは、

ニ翼(によく)寮への道」。

 「このたび歌姫デビューの第一歩を踏み出したこと、お(よろこ)び申し上げます。もっとも、歩んで来た道から、皆さんは文字通り転げ落ちてしまったわけですが(笑)」

いきなりムカつくまえがきである。落としたのはアンタらやー! と。

 そして、その先はというと、

「これから先、様々な試練が皆さんを待っています。それらを乗り越えるには、現場の指示に従うか、この冊子を活用することになります。心配はいりません。これまでの養成所生活で(つちか)ってきた知力や体力、その他もろもろの成果を発揮すれば、きっと皆さんなら大丈夫です。健闘を祈ります」

きっと、って。

 断言しないんかいっ。あと祈るだけかいっ。


 次のページに進むと地図があり、

「まずは、ここに記されたルートに沿って進んでください」

とあり、現在地を示す点から赤い線が伸びている。ともかくも、まずはこの地図を頼りに進むしかない。

 ちなみに、さっきの前書きの最後の一行に、

「みんなで叫びましょう。二翼寮へ、行きたいですかー!?」

とあったが、勿論スルーしておいた。


——


 地図に描かれたルートは、二翼寮とは逆の下流に向かっている。遠回りは(しゃく)だが歩きやすい道なのは助かる。もちろん油断は禁物。タイガが先導役を買って出てくれたので、その後ろを一列になって進む。

 谷沿いにゆるやかなカーブを描きながら道は続き、両岸の切り立った崖のあいだに視界がひらけ、大海原の一端がかすかに見えたあたりで、

「ストップ。この辺だな」

先頭を行くタイガが私たちの足を制し、地図と辺りの景色を見比べると、

「この辺、のはずだけど……、あ、なるほどな」

頭上を見上げるタイガ。私たちもそれにつられて視線をそちらに向ける。

 あ、なるほど。そう来たか。


 地図では、コースを示す赤線がここで川を渡っているのだが、橋が無い。その代わり地上数メートルほどの位置にロープが張られている。そのロープの起点は河岸にそびえる巨岩の上から伸びていて、早速タイガがそこに向かう。

 私たちも続いて、岩に登る。幸い適度な勾配の階段が刻まれており、危うさは感じられない。しかし岩の頂上に着いて河原を見下ろすと、ほんの数メートルの高さでも結構な迫力がある。そして岩の上に建てられたゲートのような形の構造物から、さっき見たロープが伸びている。

 うん、これはまさしく、前世で言うところのジップラインというやつだ。ロープから吊り下げられたハーネスはしっかりしてそうだし、それを分かった上で川を見下ろすと恐怖感が無くなった。

 それでもなお、物事を慎重に進めねばならない。それが、ドッキリというものだ。


 もっともそれは、みんな心得てきたようで。

「何か、書いてありますわよ」

リユの指し示すゲートの柱に、掲示板が取り付けられている。

「しおりの四ページ参照」

言われたとおりにページを開くと、

「これより皆さんには空中散歩を楽しんでいただきます。このジップラインは安全性の高い構造を持ち、また定期的な点検によって安全性を確保しております」

うーん、こういうところが妙に前世じみているんだよな、この世界。

「ですが、安全のためには皆さんも定められた使用方法を守らねばなりません。川を渡る手順は以下の通りです」


 ……というわけで、しおりに従って私たちは行動を開始した。しかし。

「何ですの? このセンスのないお洋服は!」

しおりには、リュックに入っている服に着替えろ、と書いてあった。安全確保のためにはそれが必要なこともあるだろう。

 ところが、中に入ってたのは前世でいうところの、いわゆる学校ジャージ。上下お揃いのビミョウなカラーと横に二本線でお馴染みの。しかもご丁寧に、それぞれの芸名が白い布に書かれて縫い付けられている。平仮名で。

 一応、色使いは各自のメンバーカラーに寄せているらしく、私はエンジ、タイガはクリーム色、クロエは紺、リユはウグイス色。

 さらに真っ白な運動靴とソックス、手には軍手。そして安全のためのヘルメットも、白。いかにもバラエティ番組っぽくなってきた。


 ジャージにプラスチックのヘルメットというアイコンが示す物に心当たりのある私は、率先して念入りにロープやハーネスの状態をチェックし始めた。だって落ちるかもしれないから。でも特に問題はなさそう。

 飛ぶ順番は全会一致でタイガから。ここまで先頭切って進んでいるのは、みんなが先鋒にふさわしいと信頼しているから。

 タイガはハーネスをしっかり装着すると、あっけないくらいサッと宙に舞った。まさにそれは白虎に羽根が生えたかの如く。

 「いやっほぅ!」

タイガは向こう岸に見事な着地。

「おおーっ!」

と感心する私たち三人。

 便利なことに、一人が渡り切ると別のハーネスがこちら側にやってくる。ロープウェイやケーブルカーのような仕組みで二本のハーネスロープを行き来させてるわけだ。

 「次、わたくし、よろしいかしら?」

一人が成功すると気が楽になる。二番手に立候補したリユが、これまた美しい身のこなしで川を越えてゆく。

 まだオドオドした感じの残るクロエだが、この順番だと次は彼女が良いだろう。一人残ってしんがり役は、かえって重荷だろうから。

「だ、大丈夫かな」

「うん。クロエちゃんも選抜メンバーなんだから。さあ、勇気出して」

私はクロエの腰をしっかりホールドしつつ、ゆっくりと送り出した。少しずつ加速するクロエの身体。こわばったように見えていた全身から次第に余計な力が抜け始め、ついにはしっかりと向こう岸への着地を果たした。

 最後はいよいよ私。流石にここで私だけ何か仕掛けられるなんてことは無く、無事にゴール。ここまではなんてことのない展開だ。


 ところが。

「無事でしたね、よかった」

と迎えてくれたクロエを除く二人は、さらに先の様子を伺っている。

「何があったの?」

私がクロエに尋ね、それに彼女が答える前に、気づいたタイガが振り返った。

「ああ、どうやら、試練がやってきたみたいだぜ」


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