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久しぶりの王都。
私は家族と久し振りの再会を果たし、初等学校時代の友人とも会うことができた。件の私の名で勝手にオーディション書類を送った親友も、
「おめでとう。よく頑張ったね」
なんて他人事のように言ってくる。その一方で、
「ま、アタシの目に狂いは無かったってことかな」
なんて自画自賛も。
このヤロウ、イイ性格してやがる、なんて思いつつも、
「うん、その目が節穴じゃなかったことは認めてあげよう」
と一応褒めつつ、
「それもこれも私の努力の実力だけどねー」
とわざとらしいドヤ顔で返す。すると、
「うわー、早くも天下の歌姫様気分でやんの。あーヤダヤダ」
なんて文句が返ってくる。
私たち、進む道が違っても、こうやってじゃれ合う関係は変わらない。
吟遊歌姫は、平たく言えば王国直属のアイドル集団。最重要職務は国の行事や儀式で歌うことだが、国民に娯楽を提供するのも大事な仕事のひとつ。
そして本日、私たち歌姫のルーキーは、恐れ多くも王様より吟遊歌姫の証となる神器を授かる。
一晩を実家で過ごした私は、他の歌姫や引率の先生と合流し王宮へと向かった。宮殿を取り囲む内塀と外塀のあいだは一般開放されており、厳重な警備は内塀の城門から始まる。
私たちはその脇の詰所に寄り、入城の手続きと、私が居たところ以外の三つの養成所からやってきた新人歌姫たちとの顔合わせを行った。
私を含め一年次の歌姫選抜者は各校一名の計四名で、二年次、三年次と年次が上がるほど新人の数は多くなる。研修課程は原則三年なので、一年だけの研修でここにいる私たちは言わば飛び級。相当の期待が掛かっているわけで、改めて身が引き締まる。
そして、私みたいな平民の娘が王宮の中に迎え入れられることも本来あり得ないこと。曲がりくねった道や階段を経て、ようやく宮殿の入り口へ。緊張が高まる。
重い扉がゆっくり開かれるとそこは、美しい、きらびやか、豪華などと、幾ら言葉を重ねても足りないようなところだ。
興奮と緊張の入り混じるなか、私たちは謁見の間に案内された。もっとも、王様は遠く離れた壇上で玉座に腰掛けていて、私たちは布越しにシルエットを拝見するのみ。
神器はといえば、ビロードの布を被せたお盆で側近の方が持ってきてくれた。それを一人ずつ受け取る。改めて気が引き締まる。
王宮をあとにした私たちは、近くにある吟遊歌姫ギルドの本部へと向かった。吟遊歌姫はギルドでありながら国事に関わる仕事でもあるので、官庁街のなかの立派な建物に本部を構えている。
本当は私も、数年後にはこの界隈で事務の仕事をしていたんだろうな、と思いながら会議室へ。ここで私たちのユニット分けが行われる。
私たち一年生は、予想通り同じユニット。互いに改めて自己紹介などしていると、お互いすぐに打ち解けた。
——
ここからは、各ユニットごとに分かれ、それぞれの目的地へ向かう。吟遊歌姫になってからもユニットごとの共同生活は続くので、私たち四人も新居目指して出発した。
王都のはずれには、大河のほとりに造られた港がある。そこから船に乗り、河口を経て湾内をしばらく行くとリゾート地として知られる島に到着。貴族の別荘も多くあるところだ。
船の定期便があるのはここまでだが、周囲には大小の島がいくつも集まっている。そのうちの一つが、私たちの新たな生活の場。レッスンを存分に出来るように、歌姫の練習場と寮は人家から離れたところに作られる。これから向かう島も元は無人島だとか。
チャーターした小船で私たちが島に到着したときは、もう夕方近くなっていた。船着場から寮まではまだ距離があるので、今夜は海辺に建つ仮宿舎で一泊。
ここは本来船の待合室だが、船が遅れることもよくあるので、しっかりした造りだし、水や軽食も備わっている。奥には寝室があり、入り口側は待合室で机と椅子が並び、ミーティングにも使える。
「いよいよ明日、皆さんの生活の場となる寮に到着します。楽しみで胸いっぱいだと思いますが、今夜はしっかり休息と睡眠をとりましょう」
というわけで引率の先生は、さっそく私たちを待合室の椅子に座らせ、明日の注意点を話し始めた。
「この島は全体が山になっていて、その頂上近くに寮が建っています。ここからは皆さん自身の足が頼りですが、心配は要りません。これまで幾多のトレーニングを積んだ皆さんなら、必ず全員、無事寮へとたどり着けます!」
先生の言葉に力が入っているので、私たちも身が引き締まる。
なにしろ石油だの電気だのといった動力を使った乗り物の無い世界だ。寮への道はかなりハードな登山道なのだろう。でも先生の言う通り。私たちはこの一年、心身共にしっかり鍛え上げてきた。これしきの山登り、へっちゃらだ! ファイトー!
私たち四人は奥の寝室にある二段ベッド二つで、先生は隣の小部屋で就寝。もちろん女子が四人も集まれば、隣に眠る先生を気にしつつ、おしゃべりタイムが始まる。もともと同じ目的の養成所から集まった仲間どうし、話が弾まないわけがない。
それでも流石に密度の濃い一日だったので、程なくしてどこからともなく寝息が聞こえ始め、私もいつのまにか眠りに落ちた。
翌朝はスッキリとした目覚めで、昨日の疲れが快眠に繋がったみたい。全員しっかり起床して、身支度を整える。
昨日は王宮に参上するために研修生の制服だったが、今日は山登りなので練習着、つまりはジャージ。個々人の荷物は追って届けられるので、先生に言われただけの荷物をショルダーバッグとかに詰めて身軽になってやって来た私たちだけど、仮宿舎には登山にも耐えられそうなリュックが人数分揃っており、新人歌姫が寮に行くまでのサポートがしっかりされている。私たちはそれに荷物を詰め替え、準備万端、出発進行!
昨夜はよく眠れたのだけれど、ずっとある言葉が引っかかっていた。
「不適切」
なことに、私たち吟遊歌姫は遭遇するという話。
心がざわつく響きの言葉だ。
ところが、ここまでの道筋に「不適切」と言えそうなものは見当たらなかった。単なる取り越し苦労だろうか? 前世でも、万が一でも起きそうも無いことについても、その何万分の一にも満たない確率で起きてしまあたかもあると告知をしておく事はあったから、それだろうか?
もし起きるなら昨日か今日、そう思ってたのだけど、今の所その気配は無い。山登りと聞いて少しひるんだが、仮宿舎の前から伸びる緩やかな登り坂はそのまま海岸近くから立ち上がる尾根の上をトレースしていき、さながら初級者向けのハイキングコース。息が上がることも無ければ、足元も整備されていてハイカットのスポーツシューズで十分に歩ける。
私たちは先生を交え、女子トークに花を咲かせながら斜面とも言えない斜面を一歩一歩進んだ。
「休憩にしましょう」
先生のひと声で皆立ち止まる。ちょうどそこで左右に広がる森の片方が切れ、明るい光が差し込む。
「わあっ」
私たちの口から歓声がもれた。尾根の片側が草原になっていて、向かい側に横たわる山脈との間に刻まれた谷へ向かう斜面は一面の草緑に覆われ、私たちの足元まで続く。少し汗がにじんで来たところに絶景の休憩ポイントがある。ナイスなコース配置だ。
ふかふかの草原に腰を下ろし、私たちに当てがわれたリュックに入ったキャンディなどのお菓子や、宿舎で水筒にくんだ綺麗な水をお供に、みんなで楽しくおしゃべり。すっかりリラックス。いつしか草むらに仰向けになり、みんなで日向ぼっこ。
私の心中でうごめいていた「不適切」という言葉も落ち着き、その単語自体、気にも留めなくなっていた。
休憩をし過ぎると身体がなまってしまう感覚は日頃のレッスンで身についた。みんなほぼ同時に、そろそろ行こうという目の合図。私たち、息もぴったりだ。
ところが、上半身を起こし、リュックを背負い、さあ出発、と一同で行動開始となったところで、
「ちょっと待ってね」
と先生が、一足先に立ち上がって私たちを制した。そして私たちが来た道の反対側を指差し、
「あれを見て?」
私たちは座った状態のまま半身を先生の示す方角に向けた。
「……あれ?」
道が、無い。
これまで歩いてきた快適な登山道は、大木に遮られるようにぷっつりと途絶え、その奥をのぞき込んでも丈の高い草と低木のヤブが森の中で闇に消えゆくばかり。
これ、どういうこと? まさか、道を間違えた? いや、そうだとしたら、こんな呑気に休憩なんかしないはずだし、ルートを間違えたとしたら先生はもっと慌てるはずだ。
ということは、わざとここまで来て後戻りする行程なのか……。ってそれ意味ある? あと、道が分岐するところなんてあっただろうか?
私の他のみんなも不思議がり始めた。でも先生は、相変わらずヤブに埋もれた尾根を見ながらほほえんでいる。
「あ、あの……」
私とほぼ同時に、皆が声を上げた。すると先生は、
「おかしい、って思うでしょ? 道がここまでしか無いの」
私たち一同、うんうんとうなずく。
「でもみんなは、寮にたどり着かなきゃいけない。ならば、どうすればいいと思う?」
私たちユニットメンバーは、考え込んでしまった。こんなこと想定していなかった。でも、ここであのキーワード、
「不適切」
が浮かんだのは私だけだったかもしれない。
「先生」
恐る恐る、私は思いついた事を言ってみた。
「強行突破、ですか?」
私以外の三人はキョトンとした顔だが、先生は私の言った意味が分かったらしく、私の言葉を笑顔で打ち消した。
「いえ、まさか、そんな。さすがにあの、道なき道を行くのは無茶だもの」
あのヤブをナタでも使ってヤブを掻き分けながら進むのかと思いきや、私の取り越し苦労だった。他のメンバーも安堵の表情。
……あれ? だとしたら、私たちはどうやって進めばいいのかな?
そんな疑問を私も含め皆が抱いたことに、先生も気づかないはずは無かった。笑顔を崩さないまま、私たちの後ろにしゃがむと、
「安心して? みんなは先に進むことが出来るから。簡単に」
と、私たちに語りかけるとともに、
「そーれっ!」
「……‼︎」
何が起きたか、一瞬、分からなかった、が、すぐに気づいた。
落ちてる! 私たち、落ちてる!
尾根道から眼下に広がっていた大草原を、私たち四人は草原ごと滑り降りて、いる?
いや違う。これは芝生のように短い草を生やした土を、摩擦力の少ない板か何かの上にくっつけて、その板ごと斜面を滑り落としているんだ!
私がそれに気づいたのは、そう、前世でこれに似たものを見たことがあるから。もしやと思って、ソリのようにどんどん加速する板の上から先生の方を見やると、
「ドッキリ、だーい成功!」
と、私たちを見送りながら小躍りする姿が一瞬見え、そして視界から外れていった。
傾斜はどんどん増していき、私たちも加速を続けるばかり。
私はついに悟った。
これが私たちの不適切歌姫ライフの始まりなのだと!