その5-1
養父が好きだった。
寂しい時は温かい大きな手で何時も強く握りしめてくれた。
「俺も春香のお父さんからこうやって育ててもらった」
泣きたい時は泣けば良い
「そしてまた立ち上がって進めば良いんだ」
だから立ち上がれるまで
…こうやって手を握っておいてやるからな…
春香は目を覚ますと右手を前へ伸ばして見つめた。
「お義父さん、絶対にお義父さんを殺した奴を見つけ出すから」
そして…
6月後半になり雨の日が続く梅雨本番となっていた。
1Day探偵
そのニュースが流れたのは芹が夕食をとっている最中であった。
小さなお膳を出して今日の夕食のお好み焼きを食べていた。
芹は東京で暮らし出したと言えど一週間に一度粉ものを食べないと
「あ、お好み焼き食べようか」
となる基本あるある大阪人であった。
彼は豚玉をパクリと口に入れて
「へー、東京グランデュオ大手町ホテルで襲撃事件って」
東京って怖いよな
と呟き
「何で襲撃なんてするんだろ」
とぼやいた。
主催をしていた上岐田陽一を始め数名の重傷者と数名の死者が出て、ホテルの周辺の物々しい映像が流れている。
本当に恐ろしいことである。
芹は息を吐き出してチャンネルを変えた。
その瞬間に携帯が着信を知らせた。
春香からであった。
芹は「んー」と呟き着信に出ると
「もしもし」
と答えた。
それに電話の主の春香は
「依頼だよ」
とさっぱりと告げ
「出るけど行ける?」
と芹に聞いてきた。
芹は残っているお好みを見て
「わかった」
と答えると携帯を切ってお好みにラップをかけると冷蔵庫へと仕舞った。
「明日のお昼」
そう呟いて外出準備を整えると家を出た。
外では既に春香が待っており
「夕食中じゃなかったの?」
と聞いた。
芹は頷いて
「お好みだから明日のお昼に食べる」
と答えた。
春香は少し考え
「芹は粉もの好きだね」
この前はたこ焼き作ってた
と告げた。
芹は深く頷き
「一週間に一度は粉もの」
と断言した。
ここで断言する必要はないが断言したのである。
そこへいつものように播磨正が姿を見せると
「大阪の人はそう言う人が多いって聞くが本当だったんだな」
と言い
「楠木君も乗ってる」
と告げた。
春香と芹は頷いて応え、車に乗り込み霧島世雄利の運転で現場へと向かった。
明日は既に話を聞いていたらしく
「犯人がまだ分からない状態だから気を付けないとな」
と告げた。
芹はそれに
「え?」
と驚いて
「それって今までもそうだし普通じゃ」
と心で突っ込んだ。
春香はちらりと明日を見て
「もしかして、今向かってるの東京グランデュオ大手町ホテル?」
と聞いた。
明日は頷いて
「ああ、襲撃犯は一人じゃなくて集団だったから」
今までの事件とは違う
「気を付けないとな」
と告げた。
芹は先程のニュースを思い出し
「あ、あの上岐田って人の催しの」
と告げた。
それに播磨が「それそれ」と答えた。
彼らを乗せた車は一路大手町へ向かって進んだ。
ホテルには大規模な検問が張られており、動員された警察官の数も少なくはなかった。
つまりこれまでの事件とは規模が違っていたのである。
検問を抜けてホテルの駐車場に車を入れると芹達は播磨と霧島の二人と共にエレベーターで事件があった2階の大広間へと入った。
既に鑑識が指紋の採取や証拠をカメラや取得していた。
播磨は部屋の隅に彼らを連れていくと
「ここまで大規模な事件に春香くんたちを連れてくるのは無かったんだが」
実は犯人の一人も逮捕できていないんだ
と告げた。
春香は頷いて
「つまりそってことだね」
俺達の知恵を絞るところは
と告げた。
明日は腕を組み
「手際が良すぎるってことか」
と呟いた。
芹は不思議そうに
「だよね」
普通はホテルにも警備員がいるし
「集団で怪しい人が入ってきたら呼び止められるだろうし」
そう言うのもなかったの?
と聞いた。
播磨はちらりと霧島を見た。
霧島は頷いて
「あの時と同じで…全く警備が機能していなかった」
事件当時のカメラにはスモッグが掛かって犯人集団の姿は写っていない
と告げた。
明日はそれに
「あの時?」
と聞いた。
播磨はちらりと春香を見た。
春香は冷静に
「5年前に同じように集団である催しが襲撃されたんだ」
俺の養父もその時に犠牲になった
と告げた。
明日は「そうか」と短く返した。
芹はそれを聞き
「5年前か」
あっちこっちでこういうのがあったんだ
と心で呟いた。
叔父の弘志と弟の隆弘も催しに行って叔父は亡くなり、隆弘は未だに眠っている。
春香は冷静に
「取り敢えず防犯カメラを見してもらえる?」
少しでも手掛かりがあるかもしれない
と告げた。
播磨は頷いて
「わかった」
と3人を連れて警備室へと向かった。
警備室は一階の裏手にありそこは駐車場からのエレベーターの乗り換え口にもなっている。
つまり駐車場から潜入するにしても分かるという事だ。