その3-1
入学式直後のホームルームで突然の脱走<エスケープ>。
呼び出しをくらって三人で現場へと向かうことになったのだが。
その時点でクラスの特異点となった。
飛鳥芹は射し込む朝日に目を覚ますと欠伸をしながら身体を起こし
「…俺は関係ないんだけどなぁ」
とぼやき、ベッドから降り立った。
東京へ出てきて一ヵ月。
桜の季節も過ぎ去り今は4月も終わりGWも過ぎ去った新緑が眩い季節となっていた。
1Day探偵
芹と隣人であり芹のアルバイトのオーナーである神守春香が通う東都大学付属高校は文京駅の近くにある。
一般学生もいるが政財界の子息が通う学校で偏差値はかなり高かった。
クラスはA組からD組の1学年4クラスでA組に『VIP』な学生が在籍する特別なクラスであった。
B組がその次に資産家などの子供が在籍し、C組D組はまさに一般学生が通っているのである。
芹の家庭は大阪でも普通より少し裕福な家庭であったが、事情が事情だったので一般学生の外部入学として試験を受けた。
トップと行かないまでも合格は出来たので成績優秀者としてB組になった。
外部試験がトップの場合はA組になることもあるのだ。
神守春香の家庭の詳細などは分からないが恐らく資産家か政界に顔を利くのかB組に所属し、春香と同じ探偵業をしている楠木明日もB組であった。
他にもB組には○○会社の社長の息子や××会社の重役の娘などが机を並べて勉強しているのである。
芹はフヒーと息を吐き出しながら
「俺は別に一般家庭だからCとかD組で良かったんだけどなぁ」
と心でぼやき、教室の戸を開いた。
「おはよー」
声に既に登校していた数名のクラスメイトが顔を向け直ぐに近くに座っている学生たちと小さな声で話を始めた。
芹の後ろから入ってきた春香は
「おはよう」
と全然挨拶する気のない挨拶をしてパラパラと返ってきた挨拶を怪訝そうに無視しながら
「面倒くさいから挨拶止めたら?」
昨日も同じだっただろ?
と中央に近い席に座った。
芹はう~んと悩みつつ
「そこは思案中」
と答え、窓際の席に座り、机の中からタブレットを取り出した。
自分には挨拶が返らないが春香には挨拶が返るのだ。
春香は『昨日も』と言っているが、実際はずっとそうなのだ。
考えれば初日のTPOを無視したホームルームの脱走は春香と明日が本命の呼び出しで自分が付き添いなのだ。
なのに。
なのに。
「何故、俺だけ?」
もしかして春香より愛想のない突拍子もない奴だと思われている?
と、これからの学生生活に不安を覚えていたのである。
それに後から入ってきた楠木明日は二人の間の席に来て
「よ、また挨拶するしない論争か?」
と笑いながら言い
「なぁ、飛鳥」
お前さ、外部入学だったよな?
と聞いた。
芹は頷いて
「ん」
と答えた。
明日は春香をチラリと見て
「もしかして、神守」
お前話してやってないのか?
と告げた。
春香は不思議そうに
「何を?」
と聞いた。
明日は春香に顔を近づけて
「お前さぁ、小学校から持ち上がりだろ?」
知らないって訳じゃないよな?
と聞いた。
春香はちらりと芹を見た。
芹は首を振ると
「俺こそ知らない」
と言外に訴えた。
神守春香の記憶は5年前…つまり10歳の怪我を負った時から止まっている状態なのである。
あるのは昨日の記憶だけが辛うじてあって明日になればそれも消えてしまう。
つまり、積み重なっていく記憶がないのだ。
明日は黙る春香に
「マジか」
お前、知らないのか
と言うと芹に向いて
「あのさ、A組とB組はお家柄カースト制度があるんだよ」
これはもう学校自体がそうなんだけどな
「自分より下の席の奴には挨拶を返さないっていうのが普通なんだ」
まあ違う奴もいるけどな
と告げた。
芹は目を見開くと
「…学校公認のそんなカースト制度」
と驚き
「ってことはさ、俺が初日のホームルーム脱走で特異点って思われている訳じゃないってこと?」
と聞いた。
明日は笑って
「特異点って、ないない」
それを言ったら俺と神守が本命だろ?
「あー、神守のアルバイト使用期間は終わったっけな飛鳥芹!」
と指をさした。
「まあ、お前を無視するってことは神守を無視してるってことにはなるな」
それに周囲がざわめいた。
明日はニッと笑って
「そう言うことだ」
と告げた。
教室の中は廊下側から窓側に5列あり4段の20名。
それぞれの席でランクが決まっているのだが、外部入学の人間以外はそれを熟知していたのである。
つまり中央の3列目に座る人間はカーストの中心で後は窓側にそして一番下の人間が芹の座っている窓側の席であった。
芹は前のめりに机に額をつけると
「なんだぁ~、良かった」
とぼやいた。
明日は不思議そうに
「何がだ?」
お前カーストの底辺だって言っているんだぞ
と告げた。
芹は笑って
「別に」
俺の行動や人間性に問題があるわけじゃないからいいさ
と告げた。
「一番辛いのは誰かを悲しませたり苦しめたり…自分が恥じ入る行動をしてしまうことだから」
家柄とかそういうのだったら別に良い
そう、ずっと後悔している。
『たーくんも叔父さんも大っ嫌い!!』
本当は叔父さんが大好きだった。
優しくて何時も自分を両親よりも気にかけてくれていた叔父。
なのに。
なのに。
最期の言葉が『大嫌い』になったのだ。
弟の隆弘にしても同じだ。
羨ましい気持ちはあった。
それで少し恨んだりもした。
だけど。
だけど。
決して弟自身が嫌いなわけじゃなかった。
『芹もこっち!』
『芹もいこう』
母親は芹と出掛けたがらなかったが、隆弘は無邪気に自分を誘ってくれていた。
そう、いつも叔父が来た時だけ少し態度が違っていただけなのだ。
なのに『大っ嫌い』と言ってしまった。
それを謝ってももう届かない状態になってしまったのだ。
それ以上の後悔はないのだ。
春香は視線を伏せて泣きそうな表情に変わった芹を見て
「まあ、芹の方がこのクラスメイトの奴らよりマトモだってことだから安心して良いと俺は思うけど」
とさっぱりと告げた。
明日は言葉を紡ぎかけたが
「おーい、だからお前は言い方だ」
とビシッと告げた。
春香は不思議そうに
「言い方?」
と指先を口元にあてながら「う~ん」と唸ったものの『思い当たる部分無し』と言う態度を業ととった。
芹はそれが春香と明日なりの励ましなのだと理解すると
「ありがとうな、春香に楠木」
と告げた。
周囲では遠巻きに3人を見て小声で話を交わしていたが、芹は気にすることを止めることにしたのである。
始業のチャイムが鳴ると明日は席に座りタブレットを出しながら
「あ、飛鳥」
俺のことは明日で良いぜ
と告げた。
芹は笑顔を見せると
「じゃあ、俺のことも芹で」
と告げた。
春香はそれを見ると
「じゃあ、明日」
俺も春香で良いことにするよ
と告げた。
明日は顔を顰め
「誰も頼んでねぇって」
春香
と突っ込んだ。
穏やかな初夏の日差しが射しこみまるで何事もなかったように授業が開始された。
授業の講義はタブレットで配信され、教師はそれぞれの生徒の進み具合のチェックと質問の受け答えをするタブレット授業であった。
配信を進めるにはテストがあり、それに合格点を取れればスキップ状態で進めることが出来るので進んでいる生徒は1年であっても2年や3年の配信を受けることが出来るのだ。
その上で東都大学付属用高校検定のテストに受かれば大学配信テストを受けて将来行こうと思う学部の配信を特別に見ることが出来る。
芹はクラスの中でもトップクラスで現在2年の配信を受けている。
近いうちに3年の配信を受けて、大学の授業配信も受けようと思っているのだが…問題はどの学部にするかであった。
明日は隣で1年の2学期の配信を見ながら芹の画面を見て
「お前、もうすぐ3年だな」
大学の配信受けるだろ?
と告げた。
芹は頷いて
「そうなんだけど…学部がなぁ」
と呟いた。
春香は1年の一学期の配信を流し見ながら
「外部入学試験に受かっているんだよね」
ってことは
「俺もテストだけ受けて芹の配信レベルに追いついておいた方がいいのか?」
と心で呟いていた。
「クラスは持ち上がりだから心配してなかったけど、芹が大学まで配信を受けてとスキップテスト受けたら大学に行く可能性あるからな」
2日も経てば記憶は消えていく。
そう今日見た配信も明後日にはもう頭の中から消えているのだ。
だから、余り意味はない。
つまり、普通のペースでも春香にはどうでも良いことなのだ。
だが、芹にとっては大学へスキップするという切符になり、クラスどころか通う学校が変わる可能性がある。
春香はその事に不安を感じていたのである。
次の相手を探せば良い。とは、もう思えなかったのである。
そんな春香の不安を知らず芹は将来を決める大学の学部配信について悩んでいたのである。
極々普通のサラリーマンで安定した生活を送れればいい。
特別じゃなくて良いのだ。
その為の学部は何が良いかであった。
ただそこには『芹自身』が『何をしたいのか』がぽっかりと抜けていることに気付いていなかったのである。
1時限目の授業が終わり、タブレットの配信を止めて芹は座りながら身体を伸ばした。
隣では明日も同じように身体を伸ばしチラリと隣の春香を見た。
ジッと画面を見つめたまま座っているのだ。
明日は「珍しいな、心ここにあらずか」と心で突っ込み
「おい、春香」
休憩だぞ
と声をかけた。
春香はハッとすると
「そ、そうだね」
とタブレットに手を伸ばした瞬間に携帯から着信音が流れた。
それは同時に明日の着信音でもあった。
芹はギッと二人を見ると
「…TPO関係なしの事件のお知らせ!」
と心で突っ込んだ。
春香はそれを見て立ち上がると
「芹、いくよ」
と声をかけた。
明日も立ち上がり
「さて、俺も同行だな」
と告げた。
芹は頷いて立ち上がり
「わかった」
と答えた。
三人はタブレットを机に直し教室を後に立ち去った。
校舎を出ると車が待っておりそこに播磨正と霧島世雄利が乗っていた。
助手席に乗っていた播磨正は三人が校舎を出てくるのを見ると
「来た来た」
三人揃ってお出ましだな
と告げた。
霧島世雄利はそれに
「ああ」
三人が一緒のクラスというのは助かる
と呟いた。
芹と春香と明日は車の後部座席になだれ込む様に乗り込んだ。
そして明日が
「それで鑑識は入っているのか?」
と聞いた。
「事故と事件両面からとメールで書いていたが」
播磨は問いかけに
「ああ、鑑識は入っている」
本人は救急搬送されているけど
と告げた。
春香は考えながら
「そう言う状況って普通なら階段からの転落事故だけど」
何故事件に?
と聞いた。
東京都葛飾区の住宅街にあるマンションの一角で男性が階段下で倒れているのが見つかった。
男性は免許証から町田次郎と判明した。
北村物流株式会社の経理部に所属している25歳の社員であった。
初動は唯の転落事故だったのだがダイイングメッセージらしいものが見つかったので事件として持ち上がったのである。
車に乗りながらその話を播磨から聞き明日は
「ダイイングメッセージらしいもの?」
内容は?
と聞いた。
播磨は携帯に画像を出すと
「今から現物を見てもらうが」
これだね
と明日に渡した。
明日は見ながら真ん中に座る芹の前に滑らせた。
春香は横からそれを見て
「なるほど」
と答えた。
写真にはくしゃくしゃの紙に数字が書かれていた。
『22 10 7 き お つ け 5473』
恐らくスマホや目立つ物だったら犯人が持ち去るかもしれないと思い見つけにくい形でポケットに入れていたのだろう。
しかもパッと見て意味が分からない内容しているのは万が一犯人に見つかっても何を示しているのか分からないようにしているのだ。
春香はそれも踏まえ
「つまり、被害者はこうなる可能性があると考えていたって訳だね」
と呟いた。
明日も頷いて
「そうだな」
用心していたってことか
「だが何を書いているか全くわからんな」
と告げた。
春香は短く
「万が一犯人の手渡ることも考えて」
早々簡単に解けるようにしていないだろうし
と答えた。
そう、暗号などというモノはそもそも簡単に解けることを考えてなどいないだろう。
簡単に解けるのであればズバリ書いた方が効率的に良い。
暗号を使う時点で犯人には悟らせたくない、けれど犯人以外の誰かには分かって欲しいという意識が入っているからである。
分かりにくいのは当然である。
車が到着すると春香は降りながら白い人型のテープの向こうの階段を見上げた。
両側に家が並ぶ極々一般の直線の階段である。




