その2-1
淡い薄紅の花弁が開き街を鮮やかに彩っていく。
春の到来である。
飛鳥芹は紺色の上着を羽織ってビシッと決めると
「少し高かったけど入学式らしい服になったからOK」
と言い鞄を肩に掛けると家を出た。
4月1日。
東都大学服属高校の入学式である。
彼はマンションの隣の部屋のインターフォンを押すと
「おはよう」
と声をかけた。
扉が開き同じように少し明るいシルバーの上着を羽織って出てきた神守春香は
「おはよう、少し早くない?」
と呟いた。
芹は携帯をポケットから出して
「そうか?」
ここからバスだろ?
「新年度だしさ」
遅延するかもしれないから早い目が良いと思うけど?
と告げた。
春香は横合いから携帯の時間を見ながら
「それでも30分前って」
とぼやきつつも鍵を閉めると歩き出した。
しかし。
芹の言った通りにバスは新年度を迎えたこともあり渋滞し二人が東都大学付属高校に到着したのはホームルームが始まる5分前であった。
芹は教室に入って椅子に座りながら
「な、早い目行動大事」
と笑っていい、ポンポンと肩を叩かれて顔を向けた。
「同じクラスとは奇遇だな」
芹と春香の横手に楠木明日が立っており笑って告げた。
春香は「ん?誰?」と思ってチラリと芹を見た。
芹は明日に
「あのさ、21日の事件の時に春香と同じ高校だって分かってた?」
と問いかけた。
明日はあっさり
「ああ、もちろん」
けど飛鳥も同じ高校とは思ってなくてさ
と答えた。
芹は「そうなんだ」と呟き
「その時に言ってくれたらびっくりしなかったのに」
俺、今めっちゃビックリしてる
と笑って返した。
明日はハハッ笑い
「悪かったな」
神守はえらそーだから性格合わないし言わなくても良いかと思ってな
とあっさり答えた。
春香は「俺が偉そう?いやお前だろ?」と内心突っ込みつつ
「そうか、けど芹とお近付きになる気があるならこれからも出会うだろうし」
宜しく
と答えた。
…。
…。
芹はハハッと笑うと
「いや出会うも何も同じクラスだし」
と突っ込んだ。
明日も「こういうところな」と腕を組んだ。
明日は空いている彼らの隣の席に座りホームルームが終わって入学式へ向かう途中で芹に
「LINE聞いてもいいか?」
と告げた。
「お前とは協力していけそうな気がするからな」
芹は笑って
「んー」
と言うと
「俺のオーナー春香だから一緒するけどな」
と告げた。
春香は大きく頷いた。
「そういうことだね」
明日は呆れたように
「お前ら変な関係だな」
と言いつつ
「あー、分った」
序でに神守もしてやる
と携帯を出した。
芹は苦笑しつつLINEを交換し携帯のカメラを向けると
「楠木の動画を着信画面にするから」
と録画ボタンを押した。
明日は腕を組むと
「ほー、面白いことするな」
と言いながら
「ま、男前に撮影しろよ」
と笑った。
春香はそれをちらりと見て
「なるほどね」
と心で呟いた。
新しい学生生活の始まりであった。
1Day探偵
春香が短期記憶媒体の海馬と脳の間などに損傷を受けて記憶を何日も持ち越せないことを播磨から聞いた芹はあっさりと
「じゃあ、毎朝動画で説明すればいいんじゃないか?」
と告げた。
「俺が説明入れる」
だったら俺のことも朝一で理解できるしその動画の中に高校で交流の深くなりそうな人間を入れて行けば分かりやすいだろ?
春香はそれに
「なるほど」
確かにそうだね
と唇に指先を当てて考え
「じゃあ、それでお願いする」
アルバイト代割増しかな
と呟いた。
芹は肩を竦めると
「いやいや、俺そこまで守銭奴じゃないし」
いいよ
「事件が無い時は働いていないんだから」
と答えた。
その日から夜に芹は春香と今日あった事を話す姿を芹の部屋で録画しそれを春香が朝一で見るという形になった。
それに楠木明日の今日撮った動画も流れるということだ。
そのつもりで芹は明日の動画を撮ったのである。
春香と明日は同じ探偵仲間である。
顔と名前は知っておいて損はないのだ。
もっとも一番は今以上に仲が拗れてはやりにくいと判断したからである。
芹は体育館に入ると保護者や学校関係者が座る席の中央を進みながら小さく息を吐き出した。
多くのクラスメイトや他のクラスもそうだが両親が来ているのだろう。
だが、自分の両親はいない。
いるのに…いないのだ。
きっと自分がこうやって入学式をしているということすら意識の中に無いだろう。
芹は椅子に座りながら
「…良いんだ」
もう過去は捨てるんだ
と心で呟いた。
春香は芹の少し後ろを歩きながらチラリと保護者の席を見て目を見開いた。
養父の部下で事件後もずっと自分のことを見守ってくれている播磨や霧島が仕事で来れない事は知っていた。
だから誰も来ないだろうと思っていたのだ。
が、保護者の席に矢沢翔が座っており、目が合うと笑みを見せたのである。
弁護士の仕事も忙しいのに来てくれたのである。
春香は笑みを返し椅子に座った。
明日はその様子を見ながら
「最初の事件の時はつっけんどんで偉そうな愛想のない奴だと思っていたけど」
人並に表情があるんだな
「反対に飛鳥はちらりとも保護者席を見なかったな」
思った以上にちぐはぐな奴らだ
と冷静に二人を観察しながら隣に座り前を見つめた。
何処まで行っても探偵は探偵であった。
式が始まると静寂が広がり祝辞や宣誓、新入生の挨拶などが滞りなく粛々と進み、芹は気付かなかったが保護者の席には芹の父親である隆雄が座っていたのである。
息子の芹がどうして家を出て行ったのか。
どうして大阪から東京と言う離れた高校を受験したのか。
良く分かっていたからこそ声を掛けることはできなかったのである。
隆雄は息を吐き出し
「結局、俺は何もしてやれなかったな」
隆弘があんなことになってから百合子は芹のことについて何も話さなくなった
「あの事件の時に限って隆弘が弘志君と行ったのは隆弘が行くと駄々をこねたからだが」
百合子には余計に芹が許せなかったんだろう
「私には百合子を責めることも芹を守ることもできなかった」
すまない
と流れる新入生挨拶の声を耳に視線を伏せた。
せめてできることは入学式に出て息子の一歩踏み出す姿を見守ることだけだったのである。
芹は入学式が終わり教室へ戻ると同時に春香から
「…事件があったらしい」
と告げられた。
明日もLINEを見て横の会話を耳に
「しようがないな」
行くか、飛鳥に神守
と立ち上がった。
芹は驚きながら
「探偵業、場所と時間を選ばず!!」
TPOがない!
と心で突っ込んだ。
春香も立ち上がり
「そうだね」
行くよ、芹
と告げた。
ざわつくクラスメイトの視線を浴びて芹は立ち上がり
「ひー」
と心で叫びつつ、驚く担任の声に見向きもせずに去っていく二人の後を
「あー、すみません」
行ってきます
となけなしの挨拶をして立ち去った。
学校の門の側では播磨の運転する覆面パトカーが待っており三人が校舎から出てくると乗せて現場へと向かった。
芹はその流れる景色の中で見知った人影を見つけ
「え?」
と思ったもののそのまま通り過ぎていく風景の中で見失ったのである。
「…お父さん?」
いやいや来るわけないよな
そう苦く笑って肩を一度上下に動かして前を見つめた。
現場は東京の住宅地であった。
一軒家の並ぶ住宅街の中でも少し大きな邸宅で一人の男性が毒を飲んで死んでいたのである。
既に黄色の立ち入り禁止テープが張られ警察官が警備に当たっている状態であった。
周囲には数人野次馬の男女がおり、少し離れた場所の駐車場に播磨は車を止めて三人を現場へと案内した。
芹は春香と明日の後ろについて騒めく人垣の間を割って中へと入った。
鑑識が現場の様子をカメラで撮影したり飲みかけのカップを調べたりしていた。
もちろん、現場保存第一である。
播磨正は中へと入り
「自殺のように見せかけられているんだけど他殺だと帰ってきて死体を発見した妻が言っていてね」
愛人の女性が殺したと言っているんだが
と告げた。
「現場は保存しているから一応みんな手袋をしてもらえるかな」