高校時代~コンプレックス解消の兆し~
転機になったのは、私が高校生、弟が中学生になったころだと思う。私はそのころから空気を読むことができるように努力をすることの必要性にようやく気付き、クラスでも陰キャとして定着できる程度にはコミュニケーション能力を改善することができた。また、勉強もこのころには復調しており、小学生のころと相変わらずではあるもののクラス上位十%程度の位置を常にとれるようになっていた。一方の弟は、勉強で伸び悩むようになってきていた。クラスの真ん中よりは上、頭もいい部類には入っていたが、私ほどではなかった。この時、私は初めて弟に何かで勝つ、という経験をすることができたように思う。人の成績と自分のを比べて勝ち誇るのはお世辞にも褒められたことではないし、弟に対してこんな感情を抱くのは間違っているとも思う。それでも私は、弟に何かで勝てた、ということで弟に対してどこか心の余裕が生まれ、よき兄、一緒に楽しくバカ騒ぎをできる兄になることができた。
高校三年生になって進路を決める際、私は地元の医学部を受験することに決めた。医師に対して特別なあこがれや使命感を抱いていたわけではない。面接では地域医療に貢献したいからと表向きの志望理由を述べ、親しい友人には金を稼ぎたい、安定しているから医師を目指すんだとうそぶいた。しかし、誰にも言っていない裏の理由の一つに弟に勝っていたいから、というものがあった。今現状では弟に勉強で勝てている。しかし、勉強の成績なんてあと十年もしないうちに何の価値もなくなってしまい、収入やコミュニケーション能力、顔、その他諸々が人を評価する基準になるんだとその時の私は思っていた。であれば、自分の持つ唯一の才能であるテストでそこそこの点数をとれる能力が使い物になっている内にどうにかしなければいけない。医学部に入れば、よほどのことがない限り平凡な街医師にはなることができる。医師であれば、弟が今後いい大学に入学して一流企業に入ろうが、アイドルや俳優になろうが、起業して大成功しようが、自分が医師になっていればかろうじて対等にはなれるんじゃないかと思った。そして自分が優位だと思える何かが一つでもなければ、自分は弟に対して善良な兄として接することが今後できなくなるのではないかと恐れた。