現状
現状。
この世ならざるもの___神が植えたとされている超巨大樹__神樹の露出する根を取り囲むようにして築かれた魔術協会も、長い長い年月の経過により規模を拡大させ今や一国と謳えるまでの発展を遂げていた。
自然と共に歩む魔術協会と神樹が在るのはクラバド大森林__ユリウス国から南東3日程の道のりの先に位置する_野生生物を数多く有した深い深い森の中だった。
天井を設けるかのように枝葉を大空に広げ地上を静かに見守っていた、この世の規格に収まらない神樹は日中淡くも神々しい光を放ち。圧倒的な存在感を示しながらも、摩訶不思議にも、グラバド大森林に立ち入らなければ、それも相当奥地に踏み込まなければ存在を認識させない特性を持つ。
秘密裏に。白魔女のような膨大な魔力を誇る何者かが絶えず認識阻害魔法を唱え続けているのか将又シャイな神樹自身の力によるものなのか。真相は未だ解明されていないが、ただ幾つか言えることもある。
•外界からの視点では神樹は観測されず。グラバドの広大な森と何処までも続くような空が背景として補完されているということ。
•その認識阻害は見る者に違和感を覚えさせない高度なものであること。
•長年続く研究と調査による成果は芳しくないが調べて行く中での発見もあった。例えば、落枝は歴史上見受けられず、枝は魔法を行使しても折れることはない。万年黄金色の葉をつけ、未だ確かに成長を続けているということ。
•折れない枝の代わりに新芽を発見し切断できたなら魔女魔術師の必需品である杖が作れる。それも永久ものの不壊の杖が作れること。ぐらいだろうか。
過去も現在も魔術協会挙げての調査は続き難航している。かつて歴史上、協力関係にあったとされているユリウス国と今尚共に歩みを進めていたなら今頃何かしらの進展あったかもしれないが推測の域は出ない。
もし、もう一度先祖がそうしていたようにユリウス国と手を取り合えるのなら、ユリウス国の優秀な人材__博識な学者を招き入れ、新鮮な思考と魔術協会の魔法魔術の粋が合わさったなら或いは、更に多くの国の協力を仰げれば大きな進展が期待でき__
魔術協会との交流なき国の者がクラバド大森林に近付くことはこれまで一度としてなかった。きっとこれからも。それはグラバド大森林についての未来予知にも似た伝承が遥か昔に全土に向け発信されていたからだと思われる。
『種は蒔かれ、賽は投げられた。生まれ落ちた光と影の混じりもの。天秤がカチリと傾く。降り注ぐ流星が理を壊す時、天使は悪魔を攫うだろう。天秤がカチリと傾く。混沌とした時代の始まりを告げる堕天使に、悪魔は泣きつき縋るだろう。どうか再び理を___。運命の天秤が大きく傾く。儚げな輝きが一滴の毒で侵される。中から腐り蛆が這い出たなら___害虫共は関わりある全てに破滅を齎すだろう。だからどうか穢してくれるな。若木は未だ弱いのだから。』
● ◯
唯一魔術協会との往来のあったユリウス国においても関係を絶って数百年余りは経過する。故に神樹の存在を知る者は死に絶え、神樹の存在は伝承、架空の物語となって後世へと語り継がれることになる。
実在の神樹を知る者たちは魔術協会の魔女魔術師と、協会の長である黒魔女の気まぐれで招かれた10名程度の魔力を持たない孤児達だけだった。
無知な他国の者達に、何かを機に神樹が露見するよう事態になったならば____世界に激震が走ることは必至だろう。
魔術協会との戦いの火蓋をきったユリウス国王マテウス=ユリウスとて異様な大樹を、小国規模の魔術協会を目にしていたなら驚愕の色を隠せなかった筈だ。そして、戦争を始めようとは露ほども思わなかった筈だ。
現地入りしなかった、させなかった両方の選択が招いた結果が最悪の形で現れたに過ぎない。
(IFストーリー)
超巨大樹を。小国を、すっぽり覆えるだけの隠蔽魔法を行使する術者集団を前に、
何故ワシは負け戦を始めようと考え至ったのか...長を殺せばどうにでもなるだろうなど..浅はかな自分が愚かしい....。
盛大に勘違いするマテウス王はこう考えたに違いない。
魔術協会にも隠し玉はあるのやもしれぬ。長すら超える更なる実力者の存在がふと頭に過り、白魔女封印以上の戦果も望まなかったかもしれない。そもそも白魔女の件から手を引いていたかもしれない。
あぁ...まだこの国のどこかに怪物が潜んでいるというのか...。白魔女と同等..或いはそれ以上の...。
「...ブラックローズよ。」
「なんじゃ?」
「申し訳ないが白魔女の件から手を引こうと思うのだがどうだろうか?」
「...。手を貸すと一度は言った手前..こちらは引くに引けなかった...ふぅ..。感謝するマテウス王。」
「「....。」」
「我々はこうして話し合い、一度は白魔女襲撃を画策した身。そこに偽りなかった。」
「当然じゃ。ユリウス国と魔術協会の未来のため我はお主に手を差し伸べたのじゃから。」
「結果___手を取り合える事が証明された。魔術協会は緑豊かで空気が澄んでいる。大地が潤い、子供達の笑顔も多くいい国ではないか。目にして確信を持てた。遙か昔そうあったように、往来を、交流を再開して頂けないだろうか。この通りだ...人間側の過去の過ちを謝罪する。すまなかった...すまなかった...。」
先祖代々受け継がれる神聖な衣に泥を付けてでも見せた土下座を前に魔術協会の魔女魔術師は互いの目を合わせて首を横に捻っていた。
「...感謝する...。人間側からの謝罪...確かにこの耳で聞き届けた。...現魔術協会の長ブラックローズ。今を持って宣言する。遠い過去のことは水に流し、今生きる我々のため、未来のためにユリウス国と手を取り合う事をここに誓う___」
血の流れない選択が、もしかしたらあったのかもしれない。2間がすんなり手を取り合う優しい世界。そんな希望に満ちた世界もあっていいんじゃないかと思う。
● ●
数では圧倒的にユリウス国に劣るものの魔法を扱う魔術協会側は個において圧倒的な優位にあった。
それもこれも戦争に至ったならばの話だが、力の拮抗が予測される。
余程の策がなければ攻め入った方が負ける。膠着状態にある。
此度、白魔女の森を攻め入った件で手痛い被害を被ることになったユリウス国王は、ユリウス国全土___総数から見れば一握りに過ぎないが多くの兵を失い、白魔女狩りへと赴いた残存兵の信頼を地の底まで落とし、心を完膚無きまでに挫かれ現在はユリウス国へ帰り道中。魔術協会もまた__双方深刻なまでの深傷を負ったことは間違いない。
目的である白魔女の無力化に成功したが、それを加味しても多大な被害を被ることになった魔術協会に、未だ長 黒魔女の一報は届いていない。
ユリウス国と魔術協会の間に結ばれる筈だった協定は、二間の蟠りを清算し、誰もが往来を、人と魔女、魔術師と自由に交流出来るようにすること。ただそれだけを白魔女に代わり成そうとした黒魔女だったが。王の裏切りにより(腹に刃物を突き刺され)協定が反故になったことも。何一つ情報が魔術協会側に届いていないのは、
「皆足手纏いじゃ。待っておれ。それにこれは協定を結ぶための戦い。長の力をユリウス国王にお披露目するいい機会なのじゃ。我が友であり永遠のライバル白魔女。相手にとって不足無し。....。友を___同胞を裏切るのは私だけでいい___2間の平和は彼女の宿願でもある以上ワシはどんな手を使ってでもやり遂げて見せる。まぁ、皆の者は気楽に待っておれ。」
豪語し単身動いていた結果が仇となった。
形式上は互いに不可侵の状態から、事実的な戦争状態へと移行することになる。
近日中に戦争が始まるなら、情報を有するユリウス国に圧倒的な利がある。何より頭の欠けた猛獣の群れなど扱いさえ覚えてしまえば恐るるに足りず。統率力と純粋に最大戦力を失った魔術協会はユリウス兵による奇襲、物量に翻弄され本来なら滅びの一途を辿る運命にあったであろう。しかし、そうならないのは、ユリウス国王の心に迷いを生じさせることになったのは小さな魔女の行いが原因だった。
致命傷の黒魔女を王の魔の手からギリギリのところで転移させ逃がしたのは、二代目白魔女エミリヤだった。
彼女自身身に覚えもないのかもしれないが、確かに今後の行く末を違う結末へと導いた。
カチリ。世界のどこかで天秤の傾く音がする。