白魔女襲撃当日(事後処理)
白魔女が眠りについた日。事後。
魔術協会とユリウス国の全面戦争を回避するためリーン将軍に協力を約束したブレイブ一行。
条件として後出しで提示したのが、数多転がる兵の中から施設出の仲間達3体の捜索だった。
「将軍の手を煩わせるようなことは致しません。ですが、仲間の亡骸の有無を確認させて頂きたく、お願い申し上げます。真昼までには終えて見せますのでどうか...どうかご猶予を。」
土の地面に頭を着けた青年の並々ならぬ覚悟を感じさせる土下座を前に渋い顔を浮かべた将軍だったが、よかろうと答えてから行動に移すまで迅速だった。転がる兵士の元に歩み寄り膝を地面に下ろし、兜を丁寧に脱がせると、
「国を思い、よく弓を引いてくれた...感謝する...。」
どんな者にも等しく声をかけていく姿勢は顔に似合わず彼の人柄の良さが垣間見える。だが怒りを露にしているかのように声は震え、同時に後悔が滲み出ているようでもあった。
黒魔女様を助けるため後の処遇も顧みず王を押えてくれた一件も含めて、
「私のことを更に恨むことになるだろう。だが、必ず国のため役立てると約束する。だからお主の耳___頂けないだろうか...。」
信頼に足る人物だとブレイブは、震える背中を見て見ぬフリをし身を起こしていた。
「スズネ、アリス。二人には穴を掘ってもらいたい。場所は...そうだな。なるべく先生の森の近くがいいだろう。考えたくはないが使用する可能性も十分あり得る。覚悟しておいてくれ。......すまないが....頼めるか。」
「森の方...。」
ボソリと零すスズネから心境は容易く読み取れた。言いたいことも分かるが口にしないだけマシに思えた。
やがて二人の目は森の方向を映し、正確には道中転がった者達と、現実に向き合っていた。
「「....」」
言葉が詰まるのはまともな神経の持ち主である証拠。即答は端から期待していない。
彼女らが首を横に振るようならそれならそれで構わないが意図して亡骸との接触を避けさせたのは言うまでもない。まったく仏探しに関与しないというのは些か可笑しな話でせめてもの譲歩。そして、穴掘りは万が一に備え必要な役割でもあった。
うら若き乙女たちに酷なお願いをしている自覚はある。死人の間を縫って森の目前まで行けなんて。
良心が確かに痛んだが仲間の手前、一肌脱いでくれと頭を下げることしかできなかった。
捜索の現場は。未だ多くの死臭を放っていないだろうが血生臭く凄惨な光景が広がる上、手探りでの作業が求められる。死人の面を暴き、状況次第で矢を引き抜けば温かみの未だ残る鮮血に接することになる。
血塗れ。鮮やかに染め上げられた自らの手を目にしたなら気弱な者はまず失神する。誰であれ震えや吐き気の一つや二つは起こるだろう。
それを女の身である二人に課すことは自分には到底出来ない。結果的に皆の負担が増えようとも。
この後の時間、陽が高くなるにつれて更なる異臭も漂ってくるだろう。衝撃的な現場にわざわざ女性を留まらせたくないのは何も自分だけではない筈だ。
視線で問うも、納得したように7人の男らは頷きを返し。
黒魔女ハットを被るスズネは言い聞かせるようにプレートアーマーの上から胸を撫で下ろしていた。
「...それなら...なんとか。アリスもいるなら...。穴は..いくつ掘ればいいの?」
「...。」
将軍の気持ちも汲み、ここに転がる者達全員分の墓穴を掘るのが望ましいと分かってはいる。だが11人総出で休まず作業しても、どれぐらいの日数かかるか検討もつかない。
今は本来、一分一秒が貴重だ。ここでの大幅な時間のロスが後々致命的な結果になって現れる可能性も捨てきれない...しかし。共に過ごした時間は短いもののかつての同僚の亡骸を前に葛藤し踏ん切りが着かない。若く青いブレイブの背にリーンは助け船を出した。
「私のことも、この者達のことも気にするな。今は自らの成すべきことだけを考えろ。これは...私と王の背負う問題だ。」
これが将軍と呼ばれる者の器。そして、覚悟。
背中越しの声はずっしり重く、すっと心が軽くなっていた。
死んでいった者達も彼の指示だったから弓を引けたのだろう。将軍の強く国を思う気持ちに応えたいと自らの心に蓋をし、死して、挙句の果てに行きついたのが二間の戦争とは笑えない。さぞ無念だろう。
だが、お前たちの信じた将軍は道を踏み外してなどいない。王の愚行に疑問を持ち立ちはだかった。きっと自分たちが王の蛮行をこれ以上許さない。戦争に発展する前に阻止して見せる。
安心して眠ると____
「...良かったね...ブレイブ。気にしなくていいならんんんん~~~!?」
「お口チャック。行ってくる。」
口を塞がれ、引き摺られ足をバタバタとしていた黒髪の彼女と、金髪のアリスが遠ざかっていく。
よく止めてくれたと口にはせずともありがとうの視線で見送るのだった。
ホッとしたのも束の間。一難去ってまた一難訪れ。
女性の問題児はスズネ...だけだと思いたい。それの男版の再来。
「ホンマすんません。スズネは顔はともかく、頭があれのものやから。空気読めず余計なことを言っちゃうんですわ。ホントあれさえ__」
「はいはい、お前もな。人を見下す暇があったら兜を外せ。矢を抜いてやれ。手始めに___」
(弟)アクス、(兄)アレクは双子のクリソツ兄弟だ。一口に言っても性格は少々異なる。
ひねくれ者のアクスと毒舌のアレク。
兄であるアレクが弟に引き摺られながら、「いやや!グロすぎるてー...。見てみー、コイツなんか顔面に矢突き刺さってもうてる。これがほんまの顔面崩壊や。ひぃー!..。」など漏らすのを聞きながら、ブレイブの目は若干潤んでいた。
「すみません...うちのデリカシーのない奴らが..。」
仏のようなリーン将軍といえど顔をひきつらせ般若の形相でいることは容易に想像でき直視できなかった。
本当にすみません。少し尖っている奴らですが、悪い奴らじゃないんです。...本当です。
フォローすらも裏目に出そうなので喉元に留めて。
今後上手くやれるのか不安を覚えながらも指示を送り3名の捜索を開始したのだった。
○ ● ● ●
9人居る男らの内、将軍、ブレイブ、ノクトを除いたそれぞれが、其処らに転がった者から手当たり次第に矢を引き抜き、兜を外していくが目当ての顔は姿を現さない。
単純かつ不快な作業を黙々とこなし、ある双子はギャーギャーギャーギャーそれでも手は進める。
早く見つけてあげたい反面、この中に居ないでほしい__願わくば負傷兵に混じって一足先に帰路へついていてほしい。
どうかこの人探しが無意味であれと心から願い一同は捜索を続行する。
将軍は元より。ブレイブ、ノクトは未だ捜索には参加しておらず、だからと高みの見物をしていたわけではない。
彼らは務めを果たすため、心身ともに備えていた。
「準備は出来たか。」
「..のわけねぇだろクソが..。だが..いつまでも俺らだけこのままって訳にもいかねぇよな..はぁ..」
悪態をついたノクトからはそれはもう嫌悪感が滲み出ていた。後の事を考えると致し方ないと思えてくるが何しろ彼が頼みの綱なのだからこの時ばかりは耐えてもらう他ない。
「負担をかけてすまないが今この時お前程頼れる奴はいないんだ。分かってくれ。」
偽りなく言葉を交わせば少し照れ臭そうに、逃げるように 「...。うっし、じゃあ始めっかぁ...。」
ノクトの嗅覚は人のそれを遥かに凌駕する。そのため人探しをする際に咄嗟にとった行動があった。
一つは鼻まで覆っていた漆黒のフェイスベールを首元まで下げること。
もう一つはプレートアーマーを脱いで身軽になることだ。
そして、犬のような姿勢で亡骸の転がる地を縫い歩きスンスンと鼻を鳴らした。
長年共に歩んだ仲間の匂いは決して忘れる事は無くある程度の距離に入れば異臭に紛れようが見つけてくれるに違いない。ブレイブは予測を立て可能性に賭けていた。
読みは当たり。幸いにも彼は「少なくとも近くには居ねぇなぁ...。」ぼそりと零す。
その言葉の信憑性はそのまま彼への信頼に由来するものでブレイブは声を張って仲間に指示を下した。
「この近くには居ないようだ。各々捜索範囲を広げてくれ。」
他方からは「はい、はーい。」 「了ー解。」 「分かったよー。」 「心得た。」声なり身振りなり各々反応を示してから背中を向けて移動を開始する。誰もが疑う様子はなく抜群の信頼関係からなる自慢の仲間たちだと誇らしくなっていた。
あぁ...どうか、この捜索が無意味でありますように。
天を仰ぎ時間の経過を確認した。お日様は進み朝の涼しい風は鳴りを潜める。熱を帯び始めた地面に空気に生の肉に、血の臭い...油断をすると喉元にこみ上げてくる物があったが再度飲みこみ胃に収める。
なかなか堪えるな...。
昼間までだいぶあるように見えるが魂無き器からこうも早く異臭がするとは知らなかった。
常人でもこれだ。ましてやノクトの鼻はその比ではない。早々に切り上げないと精神的にも肉体的にも不味い事になるだろう事が目に見える。
それでも亡骸の数は果てしない。多勢に無勢とはまさにこのことで。場合によっては切り上げることも視野に入れなくてはならないようだ。
捜索完了が先か、音を上げるのが先か。当の本人の気力次第。
我に返るとノクトはだいぶ先を行っていた。
「...。今からこんなんでどうする。しっかりしろ。」
顔をペしぺしと叩いて気合いを入れ直すと後ろ姿を追った。
それからしばらくは収穫も無いまま時間が流れる。
小休憩も挟まず徹していた彼が突然ピタリと歩みを止め、はぁ...落胆のため息をついた。
まさか...。心臓が飛び跳ねたが、
「うえっ!吐きそう..。鼻が腐る...うえっ!..まじでやめちまうか。俺だけしんど過ぎる...うえっ!....マジで辞めてぇ...。」
涙目で。どうやら不平不満を垂れたかっただけのようだ。何しろ一時間近くも四つん這い、忙しなく嗅ぎ続けていたのだから額には相当の汗が伝っていた。
呼吸すら躊躇うような異臭にいよいよ気力の限界が近いのかもしれない。
仮に。もう無理だ。辞めようと匙を投げるようならこれ以上の深追いは諦めざるを得ないが。
「何とか頼むよ。ノクトだけが頼りなんだ。」
ほら。そう言って水の入った革袋を手渡して気分転換がてら会話を交える時。彼は1度額の汗を拭ってからフェイスベールをかけ直す。
「ちっ...分かってんよ。俺だって仲間をこのまま放置なんて出来ねぇ。________まぁ、本当に居ればの話だがな。」
「...だな。確かにあいつらがあれしきで死ぬわけがない。それでも念の為だ。」
「俺の聞き違いかぁっ?死んでると勘違いして、鹿野郎ども..って、言ってたよなぁ?おめぇ。」
「あれは...スズネは泣いてたし、アリスは祈ってるしで..死体を確認したものと...。」
「まぁ、しゃあねーか。みんなあれを見て俯いてたわけだし。しかし...問い詰めれば、見てないよ?だとよ。ふざけてやがる。だが...まだわからねぇ。...しっかり嗅ぎ分けるまで油断なんねぇ...。」
「...そう..だな。」
「はぁー...。はぁ~再開すっかぁ..」
ぐいっと。フェイスベールを下げて水を口に流し込む姿、フェイスベールを通さずまじまじ見た横顔は久しぶりでなかなかに男前だった。
少し長めの銀髪は風に揺れ、鋭い銀眼を露にする。鋭さを更に印象付けるのは八重歯だった。獣人という者がこの世界に居るのなら、耳を頭の上に付け足したなら、きっと彼は狼の獣人。それなのにアリスたちと来たら......よくノクトを犬扱いしている。
「そういえばノクト、ベールしてなかった。珍しい。」
「ど、何処ですか!?ベールなしのノクトは。ぁ..........(ゴクリ)。アリス、穴掘りを早急に終わらせて、お手をもらいに...。..お手じゃなくてお手貰いに...。...。お手をもらいついでにお手伝いに行きましょう、そうしましょう。善は急げです。事態は急を要します。」
「お手のために頑張るぞー。」
「「おー」!」
道中転がった兵から頂戴した得物で、抜き身の剣でザクザク地面を解しながら。持ち前の無神経ぶりをフルで発揮しながら何かを言っているのだろう。
「お手なんかしねぇぞ、女共っ!」
そう、ノクトは耳もいいんだ。距離があろうと反論して見せる。しかし、彼女たちには届いてないみたいだよ。
「...。あぁ...わりぃな、取り乱した。」
「こんな時でも変わらないな。スズネもアリスも___」ノクトも。
「何笑ってんだよ。」
「いや、何でもない。引き続き宜しく頼む。」
「...。あぁ。」
彼のフェイスベールには白の魔女様の魔術が込められていた。
利きすぎる鼻は便利な半面、時に自らの首を締め付けることになる。
あれはまだ、自分たちが施設に居た時だ。施設を出る5年程前だっただろうか。
ブレイブ13歳。
白魔女様___白先生が女子向けに香水など持ってきた時のことだった。
端から兆候はあった。時折鼻を庇う仕草を見せて、場合によってはその場から立ち去ることもざらにあった。だけど、まさかあんなことになろうとは。
白先生から香水を受け取り目を輝かせたスズネは子供だった。付ければ付けるだけいいと勘違いしていたのだろう。その身にそぐわない量をふんだんに纏わしたのだ。
「どう?私いい香り?」
それでも白先生が持ってきた物に間違いはなかった。
量のせいで強めの香りではあったが決して不快というわけではなく、かなり薫るなぁぐらいにしか当時の僕は思えなかった。
「うん..まぁ...。」
男女問わず一人一人に問い、ついに運命の時が来た。
当事まだ小さかったノクトは死刑台を前にした死刑囚のようにガタガタ震え、鼻を押さえつける。彼女が迫れば一歩退き、迫れば退きの、一進、一退を繰り返した。「?」違和感を覚えたようでスズネは駆け出し。焦り対応を誤って足を縺れさせて転べば尻餅をついて後ずさった。
男の子なのに涙なんて浮かべちゃって...。反応が可愛くて、嬉しくて、スズネは、目を輝かせ。壁際まで追いやり逃げ場を奪った上で抱きついたのだ。
「えいっ♡どう...いい香り?」
瞬間ノクトが気絶した。「「「あ...。」」」
原因に心当たりがあったようで、見かねた白先生は嗅覚を抑制する魔法を白のフェイスベールにかけ装着させた。
ノクトは特別鼻がいいから、それを人並みにするために必要な道具ということを皆に知らせた。布地を中心に周囲2、30センチにも魔法の影響があり嗅覚が低下するとのこと、魔法で汚れないようにしてあるから衛生面も大丈夫とのこと。大方こんな説明を残したと思う。
別件だが去り際白先生は不思議なことを言っていた。理由は定かではないが幾年経っても褪せない記憶として自分の中に残り続けている。
「あんまり長居すると悪いですね__私が居ると戻るに戻れない人たちが居ますので...。また来ますね。」
どういうことだろう?皆頭を傾け。
白先生が帰って早々に黒先生を始めとする先生方が続々と児童施設に戻ってきた。
「ふぅ...白魔女はいい奴なんだがな..。纏うバカみたいな魔力はなんとかならんのか...うっ..」
「いい歳して魔力酔いなんてしてんすかぁ?情けないっすねぇー♪そんなんだ..うっ..やば..。」
「お主ら..それでも我に次ぐと噂されてる魔術師と魔女か...はぁ。かく言う私も...隣に並ぶことは叶わないのだがな...奴には力遠く及____。」
「「オロロロロロロローーーーーーー」」
「わ、我が話しておるだろーーー!!!吐くなぁぁぁーーー!!!」
先生を見るなり「黒先生~!」ノクトは忠犬のように駆けて行った。「...おー....よしよしよし...どうしたのじゃ?」この頃からノクト=犬。印象付いたように思う。
フェイスベールの件、装着の経緯を説明した後は「白は嫌だから黒がいい。」駄々をこねて「久しく見るが相も変わらず________綺麗な魔法だね...ホワイトリリー...。」完成したのが、漆黒のフェイスベールだった。
思い出の品であり、重要な防具として片時も離さず身に着けるノクトは今でこそ口は悪いが、仲間思いで心が綺麗な奴であることに変わりない。
稀に会えた白先生、面倒見のいい黒先生、他の先生方と、仲間たちで過ごした温かい日々は人生で一番充実した時期だった。
嘘のような今は白魔女の封印、黒魔女の消失、仲間三名の安否の不明。
自ずと奥歯と握り拳に力が籠もった。そんな矢先の出来事だった。
「っ!...くそがっ...。......居たぞ...。」
居たぞなんてノクトの口から聞きたくなかった。それは紛れもない真実に相違ないということだから。
あぁ...そうか。ついに私の役目が来てしまったようだ。願わくばその時が訪れないでくれることを___容易く現実は残酷を突きつけてくる。
「...。わかった...引き続き...頼む..。」
「先...行く...。」
ノクトが止まった先の亡骸と対峙して頭が真っ白になった。絶望とか悲しみとかそういった類いの暗い感情すら抱かせて貰えず思考力一切奪われ。
ただ呆然と立ち尽くすことしか許されなかった。
時間が経てば回復の目処が立ち鈍いながら動きの悪い頭を稼働させて行く。
外的損傷具合はそこらに転がる兵と何ら変わりは無い。
一本の矢が深々兜にめり込んでいた。
流血が多くなかったのはせめてもの救いだった。
「....」
ノクトがそうだと言わなければ仲間とは微塵も考えられなかった。この死体。
カナメだろうか。ユウリだろうか。アオイだろうか。
脳裏を稲妻の如く駆け抜けたのは右も左も分からなかった子供時代のもの。記憶の中の彼らは一様に無邪気に笑っていた。
「....っ。」
不意に強烈な胸の圧迫感を覚えた。息苦しく痛く何より辛い。目でも回っているかのように視界はグニャグニャと波打ち立っていることすら困難になって堪らず片膝を下ろしていた。
絶望、悲しみ、焦燥、多重の感情が激流のように青年を襲い、青年は顔には脂汗を滲ませる。
呼吸を乱しながらも、動かない、事切れてしまった者に震える手を懸命に伸ばす。
果たして誰なのかは_____暴かなくていい。考えなくていい。ただ成せ。
血が飛び散らないように、仲間が痛くないように。頭部からゆっくり矢を引き抜くと栓を失ったことで傷口が赤々しく潤っていく。やがて許容出来なくなって溢れると兜の内外を伝い後頭部へ____最後は土の地面に吸い込まれ染みになる。
僅かに滲み広がる黒染みからはしばらく目が離せそうになかった。
「...。」
血液の流出が大方治まる頃。ブレイブは背負うように引き摺って、緩慢な足取りで墓穴に向かった。
本当に仲間の遺体が発見されるなんて...相当のショックを受けているようだった。今にも崩れそうなスズネ。手を貸し支えるアリスは、どこかぽけー...っとしている様子で焦点が合っているのかいないのか。顔色一つ変えず平常のようにも見えてしまった。そんなわけないのに。
だからその際聞いたが、やはり...霧の立ち込める森には入れないらしい。入ろうと霧に踏み込めば全身が吞み込まれた瞬間森から離れていく。と。
自立した彼女も加勢するものの。
彼女らは説明下手なのかいまいち要領を得なかった。百聞は一見に如かずと試したが、霧に呑まれ森に一歩立ち入ったかどうかのタイミングで森に背を向け反対側に歩き出す結果となった。
これでは霧の中に閉じ籠もっているだろう白先生には会いに行けない。
「くそ...本当に入れない...。」
でしょ?スズネはわかっていたとばかりに力無く剣を地面に突き立て俯いた。
疑って悪かったよ、ごめん。と謝罪して。諦めてノクトを探し、亡骸の回収に行く。
まさか本当に3回行き来する羽目になろうとは誰も思いもしなかった..。
並べられた仲間の兜を外すような真似は彼らのためにもしないが一言、二言。
どうしても我慢出来なかった。
「...お前らなら避けられただろ。...白先生に弓引いて..罪悪感覚えたなら...なにその矢に射ぬかれてんだよ....。罪滅ぼしのつもりか?....考えれば分かるだろ..お前らがやったことは...。...。..馬鹿野郎ども...。」
役目を終え、額を拭ったノクトは無気力に空を見上げた。
雲一つないような快晴だった。
太陽が最高高度に達するまで時間はまだある。
「...黒先生...。」
フェイスベールで鼻まで覆うと最後に。皆に合流し。
凍りついたような空気の中目を見張った。
粗っぽくも掘られた、不完全な穴を前にして、「3人こん中に無理矢理押し込めってか!?ちっちぇーよ馬鹿!結構時間あっただろ!それなのにこれって。おいっ!ふざけんなよ。」これでもかと罵声を彼女らに浴びせた。
「だって剣じゃ上手く掘れなかったし...皆ここに居るとは思わなかったし...ねぇ?」
「ねぇー。」
二人して同調していることがムカつく。
人が頑張っている間、土を耕してただけの事実がムカつく。
ギャーギャー喚いていた無能な仲間にムカつく。
勝手に自滅した仲間にムカつく。
黒先生を刺した王とやら殺す...。
ムカつく。ムカつく。ムカつく...
「あああーーー!!!」
八つ当たりするかのように得物もなしに指を地面に突き刺し。掻き上げ土を撒き散らす。その姿は獣の如し。
雄叫びを上げ、捨て場のない感情をそれでも指先に乗せ、ぶつけ、力の限りザクザクと穴を掘り進める。
然程時間を要さず小さかった穴はみるみる深さと広さを獲得していき。
圧倒され皆が息をすることすら忘れる中。
ボソリ。
スズネはやはりスズネだった。
「ここ掘れワンワン。」
「...。ワンワン。ノクトその調子。いいペース。」
アリスも然り。マイペースである。
「ざけんじゃねぇぇぇぇぇー!!!」
しばらく空には土の塊が舞っていた。
○ ○ ● ●
3人の亡骸は若干窮屈そうに肩と肩を寄せ合っていた。男らの手によって穴に整列され、男らの手によって土をかけられていく。
埋まっていく仲間達。垣根を超え家族だった者たちをぼんやり見下ろすアリスの透き通るような金眼は一切揺れることはなく作品のように綺麗なままを保ち続ける。表情にも一点の曇りもないが、感情を代弁するかのようにサラサラの金髪が風に靡いていた。
「まだ信じられない...でも..本当にこれでサヨナラなんだ...。」
先程までの人格をどこかに落としてきたような変わり様のスズネはしおらしい。
長く伸びた黒髪と同系色の魔女の帽子を深々と被り目尻には涙を浮かべている。
そんな風に私も____目だけ横にやって彼女を羨ましく思った。
「バイバイ。」
土に完全に埋もれた家族にアリスは別れを告げる。
いつもと変わらず無機質な声。こんな時でも私は変わらないらしい。
○ ○ ○ ●
盛られた土の前に彼らが携えていた3本の剣が突き立てられていた。
彼らはここに眠る。
墓石代わりのせめてもの目印だ。剣が朽ちぬ限り、失くならない限り見失うことはないだろう。また会いに来ることが出来る。
残された者たちの自己満足に過ぎないのかも知れないが、これで彼らも少しは穏やかに眠れることだろう。
目を瞑り手を合わせそれぞれのタイミングで決別しブレイブに視線を注ぎ指示を仰ぐ。
「長年共にしたというのにこんな粗末な送り方ですまない。だがここで立ち止まるわけにはいかないんだ。全ては俺達にかかっている。ユリウスと魔術協会、二間の平和のため行って来る______」
未練を断ち切るように振り返る事はなく9人はそんなブレイブに続く。
「リーン将軍、我らの我が儘を聞き入れて頂きありがとうございました。これで皆専念出来るかと思います。」
仏に手を合わせていた将軍は唇を噛みしめ目を細めたが、感情を表に出したのは一瞬に過ぎなかった。自分にその資格がないとばかりに取り繕ったのをブレイブは見逃さない。
「...。そうか。では、行くとしよう。____とは言ったが当てがない。魔術協会の長と自ら名乗った黒い魔女っ娘を探そうにも魔術協会の正確な位置すら掴めぬワシよりお主らの方がよっぽど適役と見る。今後の指揮はブレイブ、いっそお前に委ねようと思うがどうだろうか。引き受けてはくれまいか。」
言葉に隠された真意に気づけたただ一人は喉をゴクリと鳴らした。
ワシにはお主らを率いる資格はない。
勇敢な者、ブレイブよ。後は任せた。
私はもう疲れたのだ...すまない。
「...。まるで...狐につままれた気分です。ですが...将軍直々に任されたからにはきっちり役目を果たして見せましょう。」
「うむ。期待しておる。」
「はい。そうしましたら早々に出発致しましょう。黒先生方魔女魔術師の住まう所へは約一日の道のりになりますので。では」
出発進行ー、おー。アリスは右拳を軽く握って空へ突き上げた。
「「「「「「「「「「....。」」」」」」」」」」
感情の籠もってないような掛け声に場違いの行動にそのうち、ぷっ!スズネは堪らず吹き出した。
やれやれとばかりに、皆の表情が少しだけ明るいものへと変わり一同は歩み始める。
目指す場所は魔術協会。
ユリウス国と魔術協会の交流が絶たれた後姿を眩ませ幻影街になった地。
魔法による結界が張られ本来なら魔力を持たぬ人間では近付くどころか見ることすら叶わい幻の街も。
偶然か必然か黒先生のハットが今手元に____スズネが被っているそれに魔力の残滓が残っているに違いない。結界がどのようなモノか分からないが黒先生同伴でなくても黒先生の携行品を持っているのだから。辿り着ける可能性は十分にある。魔術協会への入国許可書、鍵ぐらいにはなってくれる。そうなってもらわなければ困るのだ。
端から僅かしない可能性に縋るしかない。
この場の者達が最後の希望であり唯一の存在。戦争を回避出来るも出来ぬも彼彼女らの運次第。
万事上手くいったとして魔術協会へは今日の内に辿り着けるだろうか。
空に浮かぶ眩しい太陽から目を逸らし、青々した空をぼんやり映したブレイブは今後の対応について思案する。
今からでも対話による説得が可能だろか?
いや、無理だろう。裏切ったのはユリウス国側、その王なのだから。
平和的解決手段を望んだところで今更手の届かないことは誰の目からも明らかなのだが、それでもやはり対話の場を作らなければ。
直に戦争が始まるだろう。
だが黒先生方と深い関わりがあったからこそ対話による戦争回避の可能性も過る。
縋ることしか許されない今出来ることは考えて考えて考えて、少しでも対話の中身を良い方向に持っていくこと。
「対話しかない。全ては対話にかかっている。他の道は死路だ。対話に至らなかった場合捕縛され見せしめとして貼り付けられ殺されるだろう。石を投げられ...火炙りもあり得るかもしれない。考えられる中で最も最悪なのは死刑と称して魔法の実験台にされることだ。魔法開発に勤しむ輩は大概狂っている。目を見れば分かる。実験体が苦痛や恥辱に悶え苦しむ様子を、歪む顔を嗜好にしている変態どもは一定数いる。真っ先に体を弄られるのは女であるアリスやスズネあたりだろうか。人間としての尊厳を踏み躙られ使われ壊され役立たずになれば最後は闇に葬り去られると相場が決まっている。そんな危険な地に俺は仲間達を______」
ブレイブは一人ブツブツ呪いの文言のようなものを垂れ流し仲間達を大いに不安にさせた。
「ブレイブ壊れた。」
「しーっ!元からでしょ。」
唐突なアリスのストレートもスズネの右ボディも全く入った様子が見受けられないブレイブに。
それだけことは重大だよな...。仲間達は再認識して苦笑った。
仲間の為に死ぬ覚悟。果てして自分にはあるのだろうか。そっと胸の内で問うてみる。
苦楽を共にしてきた仲間の姿。何をするにしても欠けることなかった笑顔が3つ、唐突に消えた。
見飽きた野郎共の面も見ることは今後叶わない。
しょうもないことで笑い合ったり、殴り合ったり、和解したり。
恋バナしたり。
今となっては故人との思い出。どれもが温かみのあるものに変わってゆく。
「「「....」」」
どうやら答えは出ていたようだ。
ははは...。やっぱ仲間が居なくなる方がなによりもつれぇわ....。
ともあれ仲間のためにおかしくなれるブレイブだから『『『『俺はお前に命預けるからな。』』』』
優しい眼差しに囲まれていてもブレイブは変わず怖いまま。やれやれ俺の番だとばかりにノクトは動く。
「ゴチャゴチャゴチャゴチャうっせぇなおい。悪いこと考えたってしゃねぇだろ。しっかりしろ。」
ゴツンと握り拳が振り下ろされブレイブは「いたぁ...」後ろ頭を擦った。
「皆おめぇを信じてついてきてんだ。例えおめぇの選択で死ぬことになろうとも誰も恨みはしねぇ。おめぇのためになら、仲間のためになら死ぬ覚悟は出来ている奴しかここにはいねぇから安心して俺らを使い捨てろ。それぐらいの気概でいろ。」
「..ノクト..。...いや、それは流石に...」
思惑通り呪いの文言は止めてやった。
だが、動揺したブレイブは言葉を濁し、スズネを皮切りに思わぬ追撃を受けることになるとは。
「...使い捨てはちょっと...ねぇ」
「ねぇー」 「うん」 「そうだよね」 「同じく」 「ホンマよかったぁー。僕だけじゃないみたいで安心したわ」
「折角人が気を遣って止めてやろうと動いてやれば....。調子に___」怒りにプルプル震え出した獣が牙を剥き出しに相手構わず噛みつこうとした時。しかし、 「...ありがとうノクト。お陰で気が楽になった。」呟きを拾い矛を収めるのだった。
「あれ?珍しくノクトが引いたね。」
「ノクト待てを覚えた。」
「___んだとアリス!」
「どうどうどう。」
「どうどうどうって、俺は人間だぞ!?ふざんけなよ!?___」
2m程の距離を置いて後に続き若者達の姿を映していたリーン将軍は、切り替えの早さに驚愕し、何よりも羨ましいとすら思っていた。
辛い時支えになるのは仲間達、気の置けない者達の存在だ。腹を割って話せる友。恋人。飼い犬。何でもいい。かけがえのない者が一人居ればそれでいい。
リーンの心の拠り所のような者も、確かに在ったが。
友よすまない。こんな無能がお前を、お前達を殺した。すまない...すまない。
罪は己が死する時まで背負って逝く。
こんもり膨らんだ布袋を取り出し誓っていた。
偶然見つけられた旧友と名も知らぬ者達の肉の断片を胸に抱き男は静かに涙を流した。
チラリと盗み見たブレイブだけは知っている。
袋の中身。それは___