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白魔女襲撃当日(男視点)

 肌寒いような明け方。確かに男は地下に居た。

 場所はユリウス国。王の住まう城の地下には犯罪者たちを捕らえておくための汚い牢屋があった。

 牢屋は湿気が多く便所臭く不衛生で虫が飛ぶ、寝床は雑に散らかった藁の上、ボロボロの虫食い肌掛けが唯一の温もりとなる。

 闇の中に明かりは転々と。青水晶と呼ばれる自ら弱い青光を放つ水晶が荒々しい岩の壁面から、床から、天井から生えるのみ。

 見張りの姿はなく、最低限の水と食料を運んでくる時のみ、ランタンを揺らし現れる。

 劣悪な環境に犯罪者は置かれることになる。

 窃盗など比較的軽い罪を犯した者らは一時拘留され解放される。また人を意図的に殺めたなど事件性が認められたとき、あるいはその可能性が極めて高い時、一月を待たずして死刑と定められていた。

 一見残酷のように思える決まりだが効果は覿面。軽犯罪を犯した者もあそこは地獄だと口を揃え戻ることを異常に恐れた。噂に尾ひれが付き犯罪率は大幅に下がり治安の維持に繋がった。

 地下に居るのは軽犯罪者若しくは死刑囚。どちらにせよ長期間留まるものは存在しない。

 筈だった。

 空の牢屋が左右に幾つも並ぶ空間を通りすぎ、壁に行き着くところまで進んでいく。

 するとそこには上へと続く梯子がある。

 登りきると、数歩先には木製の扉が付けられ開けると、視界は揺れる炎に照らされ仄かに明るくなる一帯。大広間にも似たその場所には槍や剣、弓矢などが多数保管されている。また数十を優に越える拷問器具が木製の机の上、整列し管理されていた。

 その場所は地下で在りながら地上の音が聞こえる。近く通る兵士の足音、話し声。またその空間から地上に繋がる階段五段。扉を隔て地上にも出ることは可能としていたが、内から開ける方法はなく、必ず外から開けて貰う必要がある。

 木製扉の繋ぎ目から漏れでる光は夜間問わず。なにも知らない末端の兵からは拷問部屋のように見られていたが、ここは彼の牢だった。

 しかし、待遇はいい。寝床のベッドもしっかりしている。三食飯は出る。シャワーを浴びれる。服の替えもいくらでも。便所も綺麗だ。灯りもある。言えば追加のランタンも貰える。大抵の物は揃えて貰えるだろう。体を自由に動かせる空間もある。何も困りはしない。

 罪状は___当時の魔術協会の長の娘、魔女殺し。

 遥か昔の時代に犯した罪により捕らえられていた。

 男は魔術師らの禁術によって歳をとらない、寿命の尽きない体に作り変えられてしまい、年月を経てもその体は朽ちることなく活動を続ける。

 詠唱に参加した多くの魔術師が代償として死して行く中、生き残った者は彼に告げた。

 「首を落とせばお前は死ぬ。だが、長の娘を殺したことに罪悪感を覚えているなら...生きて..生きて、生き続けろ。そして、必ず...ユリウス国と魔術協会...再び手を取り合うその日を見届けろ...そして..死ね。」

 それは青年が王に連れられ魔術協会から去る前の出来事だった。王も異論なくこの者を永久投獄すると誓った。

 ただ。そのまま投獄するのは生ぬるいと考えた王はその者に仕事を与えた。それもとびきりの汚れ仕事を。

 人を闇討ちする者。暗殺者。

 国に仇なす者らを、規模拡大する前にその芽を刈り取る仕事。

 「武器も代価もそれなりのものは用意しよう。しかし、変な気は起こしてくれるな。」

 「分かった。俺は国のために動くことを約束しよう。」

 用命かかれば、黒の仮面を装着し、黒のシャツに袖を通し、漆黒のマントを身に纒い、黒のパンツに黒ブーツを穿いて履く。ジャストフイットの黒の手袋をし、仕上げにギラッと輝きを放つ短刀の刃を確認して鞘に収めて腰のウェストポーチに数本。毒物の入った小瓶もいくつか仕込んでいく。

 闇夜に紛れる衣に着替え、扉の前で王の到着を待つ。

 扉の先の仮初の自由。依頼を淡々とこなし帰還する。

 そこに思考の一切はなかった。

 王が代わってもやることは同じだった。

 何年。何十年、もしかしたら何百年。

 彼は外へ出る度に手を汚し続けた。

 「魔術協会との関係はどうだ」

 男が聞くと王は決まって、

 「相変わらずだ。」という。

 「そうか。」男の口癖だった。

 

 ● ○ ○ ○ ○ ○


 何時もより早く目を覚ましていた。

 寝心地の良い布団は暖かい筈なのに今日は一段と冷え込んでいる。もう一眠りしたいものだが震えそうで寝付けそうにない。

 ふと顔を横にやった時、ぼやけた視界の中に、佇む白い影を見た。

 ここは牢の中。だだっ広い空間に自分をおいて何者も居るわけもないのだが男は喋りかけていた。

 「今日は脅かさないのか?」

 応える代わりに白魔女は男の手を取り床から体を起こす一助をした。

 「ユリウス兵が森の近くに迫っています。このままでは今日中に事を起こすことでしょう。そうなる前に娘たちをあなたに任せたいと思い本日は来ました。」

 「!」

 一気に頭は覚醒した。

 リリーは落ち着きを保ったままの様子で唐突に告げてきた。

 ユリウス兵の一団が白魔女の森に攻め行ってくると。

 聞きたいことは山ほどあったが、その前に彼女の行動の方が速かった。

 杖を振りながら詠唱を開始する。

 「我と彼をあるべき場所へ、我らの住み家はここに非ず、かの森、白魔女の森をおいてほかに在らず。【帰家(きち)】。」

 瞬間、二人の姿は牢から、ユリウス国から消えていた。

 

 ● ● ○ ○ ○ ○


 淡いランタンの光が反射するもの寂しげな牢が恋しくなるぐらい神々しく白々しい部屋に案内され1人待たされることになった。

 躊躇しながらも椅子に腰かけぼんやりと時間を過ごす。

 窓はなく閉鎖空間だが牢とは違い空気は旨い。果物のような甘い香りが漂うのだが、寧ろ新鮮過ぎて息がつまりそうになる。

 純白の丸テーブル、椅子、ティーポット。壁、床、天井。視界に映る全てが目に辛くあたる。目に見える灯りの類いはないのだが、恐らく明るさの正体は彼女の魔法なのだろう。

 白の対をなす自分の衣服、暗殺者装備が妙に浮いている。昨晩疲れ果て仮面だけ外してベッドにダイブしたことを思い出す。

 良かった。返り血は浴びていなかったようだ。

 紅茶らしい。白色以外の液体が注がれたティーカップを見て心和んでいた。

 幾度も血に染まりきった薄汚れた手。汚い手段で、数えきれないぐらいの命を刈り取ってきた自分がこのような神聖な場所に相応しくないと、招待される度に実感する。

 白魔女の茶会。

 彼女が自分と会うためだけに、彼女の住む家で開いてくれる茶会。

 不定期に開催されるもので、眠っていても、「わっ。」用を足していても「わっ!」シャワーを浴びていても「わっ...。」彼女が突如現れ驚かせてくる。招待の際毎回だ。そして、自分を牢からユリウスから拐って行く。

 だが、今回は様子が変だった。

 「娘たちをあなたに任せたい。」

 真剣な眼差しは微かに揺れ、訴えかけてきていた。

 今までそんなことはなかった。罪人の自分に何かを任せたいと言ってくれたことは一度としてなかった。

 考えを巡らせていると正面の扉が開かれ、眠った幼子を左手で抱え、少女と手を繋ぎ歩いてくるホワイトリリーの姿が目に映る。

 「どこへ行くの?お母さま。」

 エミリヤはリリーを見上げていた。視線に気づいたようでこちらを見て、眠そうに眼を擦ってポケーっとしている。

 大きくなったな...。

 しばらく目を合わせているとツーっと涙を流し始めた。

 「すまない。怖かったか。」

 首を振ってニコッと笑ってみせてくれた。

 「..内緒..。」

 彼女が産まれた朝、少しの時間を共にした。彼女がハイハイしだした時、僅かの時間を遊んで過ごした。彼女が歩けるようになった時、遠くから姿を見守っていた。これがエミリヤとシンが会った全ての時間だ。

 エミリヤからすれば記憶などないような時期に一瞬だけ姿を現した青年。

 茶会には顔を出しても、娘らには会わないようにリリーに配慮してもらっていたから自分のことを覚えている筈もない。なのに何故...

 なぜ..初めてみる相手に笑顔を振り撒く事が出来る。何故そんなに目を輝かせてこちらを見つめ続ける。動揺をおくびにも出さないながらも堪らず制した。

 「先程の話からユリウス兵がここに攻めてくるのは分かった。だが、お前の力なら問題なく森ごと守れるのだろう。なぜ自分なんかに助けを求めた。」

 リリーは僅かに俯き、長女の頭を撫でていた。

 「この子達に恐い思いをさせたくない一心からでした。ですが、それと同じくらい彼らに恨みなど抱いて欲しくないのです。...ですからここから連れ出してほしいと迎えに参った次第です。」

 「同感だが二人は預かれない。私は...」

 人殺し、魔女殺しの罪人だ。永遠を生き永遠の囚われ人。帰る場所はユリウス国のカビ臭いような牢の中。子供達を前にそんな恐いことは告げられない。

 凍てついていた筈の心は白魔女と出会ってからというもの徐々に溶かされていた。いつしか忘れてしまった感情を再び思い出すことができるまでになっていた。

 皮膚を刃物で傷つければ痛い。血が流れる。

 当たり前の事で子供達ですら知っているようなことだ。だが、自分は皮膚を切り裂かれ痛みから泣き喚く者の声に目を瞑り、瞑り続けて刃物を振り下ろし続けると。

 いつしか何にも感じなくなっていた。あれだけ嫌だった生ぬるい血の感覚も、悲鳴も、命乞いしてる目を見ても、本当になにも感じなくなっていた。

 しかし、ホワイトリリーと時間を共にするなかで思い出した。人は嬉しいと笑い、辛いと泣くということを。

 人を傷つける痛みすら忘れた人殺しの傀儡にはもう戻りたくない。

 無理な話だが、誰も殺めてない綺麗な状態でリリーに逢いたかった。

 彼女の隣に立って、自ら手を繋いでみたかった。隣に寄り添って綺麗な髪を撫でてみたかった。彼女を優しく抱いてみたかった。

 生まれ変われるものなら生まれ変わりたい。

 綺麗な手ならこの子らの手も躊躇せず取れただろうから。

 その胸の内を白魔女は読み取っていた。

 「あなたがあなたでいる限り背負い続けなければならないものはあります。ですが、あなたがあなたでなくなったなら、解放されるべきだと思います。」

 言っていることは分かる。だが、言ってる意味が分からない。

 「あなたが魔術師の魔法により老いない体を手に入れたなら私にも同じような事が出来るはずです。体そのものを作り替えましょう。あなたが望むなら。」

 可能なのか?仮に可能だとしても__

 「__この体をこんな風にした奴らは、大半がその場で死んでいった。そんなことすれば今度はお前が__」

 「彼らには身に余る魔法だっただけのことです。私は別格ですよ?偉大なる白の魔女様なのです、えっへん。」

 「えっへん。」

 エミリヤがリリーを真似ていた。

 「...。」


 ● ● ● ○ ○ ○


 独学で魔法を作成するらしいホワイトリリーは魔女の中でも本当に別格だったらしい。

 幼い時から内包する魔力も溢れ出す魔力も人よりかなり優れていたとかで、当時不可能と思われていた魔法ですら発動してみせたという。少し自慢げに話していたと記憶している。

 自分からすれば魔法自体が不可能を可能にする力だ。それ故魔法に不可能があると言われてもピンとこなかった。わからないまま漠然に凄いのだろうと耳を傾けていたのを覚えている。

 魔法はイメージが重要だと彼女は語る。言葉にし、どうしたいかを明確にして杖に魔力を込めるのだとか。________これは一般的で、リリーは別格だから、精度を求めないような魔法なら杖なし、詠唱すらも省けるという。

 魔力を持たぬ、人間に過ぎない自分に熱弁されても困ることだが、知識として持っておく分には損はないだろうと。お茶会の度にあれこれと知識を蓄えていった。

 「どうですか?なかなか将来有望そうではありませんか?」

 目を覚ました時、自分は変わらず椅子に腰かけていた。

 だが、何とも言えない妙な感覚はなんだ。

 体の周囲を覆うような若干の温かさみたいなものがあった。

 自分の体の筈なのに、かなり体が軽くなって、目線が低くなっている。

 鏡を見せられた時に訳を知って卒倒しそうになった。

 誰だコイツは。変わらず黒髪の、間抜けな顔をした童顔の少年が映り込んでいた。

 「納得していただけましたか♪ふふふ。」

 言及しようと見上げれば笑顔には遊び心が込められている。

 いつもと変わらない。茶会の度に見せてくれる明るい笑顔は大好きだった。しかし、それと今回の一件とでは別の話だ。

 「幼すぎる。せめてリリーと同い年にしてくれ。」

 偉そうにシンは目を瞑った。

 結構拘ったんですからね。ぼやきながらも結局は体を構成しなおしてくれた。

 再構成されている時は体がどうなっていたかなんて分からない。ただ抗えないほどの眠気に襲われ眠った先で夢を見ている感じだった。過去の人生を振り返って、悔やんで。自らの手で殺めた彼らにひたすらに謝罪して回る。もう手を汚すことはしないと誓う。失った命は帰ってこない。全ては自己満足なのかもしれないが...。そして、過去に決別して、手を伸ばしてくれるホワイトリリーの手を取りに行く。

 「....。」

 これで生まれ変わったと思って良いのだろうか?

 もっともリリーに、この娘たちに触れても良いのだろうか?

 目に映る手や指は今度こそ少年のものではない。

 頬に手をやると骨格すらも肌質すらも違うように思えた。

 再び手渡された鏡に映った白い肌の好青年を見て、息を飲んだ。

 年齢は10代後半から20代前半がいいところだろうか。

 「ホワイトリリーの兄か。会うのは初めてだな。自分はシンという...。...。」

 黒かった髪の面影はなく色素が抜けきった綺麗な白髪の彼は、自分が口を動かすのと同じくした。

「変なの♪」

 何処からかエミリヤのクスクスと笑う声がした。

 「...そうか。」

 声は低く落ち着きがある。変わっていないように感じられたが、他はまったくの別物だった。

 顔面だけではなく動かす手も、足も、肌全体が白みを帯びている。

 「シンというお方はつい先程お亡くなりになりました。あなたは...リード。どうでしょうか?」

 と言われても実感が沸かない。なかなか受け入れがたいものだと、体のあちこちに触れて回ると、あるべきものがないことにようやく気がついた。

 服だ。

 「服はどこへ__いや何でもない。」

 見れば机の上に一式乗っかっていた。

 黒の。下着類、シャツ、パンツ。着込んでいくとマントがないことに気づいたが、まぁいい。手袋を嵌めているとペタペタ鳴っていた足音が横で止まった。黒い物に包まりキラキラとした眼差しでこちらを見上げている。

 「欲しいのか?」

 「うん!」

 「そうか。ならば今からお前の物だ。」

 「やったー。ありがとうお__お兄さん。」

 サイズの合わないマントをずるずると引きずって何処かへ駆けていくのを優しい目で見送り、足元の黒のブーツに手をかけた。

 後で調整が必要だな。

 「あなたにはこちらを。」

 白魔女は身に纏う白ローブの内から黒い杖を取り出し、くるくると宙で円を描いたと思ったら机を指し、ポンと。鉄製の防具と剣、ランタンが現れ出た。

 年期が入っている。ところどころ擦り傷がついており、重量感もある。物は本物らしい。

 魔法を使えば物質の出し入れすら自由自在とは。

 魔法とは便利な物だな。

 「ユリウスの兵装か...。」

 「ええ...こちらの方が後々便利かと。もう..時間もあまりはありませんので着ながら説明を受けてください。」

 「そうか。わかった。」


 ● ● ● ● ○ ○


 間もなくユリウス兵が白魔女の森に攻撃をしてくること。

 それに合わせリードらを外へ逃がすこと。

 どうやらユリウス兵に混じり魔力も混ざっているらしいこと。

 色々告げられた。

 「私を討伐、封印するために、協会とユリウスが手を組みますか...。嬉しいですね。」

 本当に嬉しそうにホワイトリリーは微笑んでいた。

 自分からしても二間が手を取り合うことは嬉しいことだ____違いはないが何とも複雑な心境だった。

 二間の関係が拗れた原因は自分にある。

 大昔、人間である自分が操っていた荷馬車が魔女の娘を轢き殺してしまった。相手が魔術協会の長の娘だったことが原因で交流は途絶えてしまった。

 名前も知らない魔術師に睨まれたからではなく自分の意志で、当事者として二間再び手を取り合う姿を見たかった。

 しかし、再び手を取り合ったのは、リリーを退けるためだというから、喜べない。まったくもって喜べない。

 「お前はそれでいいのか?」

 「いいんです。エイミーとエミリヤが幸せになれる未来のためなら、喜んで封印でもされましょう。あ__私を封印できるのは私だけ。私を倒せるのも私だけ...。かくなる上は自分で___。」

 自分の処遇にまるで関心はなく本気で言っている。

 昔からそうだ。

 他人を一番に考える優しさは、良さでもあり欠点でもあった。  

 だが今は子供たちも居る。母としてもっと自分を大切にしろ。

 頼む。

 あの娘らの母はお前しかいないんだ。

 「お前が封印されれば娘たちには__特にエミリヤの目には、人間や協会のせいだと映るだろ。そうなれば怒りの矛先はどこへ向く。考えたことはあるのか。」

 「そうならないためにあなたに連れ出して欲しいと__」

 「エミリヤもエイミーも魔女で優れたお前の娘だ。いずれ人の心も読めるようになり真実に触れることになるだろう。そうなった時、母を封印にまで追いやった者らをどう思う。残される娘の気持ちを考えたことはあるのか。」

 落ち着きある声色で淡々と告げられたことが決定打となった。

 「....。」

 リリーは、はっとしたように瞳を揺らし。

 「...言いすぎた。すまない。」

 「少し...外します。」

 未だ目覚めぬエイミーを抱えたまま足早に姿を消した。

 

 ● ● ● ● ● ○


 いつぶりだ。感情的に言葉を並べたのは。

 頭を抱え考えていた。

 リリーにとって自分とは何なのか。

 なぜ血縁者のように白い肌の者に作り変えられたのか。

 聞かねば分からないようなことに頭の中ぐしゃぐしゃとなった。

 苦悩により僅かに歪められた顔が兜の隙間から。卓上の鏡に反射されている。

 どれぐらいの時間そうしていたのかはわからないが未だ見慣れぬ顔を見続け。

 正面の扉が開かれる気配に顔を上げた。

 「リリー、......。エイミーか...ママはどうした。」

 「泣いてるの。」

 「...そうか。」

 ちょこちょこと幼女が一人歩いてくる。そして、丸テーブルに備え付けられた椅子が複数あるにも関わらず通りすぎて自分のところまでやって来ると上に飛び乗るようにして座った。

 「硬い...。」

 振り返るようにしてこちらを見る。不満を一切隠さない白っぽい横顔。頬は薄ピンクに染まって若干膨らんでいた。幼さからか可愛いしかない。腿の上はお気に召さなかったようだがしてやれることはないぞ。

 「防具を纏っているからな。」

 「パパ、撫でてー。」

 頭を揺ら揺らさせてここぞとばかりにアピールしてくる。甘えたような高い声はおっとりしていた。

 ついついお願いを聞きたくなってしまう。

 「...。」

 躊躇しながらも伸びた手は聞き捨てならないものにより、止まった。

 「すまない。パパじゃないんだ。」

 「なんでー?」

 「事実だからだ。すまない。」

 「パパはパパだよー。わかるもん。」

 まるで話を聞いていないように、まるで興味ないとばかりにリードの手を引っ張って何とか自分の頭の上に持っていこうと奮闘し、根比べにエイミーは勝った。

 その顔は勝利の愉悦に浸っているとも、撫でられ綻ばせているとも取れるのだが、リードからは見ることは叶わなかった。

 「...。そうか。好きに呼べ。」

 「わかったー。」

 その頃。開け放たれたままだった扉から啜り泣く声が聞こえ近づいて来る気配があった。

 足音は一つ。母であるホワイトリリーに背負われているエミリヤは眠っているらしい。その姿が明瞭になっていく。

 「あなたの意見を参考にし、エミリヤが憎しみから手を上げぬよう対策は講じました。エイミー、シン...いいえ。リード...私。...この森のことすらも....全て忘れてしまえばこの先何があろうと誰も恨むことはできないと考え__」

 「!」

 「__エミリヤに忘却の魔法を掛けました。もう...何も思い出すことはないでしょう。そして、エイミー。いらっしゃい。」

 「はーい。またね...パパ。」

 腿から飛び降りた幼女は手を振ってからペタペタと駆けて行った。

 「この娘は好奇心旺盛でエミリヤと森に遊びに行ってもすぐにどこかへ消えてしまいます。私以外にこの娘の面倒は見れないでしょう。考えた結果、私はこの娘と一緒に眠りにつくことに決めました。そして、リード。魔術師と人が歩みを共にする平和な街並みを、世の中を見届けたなら、エミリヤと共に森へ迎えに来てください。そうすれば、また会えますから。」

 沈黙を通していたリードだったが、静かに席を立ち歩み寄った。

 「魔法を使えばいい。魔法で容姿を変えて逃亡すればいい。あるいは幻術で死んだように見せればいい。あるいは死体を偽造し________」

 相手側に魔術協会が付いているとなれば同族に白魔女の魔力を辿られる。

 完全に力を制御できない彼女では追われ続けることになるだろう。

 逃げおうすことは不可能。問題を先送りにするだけだ。

 だからと、応戦____はしないと彼女は言う。

 うんうん。リリーは首を縦に振った。

 ならば道は一つしかない。自らの手で自らを封印し安全圏に留まる選択こそが最善のように思えた。

 それでも。

 「リリー、自分にはお前が必要だ。勿論エミリヤにも。.....お前さえ良ければ一緒に居たい。どこにでもついて行く。だから____」

 はっ、と大きく見開かれた目は潤々として、ポロポロと溢し始める。

 目元は既に赤みを帯びていたが笑っていた。

 「もっと早く聞きたかったです。どちらにせよ私の考えは変わりませんでしたが。」

 娘の記憶を奪ってまでも、平和を願った彼女の決意はとても固くてブレはしない。

 自分の想いを最大限伝えたつもりだ。それでも届かなかったのだから打つ手ない。

 「そうか。」

 彼女は背負っていたエミリヤを下ろし、青年が引き継いだ。

 「今から森の外に逃がしますがお願いがあります。」

 「なんだ?」

 「推測ですが私の封印をもって魔術協会とユリウス国の和平が完全なものになるのでしょう。その瞬間を遠くからでいいので見守って欲しいのです。私の犠牲(選択)の上に今後の平和があると...あなただけには...覚えておいてもらいたいから...。」

 声を震わせながらも言い切ると杖を取り出し振るった。

 手元に現れた双眼鏡を彼の首に回し、惰性で軽く抱いて。

 「次会うときを楽しみにしてます。」

 名残惜しくてゆっくり手を引いた。

 「そうか。」

 彼はまたいつもの口癖。つれない調子で寂しいような安心したような自分が居た。

 おかげで、踏み切る決心がついた。

 「では...元気で。___白の導き手はまだ見ぬ世界を行く。己の希望を背に負って。最後に古巣を一望したく、かの地にて、振り返る。【追想】」


 ● ● ● ● ● ●


 瞬きの間に世界は変わっていた。

 眩しいくらいの白は消え去り代わりに上り始めた太陽の輝きを何時ぶりに目に映しただろうか。

 新鮮な草木の香りが風に乗って緑の丘へと駆けて行く。正面から押し寄せた圧に、外はこんなにも綺麗だったかと息を吞んだ。

 「ここは..」

 かつてリリーが連れてきてくれた白魔女の森を一望できる穴場だった。

 月夜に訪れた。真っ白な月花(げっか)が咲き乱れ、歩みを進めるのすら躊躇するよう花の山に無邪気にもリリーは寝転んで花を散らし、埋もれて、来てと手を伸ばしていた。

 あの揺れた儚げな目を前にしても、自分から率先して行けなかった。

 自ら手を取ることは出来なかった....。

 今足元を見ても遠くを見ても花の面影はない。あの時の月はなく日が昇る。

 全ては過去の思い出。今は現実を見なければならない。

 交わした約束からありのままを見守る覚悟を決めた。

 エミリヤを背負ったまま。すーっと、双眼鏡を構え振り返えれば。

 白魔女の森とどこまで続きそうな草原がある。夜だけに留まらずいつでも絶景だと言っていた。

 どうやら手動のピント調整をする機能はついていないらしい。魔力で自動...

 「!」

 ブラーン。手から零された双眼鏡は首紐一つで宙をフラフラ揺れ動くことになった。

 「あんまりだ。」

 男は膝から崩れ、同時に後悔をした。何としても自分も傍に留まるべきだったと。

 リリーが娘の記憶を消し去るまでの暴挙に及んだ理由が目の前に広がっていた。

 肉眼でも十分過ぎる。キラキラと陽の光を照り返すのはユリウス兵の一団。

 自分と同じ防具を纏う者がごまんといるようだ。

 これは掃討作戦だ。

 一人相手にするような規模じゃない。

 数百、或いは千、二千を嬲り殺せるだけの兵が動員され、列をなし合図を待っている。

 リードは手を震わしながらも約束を守るため、重い双眼鏡を何とか目の位置まで引っ張り上げた。

 右側に置いた森を取り囲むように配置された者らの手元には火が揺れている。弓兵だ。

 他を見ても、弓兵、弓兵、弓兵、弓兵.........。

 剣を携えながらも皆抜くことはせずに森を睨みつけていた。

 「総員、矢に火を____」

 風に乗った微かな声を聞いた直後、覗いていた人物が矢を放った。

 双眼鏡を落としても分かってしまう。黒い線の一群、微かに明るく色付いた矢が進み、森の木々の樹上を行く。雨のように降り注ぎ接地する時を今か今かと待ち望む。

 一瞬の内にホワイトリリーの姿が脳裏を埋め尽くした。

 「リリイイイイイイイィィィィィィッッ!!!!!!」

 声が届いたように奇跡が起きた。

 瞬間的に森を霧が覆いつくし矢は飲まれた。束の間、物凄い勢いで吐き出され。

 同じ軌道を描き、戻っていくと轟く。

 何事かと覗きなおせば、人が、兵が転がっていた。

 ある者は矢が顔面に突き刺さりピクリとも動かず、ある者は肩に矢が刺さり悶え転がり。

 惨状に言葉を無くし思考も止まった。

 見続けると撤退し、何処かへ向かう。

 「マテウス王。!...偽物。あれがリリーの言っていた魔女か...。」

 ならば自分が昨日会っていた王は本物ということか。

 考えていると本物らしい王が現れ、魔女と手を取り合ったようだ。

 「犠牲は多く出たが、和平が成立したようだ。」

 霧の立ち込めたままの森を見て、一先ず安堵したが、再度王の姿を見れば魔女の腹に何かを差し込み、差し込まれた魔女は崩れた。

 「何が起きた。...まさか...王は裏切ったのか...」

 「んん~~~...硬い。降りる....」

 背中から声が聞こえた。

 「すまない。」

 エミリヤは自力で降りるなりマントをずるずる引き摺って丘の上から森の方をぼんやり眺めた。そして、視線を横にずらして小さな魔女を視認して確かに口にした。

 「黒魔女さん...死んじゃ駄目。バイバイ。」

 直後双眼鏡越しに見ていた黒魔女が消え、バタリとエミリヤは倒れた。

 何だったんだと背負い直すと、これからについて考える。

 二間の和平は反故にされたと思っていいだろう。つまり、リリーの願いは叶わず。エミリヤの身の安全も保障されていない。

 いや...それ以前に白魔女と容姿がよく似た娘を彼らが見たら、何が起きる....。

 リードは冷静さを取り戻し、今やるべきことを果たすためその場を立ち去った。

 それから探索し、人工洞窟を見つけるに至った。


 その頃、リーン将軍、ブレイブ一行は___

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